第18章  エルムリッヒの宮廷、始まりの饗宴



 ディートリッヒにとって、それは、何年ぶりかに訪れる伯父の城であった。
 幼き日には、ただ驚いて高い天井を見上げるだけだった、歴史を重ねた荘厳なる城。そこに、彼は今、家臣たちを引き連れて迎えの人々の間を堂々と進む。
 重々しい絨毯が入り口から奥へ向けて広げられ、客人たちはそこを、城の主のもとへ向けて進んでいた。
 出る前にきつく言い渡されていたこともあって、今日はハイメもおとなしくしている。数日前から少し元気のないヴィテゲや、緊張しっぱなしのライナルトのことも気になったが、ここは我慢してもらうしかない。

 このテの饗宴といえば情景描写がお約束だ。
 しかしオレは語彙に貧弱なヘボ詩人なので、この饗宴のさまを皆様に詳しくお伝えすることは出来ない。そう嘆かれるな、アツァガウク製の衣もニニフェの絹も、黒豹の妙なる衣も、着飾った勇士たちの、華々しさも、宴の語りを何千回と聞いたはずの皆様はとうにご存知のはずだ。だからまァ、はしょらせてくれよな。なんせ田舎モンなんで、都会のことはからっきしダメなんだわ。


 その宴で、ディートリッヒには会うべき人が沢山いた。
 エルムリッヒ王の息子たち、つまり、彼の従兄弟にあたる3人の王子。長男フリードリッヒ、次男レギンバルト、そして三男で末っ子のザムソン。王は、まだ成人していない、この末っ子を溺愛していた。
 さらに、今は亡き王の弟、ディーター王の息子たち、エガルドとアキの兄弟。同じくディートリッヒには従兄弟にあたる。滅多に会うことのない人々ではあったが、ディートリッヒは、彼らと親しく関係を持っていた。
 「ディートリッヒ! 久しぶり」
人ごみの中から、ディートリッヒを見つけて歩み寄ってきたのは、特徴的な赤みがかった髪をした青年だった。
 「エガルド兄さん。お久しぶりです」
 「ほんとに、大きくなったな! …あ、いや、お前ももう大人なんだし、こういう言い方はおかしいか。」
 「そうでもないですよ。まだまだですから。」
久しぶりに会う年上の従兄弟を前にして、ディートリッヒの顔もほころぶ。誰もが優れた王になるだろうと賞賛する有能なる王子も、このときは、まだ、幼さを残していたのだ。
 「そうだ、アキのやつも呼ばないとな。会えるってんで楽しみにしてたんだ。…おーい、アキ!」
 「あ、はーい」
エガルドと5つばかり年の離れた、ディートリッヒより少し年下の少年が駆け寄って来る。
 「お久しぶりです、ディートリッヒ殿。ご機嫌うるわしゅう。…なんちゃって、どうかな。ちょっとはソレっぽく見えました?」
 「すっかり見違えたよ。」
 「ふふ、そー言ってくれるのはディートリッヒくらいだね。あ、もしかして、こちらが例の?」
アキは、ディートリッヒの後ろに居並ぶ家臣たちのほうに目を向けた。
 「あなたがハイメさん?」
 「ああ、そうだけど」
 「うわー! 初めましてー、僕、アキって言います。お話はいろいろ聞いてます、ファンなんですー♪」
 「…は? ファン?」
 「はい! あっ、そうだ、一緒に来てください。末の王子のザムソン様も、ハイメさんのファンなんです。僕たち、いま乗馬の練習をしてて。是非教えて欲しいなって」
 「おいおい、アキ…。」
兄のエガルドが苦笑する。ハイメは、それまでの不機嫌な顔から一変して明るい表情に変わった。
 「そういうことなら、オレは構わないぜ。行って来てもいいか?」
 「失礼のないようにな。」
ディートリッヒに許可を貰ったので、ハイメは意気揚揚としてアキと一緒に出かけていった。人ごみの中で堅苦しくしているよりは、乗馬の手ほどきをしているほうが、ずっと彼の性に合っているのだ。
 肩をすくめて、エガルドはやれやれという顔をした。
 「もしかして、是非にもハイメを連れて来いと言ったのは…ザムソン王子のリクエストかい?」
 「そういうこと。エルムリッヒ王はザムソン王子には弱いからね。会ってみたいと一言言ったら、即決だよ。ま、王にしてみれば、国じゅうから、少しでも名のある勇士は集めておきたかったのもあるんだろうね。フン族の王にこの国の優れているところを見せるためにも。」
そう言ったあと、エガルドは、少し真面目な顔になって辺りに視線をやる。未だかつて、これほどの人が宴に集められたことはない。
 フン族は、貴婦人たちの集うきらびやかな宴よりも、力ある勇士たちが一堂に集まるほうを好む。城の中庭では、すでに競技大会の準備が進められていた。
 これは、同盟関係を強化するためであるとともに、互いの手の内を見せ合う集いでもある。大国どうしの関係とは、常に、弱みをみせず競い合う緊張の中にあった。もしも相手が圧倒的に劣っていると知ったなら、その時は--―。
 この時代、国の興亡など、ありふれた日常茶飯事でしかなかった。


