第7章 盗賊のとりで



 翌朝、4人はそれぞれ馬に乗って、関所めざして出発した。一行の先頭をゆくヒルデブラントは、ハイメがやけに不機嫌そうなのと、ヴィテゲの表情が硬いことに気が付いていたが、二人の間にどんな会話が交されたのかまでは分からなかった。
 「ここから先、木立を抜ければじきに関所があります。」
と、ホルンボゲ公爵が言った。
 「うむ。それでは、ここからは慎重に行くとしよう。まずは―――」
 「俺が様子を見てきましょう。」
と、ヴィテゲが馬を前に進ませた。
 「説得に応じるかどうか、一通り試してみますよ。もしダメなら、その時はその時です。」
 「しかし…」
 「いいじゃねーか、やらしてやれよ。」
ハイメがぶっきらぼうに言う。ヴィテゲは気にした様子もなく、ヒルデブラントの返答も待たずに馬の腹を蹴った。
 ヒルデブラントは、困ったようにハイメを振り返った。彼が短気ですぐ揉め事を起こすのにはなれていたが、今回は、少しばかり早すぎるような気がしていた。
 「ハイメ、なぜ、そのように不機嫌なのだ。あの者の何が気に食わん。」
 「ふん。別に。あのバカ、自分が無敵だとでも思ってるんだろ。少しくらい痛いメに遭えばいいんだ。」
 「そうも行きませぬ。彼を見殺しにするようなことがあっては」
オドオドと言うホルンボゲを、彼は鼻で笑った。
 「心配しなくても死なねーよ。あいつの着てるモンは、なまくら刀じゃ突き通せねぇ。」
 「…? どういうことだ、ハイメ。お主、あの者とは初対面ではなかったのか。」
 「あぁ、あいつとはな。けど、あいつの乗ってる馬とあいつの親父のことはよく知ってるぜ。巨人と妖精の血を引く鍛冶屋ヴェルンド、その名工の作を持って勝てねぇ敵なんか滅多にいねぇよ。」
その言葉を聞くや否や、ヒルデブラントの胸につかえていた疑問がすべて解けた。名も無き家柄の出にしては立派すぎる装備、どことなく高貴な立ち居振舞い。霧深き谷の王国を治めていたヴェルンドは、人間の王女との間に息子をもうけた。つまりヴィテゲは、本来なら王族だったわけである。
 ヒルデブラントは、すぐさま馬をめぐらせた。知ってしまった以上、なおさら捨ててはおけなかったのである。
 「おい、師匠! どうしたんだよ急に。」
 「お主も助太刀いたせ。知っていながら黙っていた罪は重い」
 「…オレは、家柄とか血筋とか興味ねーんだよ。オレはあいつが気に入らねー、だから助けてやらねーよ。」
 「まったく。ならばそれでもよい、戻ったらたっぷりお説教だぞ!」
ハイメは、ぽりぽりと頭をかいて溜息をついた。ヒルデブラントのお説教は、長いし耳が痛いのでキライだ。しかし、かといって素直にヴィテゲを応援しに行くのもいやだった。
 「ったく。相手が王族だの貴族だのになると、すーぐ顔色変えちまうんだよな、ああいう連中は。はーぁ、やんなっちまうぜ。」
そういうハイメも、今では立派に爵位を賜っていたことは、言うまでもない。


 その頃ヴィテゲはというと、関所を潜ったすぐのところで12人の盗賊たちにぐるりと取り囲まれていた。
 「……。」
 「けっけっけ、一人でのこのことよく来たな、小僧。」
下品な笑いを浮かべた盗賊たちの手には、ぎらついた剣が握られていた。
 「命が惜しけりゃ、その、身につけてるモンぜんぶ置いていきな。馬もだぜ。」
 「頭ァ、あっしにあの盾をくだせぇよ。気に入っちまった」
 「なら、オレは鎧だ。あれは硬そうだぞ。」
 「わしは剣がいい。」
などと、盗賊たちはワイワイ騒ぎながら卑しい目つきでヴィテゲを見ている。だが、彼は全く動じなかった。
 「おとなしく、ここを通してくれる気はないのか。」
 「無いねェ。てめぇがおとなしくしてれば、命だけは助けてやってもいいぜ。」
 「頭はどいつだ?」
 「オレ様さ。この盗賊とりでのかしら、グラマライフ様とはオレ様のことだ。」
それを聞くなり、ヴィテゲは素早く剣を抜いた。と、次の瞬間、グラマライフの体が、肩口から斜めに真っ二つに割れた。
 「あ? …」
 「なっ…」
一瞬のことで、他の盗賊たちもぽかんとしている。
 どさっ、と音をたてて、盗賊の体は、ゆっくりと、左右に分かれて地面に落ちた。
 「か、頭が…。」 「頭がやられた?」
一瞬の動揺がやがて怒りに変わり、彼らが一斉にヴィテゲを睨みつけるまで、さほどの時間はかからなかった。
 「小僧、貴様ァァ!」
飛び掛って来た最初の男をかわし、彼は、さらに剣を振るう。あっというまに、数人がその場に倒れ伏した。
 ヒルデブラントたちが到着したのは、まさにその時だった。
 「ヴィテゲ殿! 助太刀いたす」
ヒルデブラントは、その場に踊りこむや否や一人を切り倒し、もう一人を馬で踏みつけた。ホルンボゲは血の気の失せた白い顔で、必死に別の一人と剣を打ち合わせている。

