第19章 大暴走、ディートライプ伝説



 エルムリッヒ王の宮廷で、華々しい宴が繰り広げられているその頃、宮廷には入れない下級の騎士たちや、お付きの者たちは、その周辺で待機していた。もちろん、目の前には豪勢な料理や飾り付けられた広間がある。しかし、下級の者たちに、そんな立派なもてなしがされるわけもない。町の者たちとさほど変わらない、質素な食事だった。
 しかし、ディートライプはそんなものには目もくれなかった。
 町いちばんの高級食材店から高価な食べ物をたんまりと買い込んで並べ、自分は勿論のこと、他の王たちに仕える家臣にまで振舞い始めたのである。
 …そんな資金がどこにあったのか。実はこのお金は、彼の父・ビーテロルフが、ザクセンの祖父のもとへ行くための旅行資金としてくれたものだったのだ。旅行資金をみんな使ってしまったのだから、当然、彼はもう祖父のもとへは旅できない。それでいいのか? 本当にいいのか? そう思いたいところだが、何と! さらに彼は、自分の手持ちがなくなったとたん、仲間たちの持ち物にまで手を伸ばし始めたのだ。

 まずは、ハイメの剣ナーゲルリングと馬のリスペ。
 次に、ヴィテゲの剣ミームングと馬のスケミング。
 さらに、ディートリッヒの剣エッケザックスや、馬のファルケその他もろもろが質屋に流され、飲み食い資金と化してしまったのだ。

 ここまで聞いて、たぶんみんな真っ青になったと思う。世に名だたる名刀に神の血を引く馬が質流れ。RPGなら「売却不可」になってるハズのキーアイテムだぜ。それがこちもあろうに町の質屋に。質屋も質屋だよ、なんでナーゲルリングとリスペで十マルク(重量単価)しか出さないんだ? エッケザックスにファルケでも三十マルク! 少ないぞ。これは五十マルクは出して欲しかったな。


 …ともあれ、このお金で、ディートライプは宮廷の宴会とまったく同じくらい派手な宴をやらかして見せた。彼の周りには悪友が集まり、金は湯水のように使い果たされた。しかもディートライプときたら、呆れたことに、ディートリッヒの持ち物を勝手に旅の吟遊詩人に上げてしまうようなコトまでしたってんだから。
 そんなわけで、宴が開かれている1週間ほどの間に、持ち物はすっからかんに売り払われてしまった。

 さて、宴会が終わったその日。
 ずっと我慢してきらびやかな宴会に出ていたハイメは、預けたままにしていた馬のリスペの様子を確かめに行って、厩舎がカラなのに気が付いた。自分の馬がいない。他の馬たちもいない。
 大慌てで近くにいた厩番をとっ掴まえて問いただせば、数日前に、ディートライプがどこかへ連れて行った…とのこと。ハイメは真っ赤になった。
 「あの野郎!」
一方その頃、預けておいた武器を取りに来たヴィテゲも、自分の剣が無くなっていることに気が付いていた。ミームングだけではない。ハイメのも、ディートリッヒのも無くなっているのである。
 血相変えて飛び出したところへ、ハイメとハチあわせた。
 「おい! ディートライプ見なかったか? あの野郎! オレたちの馬をどっかにやっちまったぞ」
 「ディートライプ? …まさか、あいつの仕業なのか。武器も無くなっているぞ」
 「何ィ〜?!」
ディートライプがどこへ行ったのかも分からず、二人は、ただ慌てるばかりだった。武器も馬もなくては、どうしようもない。

 と、そこへ、こともあろうに、ホロ酔い加減のディートライプが飄々と登場。場が殺気立っているのもお構いなしだ。
 「貴様! 一体どこへ行っていた!」
 「ん〜? 何をそんなに怒ってるんです?ヒック」
 「って、酒飲んでる場合じゃねぇぞ?! オレのリスペ返せ!」
 「リスペですか〜…。それはー…今すぐには無理かな〜…」
 「何だとー?!」
と、大騒ぎになったところへ、ようやくディートリッヒが登場する。家臣たちがつかみ合いになっていると聞いて、またいつものケンカかと思っていたのだ。
 「これは一体何ごとだ。騒々しいぞ」
 「それどころじゃねーよ、ディートリッヒ! 聞いてくれよ、コイツ、オレたちの武器と馬をどっかやっちまったんだぜ!」
 「何…?」
ディートライプは、にっこり笑って肩をすくめた。
 「いや、ね。ちょっとばかり、友好のしるしに」
 「友好のしるし? 何でもいい。彼らに武器を返してやれ。」
 「それは無理ですよ、主どの。それには、請け出し金が六十マルクほど必要ですから。」
 「請け出し…?!」
ディートリッヒは唖然とした。ヒルデブラントや、その他、場にいた全員も同じだ。
 「売ったってことか?!」
 「貴様…」
ハイメとヴィテゲの顔色が変わった。