 広間には、そこかしこに異国の客人たちがいるのが目に付いた。装いはそれほど奇抜でもないが、濃い鬚と黒髪とが目立つ。さっきから黙ったままのヴィテゲが、辺りに鋭い視線を向けていることに気が付いて、ディートリッヒはそれとなく声をかけた。
 「ヴィテゲ、フン族の腕前はどのくらいだと思う。」
 「……それほどでもない。奴等の武器は、みな粗雑なものばかりだ。」
 「ハイメのほうは…彼のことだ、手始めに馬の品定めをしていることだろう。ライナルト、お前の目から見てどうだ」
 「礼儀作法はまるでなっていませんが、隙のない連中ですね。」
ライナルトも、先ほどからずっと、フン族の勇士たちの動きを見守っていたのだ。
 エガルドは、笑ってディートリッヒに言った。
 「本当に立派になったな、ディートリッヒ。お前なら、何があっても良い王としてやっていけるよ。それじゃあな、私はエルムリッヒ王のもとにいるから」
背の高い、細身の青年の姿は、人ごみの中へと消えて行った。
 このとき、エガルドは亡き父の領地を継いで領主となっていた。エルムリッヒの血縁として、有力な地位にある者の1人だったのである。

 多くの者たちが集い、多くの出会いが生まれた。
 望ましいもの、望ましくないもの。それは、時の必然とも言うべき出会いの場所だった。
 「ディートリッヒ様…ですな」
突然の声に、ディートリッヒは思わず足をとめ、辺りを探した。特に不快なわけでもないのに、耳に残る声だった。
 すぐ傍に、小柄な、年老いた男がひょろりと立っている。
 「エルムリッヒ様の忠実なるしもべ、ジフカに御座います。本日は、ようこそお越しくださいました。」
 「あ、ああ…。」
覚えている。
 ずっと昔、この城に来た時にも出会っている、宰相のジフカだ。あの時からほとんど変わっていないように見えるのは、その高齢のせいなのか。ジフカの奥方はたいそう若くて美しい女性だったが、なぜそのような人がジフカの妻になったのかは分からない。
 この男は、見た目は地味で目立たないが、その頭脳にかけては右に出るものがおらず、エルムリッヒの右腕として、常に参謀を務めてきた。家臣の中では、最も重んじられている男である。
 「我が主がお呼びでございます。どうぞ、奥のほうへ。」
 「分かった。すぐに行こう」
彼は、他の家臣たちに目で合図をして、ヒルデブラントだけを連れて奥へ向かった。玉座の周りには物々しく兵士たちが控え、楽師たちが場をもりあげるため音楽を奏でている。
 ディートリッヒが現れたのを見ると、どっしりとかまえていたエルムリッヒ王は、嬉しそうな顔で腰を浮かした。
 「おお! ディートリッヒ。来たか」
 「お久しぶりです。お変わりなく」
 「紹介しよう、エッツェル殿。こちらは、わしの甥でディートリッヒ。ベルンの王になる者だ」
ディートリッヒは、エルムリッヒ王の傍らにゆったりと腰を下ろす、フン族の大王に目を向けた。
 想像していたより、人好きのしそうな王だと思った。
 温和な笑みを浮かべ、廊下にいた兵士たちの引き締まった顔にくらべると、ずいぶんと優しそうに見える。逞しく日焼けした二の腕も、それほど筋肉があるようには思えない。何より、その体から滲み出す気配とも言うべきものは、戦士のそれとは、違っていた。
