第6章 森の中の出会い



 ヒルデブラントとハイメは、ホルンボゲ公爵という男とともに、ベルンへ向かう街道のひとつを調査するため訪れていた。
 何でも、その街道にはここ最近、タチの悪い盗賊集団が出るとのこと。旅人の安全を守るための関所が乗っ取られ、かわりに盗賊たちが道行く人から法外な通行税を巻き上げているというのだ。
 「申し訳ございません。わたくしの領内で、このような不祥事を起こしてしまい…。」
ホルンボゲ公爵は、見た目どおり気の小さそうな声でしきりと謝っている。
 「なに、奴らはまだ人を殺してはおらん。それだけでも十分だ。」
 「けどよ、そのうち欲が膨らんで人を殺しても金品奪うようになると思うぜ。そうなる前に、とっととやっつけちまおう」
ハイメはそう言って、大あくびをした。
 だいたい、城にいると退屈だからついて来ただけで、本当は、調査なんて堅苦しいことは苦手なのだった。大暴れして、敵をやっつけられれば、それで良し。
 「……。」
ヒルデブラントは、渋い顔でハイメを見やった。敵の戦力を冷静に分析し、必要であれば増援を要請するつもりだったのだが、このぶんだと、ハイメが一人で勝手に殴りこみかねない。

 『このハイメという男は、どう足掻いても飼い慣らすことの出来ない野生馬のような存在だ。宮廷においても、常に異彩を放ち永遠に騎士階級らしくなることは無いような感じがする。もしかすると私は、とんでもない暴れ馬を引き込んでしまったのかもしれん。』―――ヒルデブラントの日記より

 さて、そうこうしているうちに、一行はアイデル川のほとりへたどり着いていた。
 「砦はもうすぐです。ここらで一休みいたしましょう」
ホルンボゲ公爵が言い、ヒルデブラントも賛成した。森に慣れているハイメはまだまだ大丈夫だと不服そうな顔をしていたが、彼の乗るもの以外は普通の馬なのである。普通の馬に、森の中の道はつらい。
 「じゃ、オレが馬の世話しといてやるよ。あんたたちはゆっくりしてな。」
彼は、自分の馬リスペとヒルデブラントたちの馬を連れて、川べりへ、水を飲ませに降りて行った。
 「いやしかし、それにしても…思っていたよりも酷い道だったな。」
 「はい、ここいらは地盤が悪くて、すぐに崩れて作り直すことになります。おまけに、巨人やら盗賊やらロクでもないものばかりが居て…。」
ヒルデブラントとホルンボゲが世間話をしている間、ハイメは馬たちと木陰で涼むことにした。
 「ちぇ。オッサンどもなんかより、ディートリッヒと来たかったぜ。そしたら、いろいろ面白いことが出来たのになー…」
などと思いながらぼんやりしていた時、彼の耳に、かすかに馬のいななきらしき声が聞こえた。
 「ん?!」
こんなところに、馬がいるのだろうか。それも、その声は単なる迷い馬や野生の馬ではない。
 引き寄せられるように茂みの向こうを覗き込んだ彼は、向こうのほうに、艶やかな黒毛の馬が一頭、繋がれているのを見つけた。
 「あいつは、確か…。」
 「誰だ!」
はっとして、ハイメは振り返った。ヒルデブラントたちが、剣に手を伸ばしながら腰を浮かせている。見ると、川の中に、何か黒っぽい人の頭のようなものが浮かんでいた。
 「貴様…何者だ?! 奴らの手先か!」
 「奴ら?」
浮かび上がって来たのは、まだ大人になったばかりといった顔立ちの少年だった。
 もちろんそれはヴィテゲで、巨人を倒したときに被った木々の屑や埃を洗うために水浴びをしていたのだったが。
 「あ、怪しいやつめ、名を名乗れ!」
ホルンボゲ公爵が青い顔をして剣を抜こうとする。
 「名乗れって言っても。…服くらい、着させてくれないか?」
 「うむ。それがよかろう、公爵殿。見たところ盗賊ではないようだ。ひとまず剣を引かれては」
 「あ、ああ…。」
そういうわけで、ヴィテゲは服と馬のもとへもどり、身支度をととのえてから、改めてヒルデブラントたちのもとへ戻ってる来ることになった。


