第5章 白銀の挑戦者



 さて、ここで、オレはヴィテゲについて説明するためにヴェルンド・サガについて語らねばならない。
 彼は鍛冶屋ヴェルンド(ヴィーラント)の息子で、母親はニーデゥンク王のむすめ、つまり元は王女様だ。ヴェルンドの最初の妻は白鳥の乙女でヴァルキューレのヘルヴェルだったんだが、戦に出かけたっきりもどらなかった。そのあと、ヴェルンドはニードゥンク王に捕らえられて、足の腱を切って歩けないようにしてから島に閉じ込めて、まるで奴隷のように工芸品を作らされることになってしまったんだ。
 まぁ、七面倒くさい説明はどうでもいいだろう。
 とにかく、重要なところだけかいつまんで喋るとするか。

 ヴェルンドの祖父は妖精の王で、父は巨人だったという。偉人ってのは祖先をたどれば大抵人間じゃないモンに繋がってる。それは確かなことだ。
 彼に鍛冶の技術を教えたのは二人の邪悪な小人、金に目のくらんだ、性悪だが腕は確かな小人たちで、ヴェルンドはそいつらを師匠にして神器を鍛える秘伝の技術を学んだ。だが、その素晴らしい技術は、隣国の王ニードゥンクにも邪まな思いを抱かせてしまったんだな。王は、妻を待ちながら眠っているヴェルンドを縛り上げ、あらゆる財宝を奪って彼を閉じ込めた。
 しかし、ヴェルンドも黙ってはいない。
 深い恨みを抱いた彼は復讐のために王の幼い王子たちを殺害し、ひとり娘のベドウィルドに酒を飲ませて弄んだ。けれど、奴はそれほど悪い男ではなかった。いくら恨みを持っていても、人としての心まで失うほど弱い男ではなかったんだ。
 ベドウィルドが自分の子供を宿してしまったと知るや否や、彼は王に懇願する。どうか自分の花嫁に辛く当たらないで欲しいと言い残して、自分で作った翼を使って空へと逃げていく。できちゃったんだから男として責任とる、なんてのは、なかなか言えないと思うぜ、ヴェルンドさんよ。あんたは立派な大人だ。
 こうして生まれたのがヴィテゲ。
 2歳まではニードゥンク王の城で、ベドウィルドの兄で時期国王の王子とともに暮らしていたが、やがて母とともに父の家へと移ることになった。