 「お初にお目にかかります、エッツェル王。ベルンのディートリッヒと申します」
 「おお、これはこれは。ベルンといえば、ここローマよりもわしの領地に近い。ひとつ、仲良くしてやってくれたまえ。」
 「は…。」
なごやかな雰囲気の中、宴は始まった。
 王たちは王たちどうし、家臣たちは家臣たちどうし杯を酌み交わし、談笑する。表では、気の早い若い騎士たちが、互いの腕を競いあわんと剣を交えて楽しんでいた。
 フン族の王、エッツェルは、ほろ酔い気分に笑って言う。
 「このたびの宴には、随分と多くの勇士たちが集った。わしの国にも、これほど素晴らしいものたちは、そうそうおらぬ。あとの競技会で恥をかかされねばよいが。」
 「ははは、何を仰る。エッツェル殿のところにも、優れた勇士が…。おお、そうだ。確か、ハーゲン殿がおられたのではないか」
 はっとして、ディートリッヒが顔を上げる。
 「いや…。アルドリアーンの息子は、つとめの年を終えて国もとへ帰った。彼の故郷、ブルグントへ。今ひとかたの勇士、ワルテルも、もう我が国にはおらん。彼らほどの者は、探してもそうはおらぬよ。残念なことだ…。」
 「エッツェル殿、フォルカーという名に覚えは?」
 「…フォルカー? はて…。」
ディートリッヒには、ずっと気になっていたのだった。
 あのとき、ハーゲンと共にいた、風変わりな楽師。感じる気配はただものではなかったが、誰もその名を知らない。ひとかどならぬ者ならば、その武勇伝が聞こえて来ないはずは無いのだが…。
 「競技会には、王の甥子であられるヴァルター殿もお出になられる」
ジフカが話題を変えた。
 「おお、ヴァルターの怪力はなかなかのものだぞ。対抗できる者はそうそうおらん。」
エルムリッヒは膝を叩き、大声で笑う。だが、ヒルデブラントの甥、ヴォルフハルトの力も並外れたものだった。勝負をしたらどちらが勝つのか…、ディートリッヒは、何も言わずにいた。
 「では、こちらはやはり騎馬で勝負することにいたしましょう。我らは、生まれたときより馬に慣れ親しんでおりまする。」
と、エッツェル王。ハイメは勝負したがるだろうな、と思いながら、ディートリッヒはなおも黙っていた。

 このとき周辺諸国の中で、最も優れた勇士たちを集めていたのは、おそらく、ディートリッヒとブルグントの王・グンターであっただろう。グンターのもとに集った、ハーゲンを筆頭とする勇士たちのことは言うに及ぶまいが、ディートリッヒのもとに集った個性豊かな仲間たちもまた、名実ともにアメルンゲン族の国の中で最高の戦士たちだった。
 彼等は、グンター王の勇士たちと渡り合う資格と実力を持つ、一握りの存在だった。
 もっとも…実際に合間見えることになるのは、その中でも、わずか数人なのだが…。

 エルムリッヒ王の宮殿で、宴が盛大に行われていた、ちょうどその頃…
 ディートライプもまた、ちょっとした計画を実行すべく、密かに動きはじめていた。


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