 「…やっちまうか? ヴィテゲ。」
と、ハイメ。
 「ああ…。こいつ、生かしちゃおけんな。」
普段はクールなヴィテゲも、この時ばかりは相当頭に来たようだ。二人の一致団結するさまを見て、ヒルデブラントは、柄にもなく感心してしまった。
 「ふむ。犬猿の仲かと思っていたが、あの二人、協力しあうことも出来るのか。」
 「って感心してる場合じゃないでしょう、師匠! 止めないと、宮殿が壊されます!」
ライナルトの冷静なツッコミは、ごもっともだった。他人さまの城を壊しては申し訳ない。
 「若、止めていただ…おを?!」
振り返ると、ディートリッヒもさりげなくキレていた!

 赤い炎→ハイメ、青い炎→ヴィテゲ。ちょっと高貴な紫はディートリッヒの感じで。
 今やそこは、凡人には立ち入れない、スピリチュアル・バトルフィールド。
 「おお。若…なかなか良い闘気ですな。そう、闘いとは、まず気合いから…」
 「そうじゃないでしょう、師匠! 止めてくださいよ!」
ツッコミもさらに激しさを増す。
 「おお、そうであった。若、王たるものは、そんな簡単にキレてはなりませぬぞ! もっとこう、顔には出さず冷静にキレなくては!」
 「ですから…ヒルデブラント師匠! そうじゃなくて…。」
さすがのヒルデブラントも、少し混乱していたのだった。


 そんなこんなで。

 ディートライプはひっ捕らえられ、エルムリッヒ王の前に引き出されることとなった。のらりくらのと言い逃れるディートライプを前に、この場で見苦しい争いを起こすわけにもいかず、他にどうすることも出来なかったのだ。
 「何と。それでは、この者が、お前たちの武器防具に持ち物すべて売り払ってしまったというのか?」
 「ええ。全く…、とんでもない話ですよ。」
ディートリッヒは、困り果てたという顔で溜息をつく。どうすればいいかは、彼にも見当がつかなかった。

