第8章 流れ行く魂の誓い



 仲間たちが戻って来た、という報せを聞いて、ディートリッヒは待ちかねていたように迎えに出た。出迎えには彼の忠実なる側近、ライナルトという男も付き添っていた。そのライナルトは、高い家柄の出だけあって気品があるものの、少々堅物なのがディートリッヒにとっては難点だった。真面目すぎる相手は、融通が効かない。

 門の前に見慣れた仲間たちの姿を見つけたディートリッヒは、笑顔で彼らに声をかけた。
 「お帰り、ヒルデブラント、ハイメ。盗賊の砦はどうだった?」
 「あぁ、全滅させてきたよ。途中でいろいろあって、オレの活躍は無しだけどな。」
 「いろいろ?」
そこで初めて、ディートリッヒは、仲間たちのほかにもう一人、見覚えのない若者が交じっていることに気が付いた。年は自分と同じくらい、立派ないでたちをして、刺すような視線をこちらに向けている。
 初対面なのに敵意のあるその視線に、彼は、少しムッとした。
 「誰なんだ、あいつは。なぜこの城に勝手に入れたんだ。」
 「若、そのような言い方をなさらないで下さい。この方は、我々に力を貸してくださったヴィテゲ殿と申す方。客人として丁寧におもてなしすべきですぞ。」
しかし、ヒルデブラントがそのように庇うこともディートリッヒには気に食わなかった。仲良しのヒルデブラントが、この、得たいの知れない若者とずいぶん親しげにしているので、やきもちを妬いたのだ。
 …と、言うと意外かもしれないが、なんせこの時のディートリッヒは、まだ12、3である。のちに偉大な王となる人物も、子供の頃は、当然ながらガキっぽい。
 「ああ、そう。じゃあヒルデブラントがもてなしてやればいい。僕にはそうする理由はないからね。」
 「若!」
そのとき初めて、ヴィテゲが口を開いた。
 「随分な言い草だな、ディートリッヒ・フォン・ベルン。それが一国の主たろうという者か? 
 「何だと…。」
ディートリッヒの表情が、かすかな色を成した。
 「俺は、あんたに挑戦しに来たんだ。だが、このぶんでは戦う前から勝負は決まったようなものだな。」
 「無礼な! そのようなことを言い出す者を、城内に留めてはおけん。外へつまみ出せ!」
 「若! なりませぬ。それは私が許しませんぞ。」
怒った顔でヒルデブラントが割って入った。さしものディートリッヒも、師匠には逆らえない。
 「どうしても自分が優れているといわれるのなら、この者と勝負なされ、ディートリッヒ様。この者は、剣をあわせるに不名誉な相手ではございません。それは、この私が保証いたします。」
 「ヒルデブラント…。」
何か言いたげに見上げたディートリッヒは、唇の端を噛み、ぷいとそっぽを向いて言葉を飲み込んだ。叱られた子供のような表情だった。

 そのときハイメは、少し離れた場所からじっとこのやり取りを聞いていた。
 彼には、どちらが強いか力量を測ることは出来なかった。しかし、相手のヴィテゲがかなりの腕前であることは、盗賊たちとの戦いで目の辺りにしている。ディートリッヒ以上に強い者がいるかどうかは分からなかったが、今回の戦いが楽ではないことは予測していた。
 (こりゃあ、ちょっと拙いかもしれねーな…。)
決闘と聞いて、城内からは家臣たちがディートリッヒの建て剣を手に出てくる。乗馬ファルケも引き出されてきた。中庭には、ハイメと勝負したときと同じように、決闘場がしつらえられていた。
 彼は、不機嫌そうに戦装束を着込むディートリッヒに、そっと近づいて言った。
 「あいつをあまり見くびるなよ、ディートリッヒ。槍で勝負をするうちはまだいい、奴が剣を振りかざしたら、とっとと逃げろ。あの剣は、いくらお前でもそう簡単には避けられないぜ。」
 「君まであいつの味方をするのか、ハイメ」
ディートリッヒはむっとしたように返した。
 「ヒルデブラントは、やたらとあいつの肩を持つじゃないか。そんなにあいつがお気に入りなら、あいつの師匠にでもなればいいんだ。」
 「おいおい…。そういう言い方は無いんじゃないのか。あいつだって、気にくわねー奴だけど、いちおう、オレたちの役には立ってくれたんだぜ。」
いつもはカッカしやすいハイメのほうがたしなめている。
 しかし、その時、脇でライナルトがぼそりと呟いた。
 「だからと言って、無礼にも主君に挑戦していいという理由にはならない。ヒルデブラント殿もどうかしている…、前回はどこの馬の骨とも知れない野生の男、次は邪心ありそうな冷酷な目をした男だ。」
ぴく、とハイメの頬が動いた。
 「次から次へとよくもまあ、これでは明日には農夫まで挑戦しに来るぞ。」
 「…いつもながら、テメーはロクでもないことばっかよく喋るな。その舌掴んでひっこ抜きたくなるぜ、ライナルト。」
 「情けない。この私が、お前のような田舎者に呼び捨てにされねばならないとはね。」
 「けっ。あんたがどう思おうと勝手だがな、今のオレはあんたと同じ王の家臣てやつでね。文句は、オレを採用した王様に言ってくれ。」
こんな風に言い合っている間に、決闘の仕度は済んでいた。

