第16章 ローマからの招待状



 いつしか、月日は飛ぶように流れていた。
 ヒルデブラントがディートリッヒと出会ってから、約10年。個性豊かだが腕は確かな仲間たちに囲まれて、ディートリッヒの名声は近隣諸国にも轟いていた。
 もちろん、今では彼も幼い少年ではない。ヒルデブラントとであった頃の面影は消え、すっかり逞しく成長した、一人前の青年に成長していた。父・ディートマル国王も年老い、力衰えはじめている。若きディートリッヒが王座を継ぐ日は、確実に近づいていた。

 …そんな、ある日のことだった。

 「ローマへ行く?」

 ディートリッヒに呼び出され、何事かと思っていたハイメは眉を顰めた。ここのところ大人しくしていた彼としては、そろそろまた冒険にでも出かけたかったところなのだが…ローマとは。
 「ローマに怪物でも出るのか? なら、行ってもいいけどな」
 「そういうんじゃない。ローマの叔父上から、こんど、友好関係にあるフン族の王を招いての宴を開くから、是非私も来て欲しいとのことなんだ。エルムリッヒ王を知っているだろう?」
 「うーん。聞いたよーな、聞いてないよーな」
すかさず、傍らからライナルトが怒鳴った。
 「馬鹿者! エルムリッヒ殿といえばアメルンゲン一の大王。大都ローマに城を構えるお方だぞ。貴様、一体どこに頭をつけている!」
真面目なライナルトは相変わらずだが、ハイメは、どこ吹く風だ。
 「なァ、ヴィテゲ。お前はどう思うよ」
 「なぜ俺に話を振る。」
 「何となくだ。ローマの王様なんて、知ってたか。」
 「一応はな…。ローマはここからずっと南に行った、古い都だ。歴史も古い。もっとも、そこの王とこの国とが血縁関係というのは知らなかったが。」
 「まったく! 貴様らと来たら、どうしてそう揃いも揃って呑気な…」
 「ライナルト、怒ってばかりだと話が進まないぞ。」
ディートリッヒは、苦笑して続けた。
 「出発は1週間後だ。急なことで色々と準備もあるだろうが、今度ばかりは一緒に行ってもらうぞ。」
 「ちょ、ちょっと待ってくれよ。オレ、パス。そういうワケわかんねー宴会は苦手なんだよ。」
 「駄目だ。是非にとの叔父上のお言葉だからな。」
 「はぁ〜? 何でオレだけご指名なんだよ。」
 「色々やったからだろ。」
と、皮肉っぽく言ってフンと鼻を鳴らすライナルト。迷惑行為でも武勇でも、ハイメ以上に名の知られた勇士は他にはいない。ヴィテゲでさえ、その控えめな行動のせいか、あまり名を知られてはいなかったのだ。
 ライナルトのように真面目に仕事をしていたのでは、散歩の途中で人食い狼にバッタリ、なんて奇遇なことは在り得ないのだった。…
 「ま、いいじゃないか。向こうも、君がちょっと変わってることは承知の上だ。」
 「ちょっと、って…。」
 「今回は、大きな宴になる。ヴィテゲも、ライナルトも、もちろんヒルデブラントにも一緒に言って貰う。分かっているとは思うが、他国でのことは私では責任が取れない場合があるぞ。あまり、外した行動で先方に迷惑はかけないように。」
まるで遠足か何かだな、と、ヴィテゲがぼそりと呟くのを聞いて、ハイメもにやりと笑ったが、ライナルトに睨まれたので神妙な顔つきをしてごまかした。
 実のところ、みんな揃って他国へ出かけるなんて、初めてのことだったのだ。

 エルムリッヒ王の治める国は、ディートリッヒの父・ディートマルの治める国のすぐ南に広がる大国で、ヒルデブラントの故郷であるヴェネチアに近い。イタリア半島のほぼ全域を占めるこの国は、優雅で、明るい豊かな国だった。
 このとき宴に招かれたフン族の王とは、もちろん、かのエッツェル王である。
 ディートリッヒ、エルムリッヒ、そしてエッツェル。3人の王がはじめて一つの場で出会うこの時、運命の砂時計は、確かに音を立てて流れ落ち始めた。
 だが、来るべき運命の未来を知る者は、まだ、誰もいない。