 「一体いくら使ったのだ。」
低い声で、ライナルトが訊ねる。
 「六十マルクほど。」
ディートライプは、澄ました顔で答えた。エルムリッヒは顔を顰め、大きく溜息を漏らした。そんな大金を、何の呵責もなしに湯水のように使い尽くせる人間がいたとは!
 「…何と。お前は、一介の騎士でありながら、この城の宴で使われたのと同じくらいの金を飲み食いに使いおったのか。なんという馬鹿者か」
 「その金で、あなたの召し使いたちをもてなしていました。」
彼はさらりと答えた。王の周りに控えていた召し使いたちが、そろって顔を背ける。
 実はディートライプは、客人として招かれた諸大名の家臣たちだけでなく、エルムリッヒの家臣や召し使いたちにまで、幅広くご馳走を振舞っていたのだった。もちろん、彼の評判が悪くなるはずもない。今や、宮廷は彼に好意的な者ばかりなのだった。
 エルムリッヒ王は、その様を見て額に手を当てた。
 「…なんたること。召し使いたちにそんな…」
 「楽しんだのはあなたの家臣も同じなのです。ですから請け出しの金六十マルクは、陛下にお出しいただくのが妥当かと存じますが?」
 「なっ」
これに真っ先に反応したのは、王の傍にいた屈強な男、甥であるヴァルターだった。
 「何を馬鹿なことを! 勝手に飲み食いさせたのは貴様であろう!」
 「そうですよ。あなた方は私の主ディートリッヒ様をもてなし、私は主にかわり、あなたがたの家臣をもてなした。それだけのことです。しかし、私はこれほどまでにあなたがたの家臣にもてなしたというのに、あなたがたは、私の主をそれほどはもてなさなかったそうではありませんか。」
 「なにを…。」
 「この城で行われた宴は、私の開いたものよりも、ずっと質素であったと聞きますよ。大国の王たる者が、ずいぶんと出し渋ったものですね。」
ディートライプは、堂々と、しかも高らかに言い放った。大国の王を前にしての暴言には、ディートリッヒさえ驚いた。開き直っていても、そこまで堂々と王に意見できるものではない。
 「ディートライプ、お前…」
 「そうでしょう? ディートリッヒ様。こちらの王は、あなたに召し使いたちの宴にも劣るもてなしをしたのです。これは屈辱ではありませんか?」
 「いや、しかし…それは…。」
そのときだった。
 「確かに。そう考えれば、六十マルクは陛下にお出しいただくのが筋というもの。」
 「--------ヒルデブラント?!」
誰もが驚いて、ディートリッヒの側近一の常識人として知られるはずのヒルデブラントを振り返った。気でも違ったかと思ったのだ。
 しかし、ヒルデブラントは、普段どうりの冷静な顔だ。
 「それとも…納得いきませぬかな?」
 「いかぬ! いくはずもない」
ヴァルターが叫んだ。彼は、今にも剣に手をかけてヒルデブラントを真っ二つに切り裂かんばかりだった。もちろん、幾ら頭に血が上りやすい短気な彼でも、この老将に売ってかかるような恐ろしい真似は出来なかったが。
 「ヒルデブラント殿、あなたともあろう者がなんという世迷言を。何ゆえ我等が、このような者の勝手に成したことに対し、代償を払わねばならんのだ!」
 「しかし、事実は事実。そうであろう? ディートライプ」
 「えぇ。」
今や、我が意を得たりという表情のディートライプ。
 「もし納得出来ないというのなら、どうですかな? ひとつ。賭けをしてみては。」
 「賭け…だと?」
 「そう。このディートライプと力比べをするのです。あなたが勝てば、あなたの言う道理が正しい。ディートライプが勝てば、彼の言い分を通していただきましょう。」

 我が耳を疑わぬ者はいなかった。
 ヴァルター・フォン・ヴァスゲンシュタインといえばエルムリッヒの宮廷一の力自慢。先日の競技会でも、ダントツで一位を取ったばかりだ。この近隣の国に、もはや彼に叶う力持ちなどいない。そんな彼に挑戦するなど、むざむざ殺されに行くようなものではないか。
 「…正気か、貴様」
 「無論です。出来るな、ディートライプ」
 「勿論ですよ。」
自信たっぷりに言うディートライプの、まだ少し酒気の残る赤い顔を見て、ヴァルターは舌打ちをし、呟いた。
 「うつけものが。どうやら、酔っぱらって可と不可の区別もつかぬようになってしまったらしい。」
 「とんでもない。私はいつもこんなカンジですよ。と、いうか、飲み足りなくてまだ頭がぼんやりしています。何しろ、私は酒を飲まないとマジメに振舞えないもので。」
ディートライプは、言って肩をすくめた。この、挑発とも思える言葉は、ヴァルターをさらに怒らせる結果となった。
 「ほう。そこまで言うのなら、心ゆくまで飲ませてやろう。おい、酒を持て!」
どなりつけられた召し使いたちが、あたふたと奥に走る。
 間もなく、玉座の前には、ありったけの酒が樽ごと持ち出されてきた。十人がかりで飲み干すような、とんでもない分量だ。
 しかし、ディートライプは、これを見てにっこり微笑んだ。
 「これはありがたい。これで、少しは頭がすっきりしますよ。」
一部の者を除いて、誰もが、ハッタリだと思っていた。エッツェル王は真意を測りかねる様子でヒルデブラントを見、ディートリッヒもまた、師のこの振る舞いの意図を探ろうとしている。他の仲間たちは、どっちつかずといった表情だ。
 間もなく、ディートライプは出された酒をすっかり飲み干してしまった。
 「どうだ。これでもまだ、へらず口を叩くのか?」
相手はもうふらふらで立つことも出来ないだろうと踏んだヴァルターが、ディートライプに近づこうとする。
 そして、はっとしたように足を止めた。
 「…とんでもない。
その瞳には、さきほどまでに増して、鋭い光が宿っていた。

 (こいつ…。)