 ディートリッヒは、むっつりしたまま馬に飛び乗って中庭に進み出た。
 「おい! オレの言ったこと、忘れんなよっ」
ハイメの声も無視して盾を取る。ヴィテゲのほうには、ヒルデブラントが付き添っていた。それを見て、ディートリッヒはさらに機嫌を悪くしたようだった。
 「…ったく。あいつ、あのぶんじゃムキになって突っかかるぞ。」
溜息をついたハイメが額に手を当てると、ライナルトが返した。
 「あのような無礼者に、ディートリッヒ様が負けるはずがない。心配は無用だ」
 「はいはい。オメーはそういうこと言っとけ。――それにしても…。」
ハイメは、疑問を感じながら決闘場の向こうに視線を遣った。
 なぜヒルデブラントは、わざわざディートリッヒを煽るようなことをして、ヴィテゲと戦わせるのだろう。ヒルデブラントなら、この二人が戦えばどうなるかは予測がつくはずだ。勝てるかどうかの分からない強敵、もし勝てたとしても、ディートリッヒも無傷では済まないだろう。それなのに、何故。

 このとき、ヒルデブラントには、ひとつの考えがあったのだ。
 『―――若くして名声を手に入れた者は、それが当たり前のことだと思うようになる。奢り高ぶった者は、いつか足元をすくわれる。そう、人は、謙虚さ無くして立派な王にはなれないのだ。私は若に、力があっても、その力を誇示せず、謙虚に生きることを学んでほしい。上には上がいるのだということも。…そのために、私は彼、ヴィテゲを連れて来た。ディートッヒ様に、生まれて初めての敗北を与えられる者として。』―――ヒルデブラントの日記より
 そして、この狙いは、見事的中することとなった。