 「では改めて聞こう。お主は何という名だ。どうしてここにいる。」
 「俺の名は、ヴィテゲ。話に聞く、ベルンのディートリッヒに会いに行く途中なんだ。」
 「……。」
ヒルデブラントは、難しい顔をして腕を組んだ。
 「そのいでたちを見る限り、何故、とは、聞く必要がなさそうだな…。」
彼は、目の前にいる少年が只者ではないことに気付いていた。熟練の戦士には、刃を交えずとも相手の力量計ることが出来る。
 (この者…。あるいは、ディートリッヒ様よりも…。)
しかし、それはまだ早すぎる心配かもしれない。何より、ヒルデブラントには、相手が聖か邪かを図りかねていた。
 騎士に決闘はつきもの。しかし、もし王の後継ぎが命に関わる傷を負うようなことがあれば、一大事だ。
 「ところで、あんたたちは一体? さっき、盗賊がどうしたとか言ってたようだが。」
 「ああ、そうだな。こちらも名のらねばなるまい。」
ヒルデブラントは、この少年のことをもっと知ろうと思った。そのために、ディートリッヒの家臣であることを隠そう、と、咄嗟に弟の名を名乗った。
 「わしはヴェネチアの公爵レギンバルトの息子、ボルトラム。こちらは、この辺りの領主ホルンボゲ公爵どのだ。わしらは、この先の関所を乗っ取った盗賊の様子を伺いに行く途中でな。」
 「成る程。…つまり、その厄介ものの戦力をしらべて、退治するつもりなんだな。」
 「全くそのとおり。貴殿もこのさきベルンへ行かれるのなら、関所を通るか、遠回りして川を越えてゆくしかないが…」
 「道は短いほうがいい。よろしければ、あなたがたとともに行きたい。何かお手伝いできることがあるかもしれません。」
ヒルデブラントは、内心ほっとした。自分たちより先にベルンへ入られては困るからだ。
 もし、この若者が好ましく無い相手であれば、そのときは、どんな手を使ってもベルンへ向かわせないようするつもりでもあった。心配そうな視線をちらちらと向けるホルンボゲをよそに、ヒルデブラントは、ヴィテゲに好意をもっているように振舞ったのだった。


 話をしているうにち、いつしか夕刻が訪れ、その日、彼らはそこで野宿をすることにした。
 ヒルデブラントはヴィテゲに蜜酒を勧め、終始にこやかにして互いに和んだ雰囲気を作っていた。ヴィテゲのほうも、相手が只者ではないことに気付いてはいたが、まさかディートリッヒの側近とは思っていない。
 そうこうするうち、ヴィテゲはふと、自分の馬のことを思い出した。
 そういえば、もう一人いたはずの男の姿も見えない。席を立ったついでに馬の様子を見に行った彼は、馬を繋いでおいた川べりで、ハイメが馬を洗っているのを見つけた。
 「あんた…」
 ヴィテゲは驚いて足を止めた。最初に会った時は確かに立派な身なりをしていたのだが、今のハイメは、邪魔なものすべて放り出して、腰まで川につかってヴィテゲの馬を洗ってやっている。地位のある者が、そんな汚れ仕事をするなど、王家の血を引く彼には信じられなかったのだ。
 「あんた、馬番だったのか? 召し使いには見えなかったのに。」
 「召し使いじゃーねぇさ。ただ馬が好きだからやってるんだ。ほれ、綺麗になったぜ。あんたの馬」
 「……。」
ありがとう、とも言わずに立ち尽くしているヴィテゲを気にした様子もなく、彼は、ズボンの裾をたくし上げながら岸に上がる。
 「血の汚れがついていた。黒毛なんで分かりづらかったがな。…おおかた、ここに来る途中、何かデカいもんと戦ったんだろう? 自分の汚れは落としても、こいつの汚れは落としてやらなかったんだな。まァ、そんなもんだ。馬を乗り物としてしか見て無い連中はな。」
ハイメは、馬の鼻面を優しく撫でながら、まるで馬に話し掛けるように言った。
 「けどなぁ、お前の持ち主くらいは、ちったぁ気遣いのいい奴だったら良かったのにな。折角の綺麗な毛並みが台無しだ。なァ、…スケミング。」
はっと我に返ったヴィテゲは、相手を睨む。
 「どうして、その馬の名を。」
 「分かるさ、ウチの牧場から出したやつはみんな覚えてる。こいつはディートリッヒにやった馬、ファルケの兄弟だ。去年のはじめに生まれた。確か鍛冶屋のヴェルンドに頼まれたやつだぜ、息子の誕生日に贈るとか言ってな。」
振り返って、ハイメはにやっと笑った。
 「あんた、ヴェルンドの息子だ、そうだろ?」
 「…なるほど。あんたがシュヴァーベンのハイメか。と、いうことは、さっきの二人も、ディートリッヒの家臣か…。」
 「ま、そんなトコだ。けど、騙してあんたを闇討ちにするような連中じゃない。ヒルデブラントの師匠なんざ、バカ正直で融通が効かねぇのがウリだからな。その点は安心していい。」
ヴィテゲは、黙ったまま、じっと闇の中を睨んでいた。
 「なァ、お前なんでディートリッヒに挑戦しに行くんだ? 腕試しか? それとも名を上げるためか?」
 「…分からない。」
彼は、低く答える。
 「は? 分かんねーって、じゃ、理由もなしに戦うのか? お前変わってんだな。」
 「分からなくていい。俺はあんたみたいに無様に負けるつもりはない。」
 「何? おいちょっと待て、どういう意味だよ、それは―――」
しかし、ハイメが追いかけるより早く、ヴィテゲは背を向けて暗がりの奥へ姿を消していた。
 「ったく、何なんだよアイツは。いちいち気にいらねー奴だなー。」
何か答えるように馬がいななく。

 そのときハイメには分からなかった。ヴィテゲが何を考え、何を求めてこの旅に出たのか。
 ヴィテゲにも分からなかった。自分が何を求め、何を見つけるためにそこにいるのか。
 二人は時代の中に、全く違う世界を見ていた。流れる風は同じでも、彼らがそこに見出していたものは全く違う真実だった。
 ディートリッヒがいなければ、仲間として共に戦うことは無かったはずの二人。だがしかし、運命は、彼らを敵味方に分けることもしなかった。
 平行に流れる川は、交わることはない。


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