 ハイメは、この戦いの様子を少し高い場所から眺めていた。
 戦いに加わっても良かったが、ヴィテゲと一緒に戦うのは、何だか癪だったのだ。
 「ちぇ、何だよ。結局、師匠も暴れ回ってんじゃん。いっつもオレのことを乱暴だのがさつだの言うくせによー…。」
だが、冷静に見ていて、ヴィテゲの強さには目を見張るものがあった。控えめに言っても、その若者は強い。おそらく、一人でもここに陣取っている盗賊たち全員を相手にすることが出来ただろう。
 それが分かるだけに、ハイメは余計に機嫌が悪かった。
 と、彼はふと、緑の木立の向こうに何かが蠢いていることに気が付いた。森育ちで、目のいい彼は、どんな入り組んだ森の中でも、どんな小さな獲物の動きでも見逃さないのだ。
 「あれは…。」
鞍から身を乗り出した彼は、傷ついた盗賊が数人、どこかへ逃げようとしているのを見た。
 「チ、逃がすかよ! 行くぜ、リスペ!」
馬に拍車をかけ、彼は、崖を駆け下りた。あらかたを片付けたヒルデブラントは、風を切るように駆け抜けてゆくリスペに気付いて顔を上げた。
 「師匠、奴らが逃げるぜ!」
 「何…」
聞くやいなや、ヒルデブラントより早くヴィテゲが馬を返す。名馬リスペと同じく神馬の血を引くスケミングは、まるで対成す黒い風のようだった。
 盗賊たちも、追手に気がついて逃げようとする。だが、徒歩では、所詮馬に敵いはしなかった。
 「くう…これまでか」
足を止め、一人が飛び掛って来る。ハイメは舌打ちしてそいつの頭上を飛び越え、後に続くヴィテゲが切り裂いた。まだ残りがいる。行く手に、ウェーゼル川が見えてきた。3人ばかりの盗賊たちが、既に、そこにかかる橋を落として向こう岸へ逃げようとしているところだった。
 川は、とうてい馬に渡れるような深さではない。流れも速く、落ちたら防具の重みで沈んでしまうかもしれなかった。
 しかし、ヴィテゲもハイメも止まらない。川に向かって加速するなり、ほぼ同時に岸を蹴った。
 「う、うわああ」
まさか追って来るとは思いもよらなかった盗賊たちは、慌てて逃げようとした。しかし、間に合うはずもない。
 岩の上を飛び伝い、力強く着地した二頭の馬の前で、ならずものたちは、まるで野獣を前にした小動物のように震えている。
 「ひいい、お、お助け」
盗賊たちは泣き喚きながらふるえている。ヴィテゲは、無表情に剣を振るった。
 その場にいた者がすべて死体と成り果てるまで、ほんの一瞬のことだった。


 川を渡ることが出来ず、迂回して遅れてたどり着いたヒルデブラントとホルンボゲは、その場の惨状を見て、さすがに恐怖を覚えた。
 ヴィテゲはたった1人で盗賊たちのほとんどを打ち倒し、その誰に対しても、手加減することはなかった。強さと冷酷さ…。いや、確かに相手は許しがたい者たちだったのだが…。
 「ハイメ…お主」
 「オレは何もやっちゃいねぇぞ。手出しするまでもなかったんだよ。つーか止めるヒマも助太刀するヒマも無かったし。」
 「……。(高尚な思考など求めたわしが愚かであったな。)」
ことの善悪など、一瞬で判断のつくハイメではない。しかし、ヒルデブラントは何か後味の悪いものを覚えていた。
 震えて命乞いをする相手にも容赦しないヴィテゲ。容易く人を二つに切り裂く剣、ミームングの脅威。
 果たして、この男をすんなりディートリッヒと戦わせてもよいものだろうか…?
 ヒルデブラントは迷っていた。迷っていたから、その夜、彼は自分の本当の名を明かし、ひそかに、ヴィテゲと友情を取り結ぼうとしたのだった。

 「あんたばディートリッヒの家臣だってことは知っていたよ。昨夜、あのハイメという男から聞いた。」
 「…あやつめ。相変わらず、隠し事の出来んというか、配慮の無い…。」
 「そこが、あんたちちの気に入りなんだろう?面白い奴だよ。ああいうのは俺も嫌いじゃない。ただ、向こうは、俺のことは気にいらないだろうが…。」
そう言って、ヴィテゲは少し俯いた。
 ホルンボゲもハイメも、それぞれの場所で既に眠りについている。明日は、朝早く出発してベルンへ戻るのだ。盗賊もいなくなって、森は静かなまま。
 「ヴェルンドの息子であるお主が、なぜベルンへ行く。なぜ、自ら進んで危険な目に遭おうとするのだ?」
 「分からない…。」
 「分からない?」
 「ああ。俺は分からないんだ。自分でも、うまくいえない。だから言わない。それが、あのハイメって奴には気に食わないんだろう。自分で自分のことが分からないなくて、あいつにはきっと無縁の話だ。」
 「……。」
成る程、そうかもしれない、とヒルデブラントは苦笑した。
 ハイメは何事もはっきりしているのが好きだ。迷ったり、くだくだしいことを考えたりするよりも、真っ直ぐに行きたい場所を目指す。自分が何をしたいのか、なにを望むのか、はっきりと分かっている。
 だが、大抵の人間は常に迷いを感じて生きている。時に、自分がわからなくなることだって、あるだろう。
 「わしにも、そんな時代があった。―――だから、貴殿の思うことも少しは分かっているつもりだ。そういうことであれば―――」
 「ディートリッヒは、俺の挑戦を受けるだろうか?」
 「嫌だとおっしゃられても、受けさせよう。そなたは、挑戦するに相応しい者だ。わしは、そう思う。」
 「…ありがとう。」
その時初めて、ヴィテゲの、無表情だった顔に少し笑みが浮かんだ。

 星は夜空を巡る。
 そのとき、かすかな友情が生まれた。か細く、いつか裏切られてしまうかもしれないけれど…
 それは迷える魂が得た、数少ない確かなものであったかもしれない。


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