第2章 ぼた山の戦い



 森を抜け、何時間も馬を進めた場所に、その、名もなき山はあった。
 イヤあったのかもしれないけど、資料に出てこないんだよ。だいたい「ぼた山」って…。元のドイツ語は一体なんだったんだ? 原文読めねぇヘボ詩人には分からない。
 と、いうわけで、そこは便宜上、「ぼた山」と呼ばれる場所だったことにしよう。文句はないな? よし。

 山についたディートリッヒたちは、まず小人の縄を解き放ち、約束の名剣ナーゲルリングを取って来るように言いつけた。そこにはヒルト、グリム夫妻の財宝も隠されているとのことだったが、まずは、アルベリッヒ自身の言った剣をもってくれば信用してやろう、ということなのだ。
 小人はおおむねウソツキで卑怯な種族なのだ。何か罠があるかもしれない知らない場所に、ノコノコ出向くこともない。もし持ってくればよし、持ってこずに逃げれば、ウソをついたと見なして追いかけ、処罰する。ヒルデブラントは、そう考えていたのだった。

 果たして、アルベリッヒは、ひとふりの剣をたずさえて戻って来た。小人の体には大きすぎるその剣は、鞘の内にあってもなお、強い輝きを辺りに放っている。
 「はあ、はあ。…これがそうです。どうですか、もう行ってもいいですね。」
 「まぁ待て。中身を確認しよう。」
くしゃくしゃの表情になって何か言いたげなアルベリッヒをそのままに、ヒルデブラントは、教え子に剣を抜いてみるよう言った。剣を手にしたディートリッヒは、慎重に鞘から刃を抜く。
 木漏れ日の下に現れたそれは、溜息の出るほど美しく、なめらかな刀身を持つ剣だった。
 「おお。素晴らしい…」
ヒルデブラントが思わずそちらに注意を向けた瞬間、小人は、しめたとばかりぱっと駆け出していた。
 「これでわしは自由だ。たとえわしが人より長生きで、そなたらが多くの徒党を組んでいようとも、わしはもう決してそなたらの手には掴まらぬ。これで契約は果たされたのだからな。」
犬たちは吠え、飛び掛ろうと身構えたが時すでに遅し、くるりと身を翻した小人は、緑深き茂みの中にどこへともなく消えていた。
 「ヒルデブラント…」
 「よいよい、放っておきなさい。あれはまた悪さをするかもしれんが、今までのように目立つところではやりますまい。それよりも、ここにいるという夫婦ものの小人です。」
目の前に宝があり、敵の最上の武器はいま手の中にある。これを見逃せるものではない。
 何より、剣を手に入れただけでは武勇は不完全だと考えたのだ。