 心の中で穏やかではなかったのは、恐らく、ヴァルターだけではあるまい。
 少しでも腕に覚えのある者たちは、みな、ただのうつけ者ではない、と、直感した。
 もしかすると、彼らはとんでもないものを宮廷に引き入れてしまったのかもしれなかった。
 「さて。何で勝負するんでしたっけ。力比べ?」
 「あ、ああ…。そうだ…。」
 「ならば、良いものがある。」
エルムリッヒ王が、苦々しく口を開いた。そして、召し使いたちに、太い旗の柄を運ばせた。一人では持ち上げるのがやっと、という、とんでもなく重い代物だ。
 「これを投げるのだ。」
 「投擲ですね。いいですよ。」
ディートライプの口調は、軽快さを増している。ディートリッヒは、ちらりとヒルデブラントを見た。ヒルデブラントも、うなづく。


 ヴァルターとディートライプの力比べは、競技会の時と同じく、中庭で行われることになった。
 エルムリッヒ王の隣には、エッツェル王が座ってこの様子を眺めている。ディートリッヒたちも、中庭のすぐ近くで、この様子を見守っていた。
 「……。」
彼らは、誰も軽口を叩こうとはしなかった。どちらが勝つかなど、興味の対象ではなかった。ディートライプという男が、どこまでやれるのか。
 「まずは、小手調べといこうか。」
ヴァルターは不敵に笑って、ひとかかえほどもある岩を掴んだ。競技会の時は、これを投げて距離を競っていたのだ。
 王の面前で醜態は見せられない。何より、彼には、国いちばんの力自慢という自負があった。
 軽いスイングとともに力いっぱい投げられた岩は、まるで小石のように宙を飛び、中庭の端に落下する。ずずん、と、重い衝撃が辺りをゆるがした。
 「どうだ。貴様に出来るか?」
ディートライプは、答えるかわりにニッコリと笑う。ちょっと、ちどり足だ。
 「…なア、やっぱあいつ駄目なんじゃないか?」
 「それは困る。あいつには勝って、質に流した俺たちの武器を取り戻してもらわなくては。」
 「まー、そうなんだけどさー…。」
と、ハイメたちがひそひそ囁き会っていたときだった。
 ディートライプは、岩をひょいと持ち上げた。大した筋肉もなさそうに見えるのに、物凄い力だ。
 これには、ヴァルターも思わず目を見開いた。
 「よっ、と。」
掛け声とともに、彼も岩を投げ飛ばす。それは、先ほどと同じく宙を舞い、はるか遠くへと落下した。
 どしん、という音。岩は、さきほどヴァルターの落とした場所より、さらに1フィートも奥にめり込んでいる。
 「おお、これは…。」
エッツェル王は大喜びだが、エルムリッヒ王は顔面を硬直させたままだった。
 あわてて、ヴァルターは皆に聞こえるよう強がりを言う。
 「い、今のは…まァ、ちょっとした小手調べだ。少し手を抜きすぎたか」
だが、彼が焦っていることは、近くで見ていたならすぐに分かったことだろう。
 何より、ディートライプはさして力を込めた様子も無い。たらふく酒を飲んだあとで、ちどり足になりながら岩を投げたのだ。
 軽く勝利するつもりだったヴァルターは、いつしか真剣そのものになっていた。例の旗の柄が中庭に運び出され、二人の目の前に長々と横たわる。
 それは、並の人間では、投げるはおろか持ち上げることすら出来ないような重さのものだった。

 ヒルデブラントが、そっと囁く。
 「若、よくご覧なされ。人は、見かけだけでは計ることは出来ませぬ。いくら自分が強いと思っていても、世の中には、隠れたつわものも多くいるのだということを」
 「ああ。分かっている」
…そのときディートリッヒは、かつてヴィテゲによって生まれて初めての敗北を覚えた、あの日のことを思い起こしていた。

 ディートライプは、確かに強い。
 あのヴァルターを相手に、力で互角以上に張り合える者は、そうはいないだろう。
 だが、本当の強さとは、力だけではない。力だけならば、人が神や巨人族に勝てるはずはない。それでも人が自分よりも強いものに挑戦し、勝てるのは、誰にも勝る意志の力があるからだ。
 ディートライプの本当の強さは、腕っぷしの強さのせいではない。
 大国の王に堂々と意見する勇気、自らの思うままを貫き通す意志の強さなのだ----。

 彼はもう、迷ったあの日の少年ではない。
 年月を経て、何事にも屈しない真の強さを手に入れた、一人の「王」だった。


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