第4章 絆の証



 「…決闘? その、ハイメって人と?」
突然のことに、教養として本を読まされていたディートリッヒも驚きを隠せないようだった。今まで城内の兵士たちとの練習試合をすることはあっても、外から挑戦されるなんて初めてのことだったからだ。
 「その人…強いの?」
 「さて、分かりませぬ。全く手の内の読めない相手でしてな。さあ、武具をお付けください。この挑戦を受けられますな?」
 「もちろん!」
ディートリッヒは課題なんか放り出して、大喜びで武器を取りに行った。もちろん、あの名剣、ナーゲルリングである。

 ところで、ハイメのほうはというと、防具も何もなしに馬にまたがったまま約束の場所で待っていた。
 「防具? 重たいし、そんなモンいらねーよ。メンドウくさい」
などと、気を遣ってお貸ししましょうかと言ってくれた兵士にもケンもホロロ。おかげで、試合前から彼の評判はかなり悪かった。
 そこへ、ディートリッヒが到着する。
 「君がハイメ?」
 「おう。お前がディートリッヒか。思ってたよりデかいな、まだ12だって聞いたんだけどな。」(←年下に挑戦する男)
 「そうでもないよ。そういう君はそんな格好で大丈夫なのか? 死ぬかもしれないぞ」
 「あーあ、心配いらねって。オレには50歳までの命は保証されてんだ、運命の女神がそう言ってた。」
飄々と言って、彼は剣を抜く。ディートリッヒも、ナーゲルリングを抜いた。二人の剣は光を反射して庭に輝き、見守っていた人々は、何か言い知れぬ予感を覚えた。
 「それでは―――」
ヒルデブラントの開始の合図を待たずして、両者は馬を走らせていた。大きなどよめきが上がる。どちらも、この時を待ちかねていたのだろう。

 人々ははじめ、すぐに勝負がつくものと思っていた。挑戦者、ハイメは防具もつけず武器はナーゲルリングにくらべごく普通の力しか持たない単なる鋼だ。対して、ディートリッヒは完全武装し、優れた武器も持っている。
 だが、それは大きな間違いだった。ハイメはそう容易く倒される相手ではない。武器を使わず、たくみな手綱さばきでディートリッヒを翻弄する。平地においても、森の中でも、彼の一流の馬扱いは変わらないのだった。
 誰もが、こんなふうに馬を使う者は見たことがないと言った。伝説に聞く、はるか西方の騎馬民族、フン族のようだとさえ言った。ディートリッヒは次第に焦り始め、彼の無茶な手綱さばきが、騎馬に疲弊をもたらしはじめていた。
 「何と言う戦い方だ。人馬一体となって相手の騎馬から潰す作戦か。防具をつけず軽いことも機動力の一因…。まさか、最初からこれを狙って?」
無論、ハイメにそこまで頭がまわるワケがない(笑)。
 ヒルデブラントは、この勝負はもしかすると腕前だけでは五分五分なのかもしれないと思った。馬に乗っている以上ディートリッヒの攻撃は当たらず、ハイメのほうは、馬に乗ったまま攻撃することが出来ないらしい。
 お互い、ほとんど剣を打ち合わせることもなく時が過ぎていた、その時―――
 「うわっ」
疲れが極限に達していたディートリッヒの馬が、急な方向転換に耐えられずバランスを崩した。
 「もらった!」
即座にハイメが打ちかかる。剣は完全にディートリッヒの兜をとらえた。周囲から悲鳴が上がる…だが…。
 その兜は小人の宝、並の刃では突き通すことも出来ない、ヒルデグリムだったのである。
 ハイメの持つブルートガングは真ん中から真っ二つに折れた。飛び散った破片は小さくきらめきながら芝生に落ち、馬たちはすれ違って止まった。
 ディートリッヒは荒い息をつく馬を休ませ、ハイメは、折れた剣と、手ごたえのあったディートリッヒの兜とを見比べている。ほんの一瞬、すべての歓声が止んだ。
 「……。」
ややあって、最初に口を開いたのはハイメだった。
 「負けた。オレの負けだ。あーあ、武器がなくなっちゃ戦えない。」
と、言うなり柄だけになった剣をポイと投げ捨て、ひらりと馬を降りた。あまりに唐突で、思い切りのよい結末のつけ方に、誰もがぽかんとしたままだ。
 「さー好きにしな。オレはあんたに負けたぜ、ディートリッヒ。」
 「……。」
ディートリッヒも、馬を降りた。とたんに馬が倒れる。
 「引き分けだ。もし君の剣が折れてなかったら、もしかしたら僕の馬がつぶれるほうが先だったかもしれない。」
 「あぁ、まーそれはあったかもな。その馬、ヤワ過ぎんだよ。」
にっ、と笑ったハイメは、自分の馬、リスペの鼻面をなでてやった。ヒルデブラントが近づいて来る。
 「お見事でしたぞ、お二人とも。それにハイメどの」
 「…『どの』? なんだい、そりゃ。」
 「貴殿の腕前、まだまだ未熟ながら素晴らしいものとお見受けいたした。どうですかな、このまま城に留まってはくださらんか。このまま、手放すのは惜しい。」
 「は? 『貴殿』?」
ぽかんとしているハイメをよそに、ヒルデブラントは、ディートリッヒのほうに目を向けた。
 「若も、そう思われるでしょう。彼ならば、きっと良き友人となってくれると」
 「勿論さ。さっきの手綱さばきは凄かったな、僕にも教えてよ。そうしたら、僕が君に剣の使い方を教える。」
 「……。」
あまりに旨くコトが運びすぎたせいか、それとも考えても見なかった展開だったからか、ハイメはただ、きょろきょろと辺りを見回して、首を傾げるばかりだった。


 こうして、わけも分からないままハイメはディートリッヒのもとに、良き友人として、また、良き家臣として迎え入れられることとなった。直属の部下だから、立場としてはヒルデブラントと同じということになる。
 森育ちで礼儀作法はサッパリだし世間知らずな彼だったが、馬の扱いと森の知識については、誰もが優れていると認めた。狩りで見せる馬上からの弓矢の腕前には、誰もが舌を巻いた。そしてまた、ディートリッヒとともにヒルデブラントの教えを受けて、剣の腕前のほうもメキメキと上達していた。

 彼は、ディートリッヒにとってヒルデブラント以外では最初の親友となり、最も晩年まで行動を共にした家臣である。城に迎えられたこのとき、ハイメは、ディートリッヒにファルケという名の馬を贈っている。この馬もリスペと同じくスレイプニルの血を引く栗毛の名馬で、風を切って走るさまは、まるで光の矢のようだと言わしめたほどだ。
 のちにディートリッヒは、折れた剣のかわりにハイメに名剣を贈ってお返しをする。

 『若には、ご友人が出来た。あのハイメという男も、無愛想だか悪い人間ではないらしい。むしろ、まっすぐすぎて馬鹿正直なところがある。わしには、あの二人は決して互いを裏切らないという予感がある。人間、そのような相手に出会うことは、人生に一度、あるか無いかだ。
 …それにしても…ハイメのせいで、若がおかしな遊びを覚えるのだけは…どうにかしたいと思う今日この頃であった。』―――ヒルデブラントの日記より


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