 戦いが始まるや否や、誰もがヴィテゲの強さを素直に認めた。これまで誰にも負けたことのないディートリッヒを相手に五分か、それ以上の腕前でもって攻撃を返す。対してディートリッヒのほうは、動揺のせいか、いつもの技のキレがない。
 幾たびか武器と武器とが打ち合わされ、互いの盾と槍は砕かれた。その間、人々は僅かなどよめきのほか、言葉も出ないままこの勝負を見守っていた。
 「馬を下りろ」
と、ディートリッヒが低く言った。
 「このままでは、勝負はつかない」
ヴィテゲもそれに応じた。二人はそれぞれの馬の手綱を放し、剣を抜いて向かい合った。ヴィテゲの抜いた剣は、それまで誰も見たことのないほど鋭いもので、ディートリッヒの持つ名剣、ナーゲルリングさえも、いつもよりくすんで見えるようだった。
 「…剣の価値は、五部と五分。装備も、条件もすべて対等だ。―――この勝負は、すべて己の腕が決める」
ヒルデブラントが呟いた。
 最初に打ちかかったのは、ヴィテゲのほうだった。
 鋭い一撃は、避ける暇も与えずディートリッヒの兜目掛けて打ち下ろされる。しかし、彼の兜は、いかな刀の着き通せない小人の宝、ヒルデグリムだ。
 ヴィテゲの剣ミームングは、それに僅かな傷を与えただけで、滑ってしまった。
 「チ…。」
斬れないものがある、と知って、ヴィテゲは父の名作に少し悪言を吐いた。そこへ、ディートリッヒがお返しとばかり切りかかる。しかし、これはヴィテゲの盾に難無く弾かれてしまった。
 こちらも、自分の剣が通らないと知って、驚いたようだった。
 「だから言っただろ、ディートリッヒ! お前の剣じゃ、そいつには勝てねー。死にたくなかったら逃げろ!」
見守る人々の間から、ハイメが怒鳴る。ライナルトが怒鳴り返した。
 「貴様! 勝負に口出しは無用」
 「んなこと言ったって、向こうは全身ヴェルンドの作、こっちは兜以外は普通の防具だぜ。どう考えたって分が悪いだろ。もしディートリッヒになんかあったら、どうするつもりだよ?!」
二人の言い合う声など、ディートリッヒには届いていなかった。
 彼は剣を振るい、ただがむしゃらにヴィテゲに打ちかかっていた。しかし、ヴィテゲは冷静に、その攻撃を受け流す。それどころか、流すごとに、ディートリッヒに手痛い仕返しをしていた。
 いまや、ディートリッヒの体からは血が滴り落ちていた。防具の部分一つ一つが剥がれ落ちるように打ち砕かれ、一部の肌があらわになっている。人々の間からは悲鳴とざわめきが上がり、このままでは世継ぎの王子が殺されてしまうと誰もが叫んだ。
 「……。」
ついに、ディートリッヒが剣を取り落とした。ヴィテゲが剣を振りかざす。
 振り下ろしてしまえば、この勝負は終わり。ディートリッヒは盗賊たちと同じように、一撃のもとに真っ二つに斬り裂かれていただろう。
 だが、彼の腕は、振り下ろされることなく止まったままだった。ヒルデブラントが、彼を止めたからだ。
 「そこまで。」
と、いつの間にか現れたヒルデブラントが、二人の間に立っておごそかに告げた。
 「この勝負は挑戦者ヴィテゲの勝ちとする。みな、それに異存はあるまい。さあ、早く若をお連れして手当てして差し上げろ。」
ライナルトはじめ、家臣たちが慌しく駆けより、傷ついたディートリッヒを担いで城内へ担ぎ込む。そのその間、ヴィテゲは何も言わずその場に立ち尽くしていた。
 「気分はどうだい、ヴェルンドの息子」
と、ハイメが珍しく真顔で尋ねた。
 「これで少しは満足したのかい。あんたの迷いってのは晴れたのかい」
 「……。」
 「さあハイメ、お主も中に行って若についていて差し上げろ。」
 「いや。あいつも赤ん坊じゃねーんだ、一人でも大丈夫さ。それに、無様な格好オレに見られたくねーだろうしな。」
彼は、ヴィテゲに視線を向けたまま答えた。
 中庭は急に閑散として、風が死んだように静まり返っていた。
 「ヴィテゲよ。わしは、お主にディートリッヒ様と剣友の契りを結んでもらいたいと思う」
ヒルデブラントは言った。
 「この戦いが終わっても、お主には行くところは無いのであろう。また、目指すものも見つかっておらぬのだろう。ならば、ここに留まり、若の友として共に歩んでくださらぬか。たとえ、それがひと時のことであろうとも、わしはお主を責めたりはせぬ。」
 「…本人が、それを受け入れるかな。」
 「ディートリッヒ様は、それほど器の小さなお方ではない。一度負けたからと言って、明日もまた、お主が勝てるとは限りませぬぞ。」
それを聞いて、ヴィテゲはかすかに笑った。
 「あんたは…、あの男のことが本当に大切らしい。信じてるんだな、随分。」
 「まったくだ。師匠がお前なんかに乗り換えるわけないのに、余計なこと考えるから負けるんだ。」
ハイメも言って、にやりとした。


 傷の手当てを終えたディートリッヒは、この後、ヒルデブラントの説得に応じ、ヴィテゲと友情の誓いをたて、彼を家臣の一人として迎える。結ばれた剣友の誓いはしかし、流れ行く魂を永遠に繋ぎとめるほどの力は持たない。
 「たとえそれがひと時のことであろうとも」―――奇しくも、ヒルデブラントはこの時、すでにそのことを予言していたのであった。



[もどる]