 二人は、尖った岩山に巧妙に隠されていた小人たちの通路に入り込んだ。そこには、小人たちの住む気配と、黄金の臭いが満ちていた。
 すぐさま侵入者に気付いた夫のグリムは、大慌てでランプを手に奥の部屋へとかけこんだが、そこには、彼の剣ナーゲルリングは無い。
 「探し物はこれかい?」
と、笑ってディートリッヒは剣を構えた。
 「チ…こそ泥め。たがな、俺は武器が無くては戦えん男ではないぞ!」
言うなり、グリムは燃え盛る炉の中から、真っ赤に焼けた火かき棒を取り出して、ディートリッヒめがけて飛び掛った。しかしこの程度で驚くディートリッヒではない。実戦経験は浅くとも、ろくな武器も手にしていない相手に手間取るほど未熟ではなかったのだ。
 「若…」
その時だ。助太刀しようと剣を抜いたヒルデブラントだったが、その時、何かが物陰から鋭く飛び掛って来たせいで、その武器を落としてしまった。
 「くっ?!」
床に仰向けに突き倒されながら、彼は自分の上に圧し掛かっている凄まじい形相のものを見た。それは女の姿をした小人で、身の丈はヒルデブラントの半分にも満たないというのに、ものすごい力でぐいぐいと首もとを締め付けてくる。武器もなく、素手で振りほどけるものではない。
 これには、さすがの彼も焦った。自分の咽喉から漏れる息が喘ぐように荒く、ひゅうひゅうと音をたてている。グリムの相手をしていたディートリッヒも、それに気がついた。
 「ヒルデブラント! このっ…」
駆け寄った彼は、ヒルデブラントを助けようとナーゲルリングを振り上げる。避ける間も無い鋭い一閃に小人の首は飛び、自由になったヒルデブラントはむせ込みながら起き上がって剣を拾い上げた。
 だが、振り返ると、妻を殺されたはずのグリムは平静な顔をしたまま立っていた。
 「…うふふ」
 「なっ?!」
切られた女小人、ヒルトの首が笑った。
 と思ったら、見る見る間に再生して、胴体と繋がる。ふわりと浮き上がった小人の体は、あっというまに元どうり、
 「あたしは再生の力を持つ妖精。無駄よ、あたしは斬られても死なない。あんたたちに勝ち目はないわ。」
同調するかのようにグリムが笑う。
 「ふざけるな!」
馬鹿にされたようで、怒ったディートリッヒがまたもヒルトに切りかかり、今度は頭から胴体まで縦に真っ二つに切り裂いた。名剣ナーゲルリングの切れ味は凄まじく、ほとんど血飛沫も飛び散らないほど。
 だがしかし、今度もまた、女小人はすうっと体を再生してしまった。
 「何度やっても無駄よ。」
 「くそ…。」
ディートリッヒが頭に血の上りかけているのに気づいたヒルデブラントは、どうすればよいのか、冷静に考えをめぐらせていた。
 斬っても斬っても元に戻ってしまうのなら、元に戻らないようにすればよい。では、そのためにはどうすればよいか?
 彼は即座に思いついた。
 「若! 奴の胴体を輪切りになさい。そして頭を掴むのです!」
言う意味は分からなかったが、ディートリッヒは聞くや否やそのとうりにした。相手が何を考えているのか分からなくとも、信頼しているヒルデブラントの言は、全面的に信頼していたのである。
 斬られた女小人は、またも再生しようとしていた。
 だが、頭のほうはディートリッヒがしっかり捕まえているせいで、胴体とくっつくことが出来ない。しばらく暴れていた頭と胴体だったが、やがて力なく、ぐったりとして力を抜いた。胴のほうは、完全に息絶えたようでぴくりとも動かない。
 しかし、頭のほうにはまだ生命の力が残っていて、ヒルトは薄っすらと目を開いたまま、こう言った。
 「これで終わったと思わないで頂戴。あんたたち人間なんて非力なものよ。もし油断していなかったら、その手の剣が奪われていなかったなら、勝利はあたしたちの手にあったのだから。」
こういい残して、ヒルトの頭はこと切れた。そして、ゆっくりと砂になり、さらさらとディートリッヒの指の間から零れ落ちてしまった。
 妻が殺されたことで恐れをなしたのか、グリムのほうは、いつのまにか姿が見えなくなっていた。探さなくとも、もう刃向かいはしないだろうということで、二人は彼を見逃すことにした。

 彼らは、地下に溜め込まれていた小人たちの宝を、馬に積めるだけ積んで帰還した。その宝の素晴らしさと、若き王子の武勇伝に人々はいたく感心し、ベルンの世継ぎディートリッヒのうわさはまたたくまに近隣の町に広がっていくことになった。
 この冒険で手に入れた名剣ナーゲルリングは、この後も、数多くの冒険において振るわれることとなる。
 そしてもうひとつ。宝の中にあった丈夫な兜を、彼はもとの持ち主の名を取ってヒルデグリムと名づけ、これを生涯愛用することとした。いかなる戦いにおいても彼の命を守り、また彼の生涯を支えることとなった神器のひとつ。
 それはこのとき、小人たちが隠し持っていた財宝の中から見つけ出されたのだった。

 『今回の戦いでは、初めて若に助けられることとなった。自らの命あやうい戦場において、仲間のことまで目を配れるのは王たるものの必須条件、関心なことである。教え子の成長を直に感じられることは嬉しい限り。さすがは、私の見込んだお方である。』―――ヒルデブラントの日記より。

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