 それから10年。
 妖精と巨人と王家の血を引く少年・ヴィテゲは12歳、成人する年になっていた。


 ところで、このヴィテゲという少年は、力が強く腕っ節も確かだったが、争いごとはあまり好きではなかったらしい。ついでに女の子にも興味がなかったらしく、「キャー! ヴィテゲくーん」とか黄色い声援を飛ばされても、しらんぷり。「これ…受け取ってくれる?」とかラヴ・レター手渡されても知らん振り。とかいう話はどうでもいいので置いとくとして、彼は成人の日、父ヴェルンドにこう言った。
 「父さん、俺、旅に出たいんだ。」
思いつめたような息子の表情に驚いて、父はしばらく言葉が継げなかった。
 「どうして急に、また。」
 「鍛冶屋にはなりたくない。家を継ぐことも考えたんだけど…でも、俺には向いていないような気がするんだ。」
 「向いていないって…。じゃあお前、一体何になるつもりなんだ。これからどうやって生活していく」
 「俺は、俺の国を見つけに行く。さし当たっては、ベルンへ…。」
 「何と。まさか、お前、あのディートリッヒに挑戦するつもりなのか?」
ヴェルンドは眉を潜めた。息子がつねづね大きな町へ出たがっていることは知っていたが、名だたる武将に挑戦することまで考えていたとは思っていなかった。
 だが、彼は、反対しなかった。
 親としての直感で、彼は、いつかそんな日が来ることも予想していたのかもしれない。
 「母さんは、寂しがるだろうな。」
 「分かってる。すまないと思ってる…でも、必ずまた戻って来る。だから」
 「言わずともよい、必要なものはもう全てそろえてある。わしがお前のために創った最高傑作。鎧も、盾も、すべてこの鍛冶屋ヴェルンドの作だ。」
赤々と燃える炉の前を立ち上がって、彼は奥の部屋へと入っていった。固く閉じてあった長櫃を開くと、中からは、白銀に輝く美しい武具があらわれる。
 「これを持っていけ。それから…」
ベッドのしたの床板をはがして、剣を取り出す。
 「これは、わしがヴィーラント王から隠し守った最高傑作。ミームングという名の剣だ。水に浮かぶ毛糸さえも鮮やかに真二つに切り裂くだろう。きっとお前を守ってくれる、持っていくといい」
 「…ありがとう、父さん。」
鍛冶屋の仕事は継ぎたくないと思っているヴィテゲだったが、父親の仕事の素晴らしさはよく知っていた。
 成人の祝いと旅立ちのはなむけにと与えられた武器防具を身に付けて、彼は、黒い愛馬スケミングを引き出した。このスケミングもまた、ファルケやリスペと同じく、シュヴァーベンの人々が育てたスレイプニルの血統を継ぐ馬の一頭だったという。
 「―――そうそう、言い忘れていた、息子よ」
旅立ちの時、父は告げた。
 「この先に、オルトシャフテンという名の巨人が出る。奴は乱暴者で見境が無い。もし出会うことがあったなら、その剣の切れ味を試してみろ。」
 「ああ、分かった。行って来る」
母と別れの抱擁をかわし、彼は、馬に飛び乗った。不思議と、もう戻ってこられないかもしれないという不安は無く、新しい場所へ向かう高揚感だけが、彼の胸の中を埋めていた。


 森の中を、どのくらい走ったことだろう。
 「わはははは!」
突然、地鳴りとも思える笑い声が響き渡り、頭上からバラバラと木の枝が降って来た。ヴィテゲは盾を翳し、それらを弾き返す。どしん、どしんと、何か重い大きなものが近づいて来る気配がした。
 「わははは、ちっぽけな人間めえ! 何をしに来たああ」
ぎらぎら光る丸い眼に、毛むくじゃらの手足。巨人族の血を引く父にどことなく似ていなくもないが、雰囲気はまるで違う。
 その禍禍しい気配に、ヴィテゲは眉をひそめた。
 「貴様がオルトシャフテンか?」
 「そうだ。おれを知っているのか。なら話は早い、さっさと食われろ」
言うなり、大きな手をぐわっと開いてヴィテゲに掴みかかろうと迫って来る。
 「…馬鹿めが」
彼は父に言われたとおりミームングを抜いた。刃は光を放ち、鋭く風に一閃する。空気とともに、舞い散る木の葉さえもが真っ二つに割れた。
 オルトシャフテンは、きょとんとした顔で立ち止まった。
 「な、なあにが…あ…」
手が、縦にずれて、骨ごと地面に落ちる。「うあ?」
 「最後だ。」
ヴィテゲがもう一度剣を振ると、今度は巨人の胴体が真二つになった。ぽかん、とした表情のまま、巨人の赤ら顔はドサリと地面に転がった。
 剣を鞘に収めたとき、辺りには、何事もなかったかのような静寂だけが広がっていた。流れ出したどす黒い血は、地面の黒と交じり合って落ち葉の下に染み込んでいる。
 彼は、自分の体が、全く血に汚れていないことに気がついた。さすがは、鍛冶屋ヴェルンドの名作である。巨人の骨さえも、まるで小枝のように容易く切り裂く。
 初めての戦いに軽い高揚感を覚えたヴィテゲは、さらに馬を走らせた。南へ、目指すベルン町へ。そこに何が待っているのか、彼はまだ知らない。


 ―――その頃、ベルンのディトーリッヒは、仲間たちが留守のあいだ、ひとり退屈に帰りを待っていた。仲間たちはというと…。


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