第1章 ディートリッヒ、腕試しに行く



 ディートリッヒは物怖じしないお子様だったので、すぐにヒルデブラントと仲良くなった。立場上は臣下だが、まるで本当の兄弟か親友のように接するディートリッヒ。(この時は、まだ一人っ子)

 『しかし、どうしてもセロリだけは食べようとしなかった。「いつか王様になったとき、セロリごときに遅れを取っていては笑われるぞ」と言うと、若は、目に涙を溜めながら、必死で飲み込もうとしていた。…王たるものに相応しい、実に見上げた根性である。』―――ヒルデブラントの日記より。

 二人は毎日、礼儀作法の勉強や剣の稽古、読み書きそろばんから地理歴史まで、様々なことを勉強した。騎士さんというものは、文武両道でなくてはならないというのが世の中の常識だったから、努力も並大抵のものではなかったのだ。現代と違うのは唯一つ、メンドウなペーパーテストが存在しなかったということ。紙の試験を発明した中国人よ、汝等にこの世の大いなる栄冠と個人的な恨みを授けよう。

 ところで、ディートリッヒは、線の細い外見とはうらはらに同じ年頃の子供たちに比べるとものすごく腕の立つ、強い王子様だった。
 線の細い美形なのに腕が立つとくれば、それはもぅご婦人がたには大人気…だったが、ヒルデブラント師匠がいつも目を光らせているので、邪まなご婦人方もなかなか手が出せなかった。隠し撮りとか生ブロマイドの無い時代で実に良かった…。(ただし、同人誌文化はあったものと推測される。)


 さて、若様もだいぶ成長し、そろそろ成人の時が近づいていた。
 この時代の成人は12歳で、武家の息子さんは12になるとひとつ部隊を任せられて指揮官として活躍するようになるのである。えらい若い、と思うかもしれないが、平均寿命が35歳なので、このくらいからが活動期。
 ヒルデブラントは、成人前に腕試しとして何かひとつ試練を与えてみようと考えはじめていた。
 「若…、おのこたるもの、ただ練習で強いというでは話になりません。イザという時、実際に戦える度胸が必要です。どうですか、ひとつ腕試しをしてみませんか。」
 「腕試し?」
ディートリッヒは首を傾げる。
 「実戦に行くのです。武勇のひとつや二つ無くては、一人前とは認められませんからな。」
 と、いうわけで、二人は犬と鷹を連れて狩りに出かけた。

 狩りと言っても、娯楽でやる狩りではない。二人の向かった先は、かねてから良くない噂のある呪われた森だった。何でも、人をかどわかす小人が出て来て、出合った者を森の奥に攫って行くというのだ。
 要するに、ヒルデブラントは小人狩りをしようと思ったのだ。
 「小人なんて捕まえてもしょうがないんじゃないか?」
ディートリッヒは、あまりやる気が起きないようだ。
 「侮ってはなりせんぞ。小人というものは、魔法に長けてすばしっこい。油断すればこちらがやられますぞ。しかも、色々な宝を隠し持っているものです。捕まえれば、何がしかの宝が手に入るでしょう。」
 「ふうん、そうなのか。なるほど。」
納得したディートリッヒは、油断なくあたりに気を配りながらヒルデブラントとともに茂みに潜んだ。遠くから、放った犬の吠え声が聞こえてくる。
 間もなく彼らは、訓練された猟犬たちに、なにやら薄汚れたものが追い立てられてくるのを見た。
 「ひっ、ひいい」
地面にバッタリと倒れたそれは、ちっぽけな人型の生き物だった。小人は魔法使いだったが、猟犬たちの鋭い勘の前には、小手先のごまかし魔法は通用しない。
 なにせ、催眠術や暗示が効くのは大脳の肥大した人間だけで、獣には効果がないのだから…。

 猟犬たちがそれを引き裂いてしまわないうちにと、茂みから飛び出したディートリッヒは、鋭く口笛を吹いて犬たちを静止すると、剣を抜いて、息を切らせている小人のアゴに当てた。
 「ひ…」
 「ふぅん。お前がここらで悪さをしている小人か。お前、名前は?」
これは逆らわないほうがいい、と悟ったらしい小人は、へこへこと頭を垂れながら言った。
 「わ、わしの名はアルベリッヒと申します。どうかご主人様、犬を退いて、わしを逃がしてくだされ。見逃してくだされば、あなたさまに山のような黄金を差し上げます。」
 「……。」
ディートリッヒは、ちらりと師父ヒルデブラントのほうに目をやった。この場合、取引してもいいものだろうか。小人の言を信用してもいいのだろうか?
 賢明なるヒルデブラントは、容易く取引をするつもりなど無いようだった。
 「そのようなことで、命が助かると思うな。このお方を誰だと思っている。我が主君の父君は王で、ありきたりの財宝など山のように持っておられる。それよりも、貴様の汚れた命を神の御許にお返しするほうがよっぽど世のためになろう。」
 「ひィ…。」
小人アルベリッヒは泣き出さんばかりの顔で、咽喉の奥で唸りながら身構える猟犬たちの光る目を見回した。
 「そ、それならば、もっと素晴らしいものを差し上げますとも。それは、この世でまだ誰も手に入れたことのないような宝。その名はヒルトとグリムという夫婦ものの小人で、夫グリムは誰よりも優れた素晴らしい剣を隠し持っているのです。この剣、ナーゲルリングは、手にした者に必ずや勝利を齎すといわれる、それはそれは大層な剣でして。」
これを聞いて、ヒルデブラントは心の奥でにんまり笑った。小人たちの隠し持つ魔法の品々は、どれも人間の手で造られるものをはるかに凌ぐものばかり。これから成人して戦いにも赴こう若君がその逸品を手にすることを思うと、これはどうしても手に入れなければという気になったのだった。
 「よかろう」
と、ヒルデブラントは言った。「…では、その小人たちがいる場所へ案内してもらおう。お前の言うことが嘘では無いと分かったなら、その身を開放してやっても良いぞ。」
 「うう、もちろん、もちろんですとも。わしはご主人様に嘘などつきませんとも。」
こうして、ディートリッヒとヒルデブラントは、縛り上げた小人に案内させて、さらに森の奥深く、人の訪れることもない険しい山脈へと向かうことになったのだった。


 果たして、その顛末やいかに?


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