第3章 森の英雄、ハイメ登場



 さて、ディートリッヒの名が諸国に轟いていたその頃…。
 ベルンから遥か遠い森の中に、シュヴァーベンという一族が住んでいた。頭領の名前もシュヴァーベン。とてもわかりやすい。
 この一族は馬と意志を交し、深い森さえも自由自在に馬を駆る一族だった。その農場で育てられた馬たちはいずれ劣らぬ名馬ばかり。それもそのはずで、辿ればオーディン神の乗馬スレイプニルにたどり着く、いわゆる神馬ばかりなのだ。
 その一族の中でも一番のはねっかえりが、首領の跡取息子・ハイメだった。
 腕っぷしも強く、馬の調教の腕も確か。一族としては将来有望な若者だったが、どうも森の中だけの暮らしに飽き飽きしているところ。そんな彼が風のうわさにディートリッヒの話を聞き及んだとあっては、じっとしてはいられない。
 「オレは町に出て腕試しがしたいッ! つーか強い奴と勝負して、メジャーになってみたいんだ!」
…などと、言い出したのには、一族の人々もちょっと吃驚した。
 「ってお前…一体誰と勝負するつもりだ。」
 「決まってんだろ。ベルンのディートリッヒだ。」
 「……。(こいつ、アホだ)」
前前からそんな感じはしてたけど、もしかして本当にナチュラル馬鹿だったんだろうか、と人々はため息をついた。
 「んなの、勝てるわけないじゃん…。」
 「やってみなきゃわかんねーだろ!」
 「ふん、やってみれば分かる、か。ならば試してみるか?」
人々の波を押しのけて、現れたるはハイメの父―――シュヴァーベン一族の統領だ。
 「いざ勝負だ息子よ。ワシに勝てたら強いと認めてやろう。さァ、かかってくるがよい。そしてェェェ!」
 「うおお! 手加減しねーぜ、親父ィィィ!」
ガッキーン!
 「…。」
 「……。」
ハイメの顔面ブローをくらって、統領はあっさり芝生の上に崩れ落ちた。
 「きゃああ、統領、統領ー!」
 「おっおい、今の…マジ手加減なし?! ひで…」
 「あっははは♪ 勝った、オレのが強いな! んじゃちょっくら出かけてくらー、親父ィ!」
ゴキゲンで去っていくハイメを、もはや誰も止めることは出来ない。助け起こされながら、ハイメの父は呟いた。
 「ふ…、強くなったな息子よ。それでいい…。わ、ワシの屍を…越えて…ゆけ。ぐふっ」(気絶しただけ)
 「…アホだ、この人。」
 「あぁ、アホだ。アホ親子だ。」
周囲はあきれ果て、本当にこんな人についてって大丈夫なんだろうか、とか、一族の未来を憂えていたという。

 一方、出発を決めて浮かれ気分のハイメは、そんな心配などどこ吹く風。厩に行くと、いちばんお気に入りの、美しい銀の毛並みの馬を引き出した。
 「よし、いい子だリスペ。今日はちょっと遠くまで連れてってやる。来るか?」
馬は、モチロンだというように嬉しそうにいなないた。乱暴もので短気なハイメだったが、動物と接するときは優しい顔になる。要するに、人付き合いがヘタクソなだけなのだった。

 彼は、先日17の誕生日のときに父から贈られた剣、ブルトガングを装備して馬に飛び乗った。もちろん、森での生活に剣なんか要らない。つまり、使ったことはない。
 弓矢の扱いはお手の物、罠を仕掛けて獲物を取ったり薬草を見分けたりする技術はあっても、開けた平野部での戦いなんかやったこともない。そんなんで、訓練された騎士との勝負に行こうというんだから、無茶である。
 しかし、彼にとってみれば、勝負なんか本当はどうでも良かったのかもしれない。森を出て、大きな町を見てみたかっただけかもしれないのだ。


 その頃、ディートリッヒはというと、無事に成人の儀を終えて、ちょっと退屈した毎日を過ごしていた。
 「はー。何だって、毎日毎日こう礼儀作法の練習とか勉強とかばっかし…。」
 「若。サボっていては、立派な王になれませんぞ。」
 「そんなこと言ってもな。どこかへ、また小人退治にでも出かけたいよ。」
 「……。」

 『確かに、剣の腕は使わねば鈍ってしまうものである。しかし、平和な今の時代、そうそう簡単に実戦経験が出来るものではない。かと言って並の兵士たちや、城づかえの騎士たちではもはやお相手は出来ん。どこかに、若の好敵手となるような優れた友人はおらぬだろうか。まさか居ないとは思うが――――、例えば、腕試しに乗り込んでくる命知らずとか―――。』―――ヒルデブラントの日記より

 いた。

 それが、いたのである。とある晴れた昼下がり。城の皆さんがのんびりランチタイムなどしていたその時に…。
 「でけ! ディートリッヒん家ってこんなデカいのか。おーいディートリッヒー、出てきてオレと勝負しろー。」
 「なっ…?!」
門番、唖然。
 「な、なんだお前は」
 「んん? オレはハイメ。ちょっくら腕試しにきたんだけど。ディートリッヒ、いる?」
 「いる、…って…。この無礼ものめ!」
殴りかかった兵士の棍棒、馬に乗ったままヒョイと避けるハイメ。
 「わっ」
 「んー…。お前、あんまし強そうじゃねーな。どいたどいた」
 「こら! 勝手に入ってはいかん!」
 「ジャマ。」
 「ぎゃあ!」
バカ力で思いっきり突き飛ばされて、兵士たちはぶつかりあって延びてしまった。ハイメは堂々と正門から城の中に入り込む。
 この騒ぎを聞きつけたヒルデブラントは、何事かと駆け出してきて、兵士たちの前に出た。
 「おぬしか、若に挑戦しておる命知らずというのは。」
 「おう。あんた誰?」
 「……。(軽い…、軽すぎる)」
見れば、馬には乗っているものの、どう見ても騎士には見えない。と、いうより、鎧や兜といった防具一式すら身につけていない。剣だけ帯びて、「ちょっとお出かけ」な格好なのだ。
 「わしは、ディートリッヒ様のお傍近く仕えるヒルデブラントと申す者。おぬしは?」
 「オレはハイメ。シュヴァーベン一族のハイメってんだ。ディートリッヒって奴が強いって聞いたんで、勝負しに来たんだ。」
 「な…」
無礼な言い方に色をなす兵士たちを手で押し留め、ヒルデブラントはしばし思案した。
 あまり強そうでは無い。
 が、もしかすると強いのかもしれない。何より、この斬新なキャラクターがいい感じだと思った。
 (ディートリッヒ様は、ふだん貴族の子息ばかりと交流しておられる。このテの荒っぽいご友人の一人くらいいてもよいのではないか。)
あらゆる種類の人間と接する、それが帝王学。
 ヒルデブラントは、うなづいてハイメに言った。
 「よかろう。ディートリッヒ様もそれを望まれるはずだ。おぬしの腕前、とくと見せてもらおうぞ。」
 「おう! 話分かるじゃん、アンタ。」
そんなわけで、城の面々が見守る中、ディートリッヒとの一騎打ちをすることになったハイメ。
 剣も槍も使ったことないのに、大丈夫なのかハイメ。
 そして、この決闘の結末は…?


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