 そのころ、ディートライプもまた、旅立ちの準備をしていた。
 「盗賊退治」以来、がらりと態度を変え、息子に多大な期待を寄せ始めた両親は、息子を飾り立て、何かと口出ししてくるようになったのだ。
 しかも、「この立派な姿を年老いた祖父にも見せておあげなさい」との母からのお達しで、遠くザクセンの国まで行かなくてはならなくなった。別に祖父に会うことが嫌なわけではなかったが、何かこう急にちやほやされはじめると、座りが悪くてしょうがない。
 「やれやれ。親バカってのは、こういうのを言うんだろうか。」
ちょっと期待させすぎたかなー…などと、溜息まじりに仕度をするディートライプを、妹のキューンヒルトが心配そうに眺めていた。
 「兄さま、寄り道しないでちゃんと帰ってきてよ。」
 「うん? 何をそんな顔してるんだい。別に、戦いに行くわけじゃないんだから」
 「でも…。兄さまのことだもの、また何かイタズラを考えてるでしょ。」
そう、彼女は、実によく分かっていた。
 ディートライプが、言われたことをマジメにハイハイとこなすわけがない。この時も、彼はちょっと南のほうまで遠出して、噂のディートリッヒなどからかってみようかな、などと、思っていたのだ。…ついでに、ハイメのこともたっぷりからかって遊んでやろうと思っていたのだが。
 「約束してよ。危ないことはしないって。ね、お願い」
 「分かったよ。ちゃんとお土産買って来るから。何がいい?」
 「…いらない。はやく帰ってきてくれたら、それでいい。」
 「ははっ。お前はいいコだな、キューンヒルト。」
そろそろお年頃を迎える妹の艶やかな髪を撫で、ディートライプは馬に跨って館を後にした。もちろん、最初は真っ直ぐザクセンの国に入るつもりだったのだが。
 「…なあ、聞いたか? ローマで、エルムリッヒ王が盛大な宴を開くつもりらしい。フン族の、エッツェル王を招いてだ」
途中、立ち寄った町で、そんな噂を耳にした。

 ザクセンの国は、何年か前にブルグントの国に戦を仕掛け、惨敗している。「ニベルンク・リエト」をご承知の皆さんならお分かりのとうり、ニーデルラントの王子、ジーフリトが加勢したためだ。
 これはザクセンの王たちにとって大いなる誤算だった。何しろジーフリトは竜殺しの英雄。並の人間では勝てっこない。その彼が、ブルグントの妙なる姫君、クリームヒルトに惚れこんで、手柄を立てようと躍起になってた話なんか知らなかった。ま、敗因は、恋する男心を読み損ねたってとこだろうか。そりゃ仕方がない。
 そんなわけで、ブルングントの姫君を妻にしてラヴラヴ新婚生活のジーフリトの国は、妻の故郷ブルグントとは固い友好関係で結ばれることになった。
 その上、今度はアメルンゲンとフン族の同盟だ。これは、ザクセンの国にとってはイタイだろう。周りの大国、ほとんどが同盟してしまっているんだからな。攻めていけないし、攻められたら一貫の終わり。ま、攻めやしないだろうけど、大国に囲まれて北のほうにこぢんまりと構えているデンマークやザクセンの国にとっちゃ、色々考えるところがあったのかもしれないな。

 ディートライプは賢い青年だったから、そのへんの政治的な事情もだいたいわきまえていた。自分がザクセン有数の有力な貴族である祖父のもとに送られるのも、有事の時に取り立ててもらうための布石だろうと気が付いていた。祖父には跡取がいなかったから、自分がザクセンの領地を継がされて、デンマークの父の領地はキューンヒルトにムコ養子でも貰うのかもしれない、とも考えていた。

 そんな事情もあったからこそ、彼は敢えて親の意思に逆らってみようと思ったのかもしれない。
 ザクセンの国を通り過ぎ、さらに南へ、南へと…ローマへ向かう道を辿り、やがて、目的地へ向けて旅をしていたディートリッヒたちに追いついてしまう。

 何かを企むディートライプに、ディートリッヒとその仲間たち。
 それは、ちょっとした波乱の幕開けでもあった…。


[もどる]