第15章 偽りの勇気、心の真実



 ハイメは、1人ぼんやりと梢の上で考え事をしていた。
 いつかはディートリッヒのもとへ帰るつもりだったから、ファルスターの森にも今の仲間たち…盗賊たちにも、大した愛着は無かった。しかし、日が経つにつれ、彼の中で、それまでに感じたことのない迷いが生まれ初めていた。

 盗賊たちは、毎日のように森を通る旅人や商人を襲い、金品や身包みを奪い取って放り出す。時には、抵抗する者や用心棒を容赦なく斬り殺す。気に入った女を自分のものにしたり、手に入れたものの分配方法を巡って、仲間うちで殴りあったりもする。
 それは、彼の知る、どんな連中よりも粗暴で、残忍な集団だった。
 ハイメとて、ディートリッヒのもとにいた頃は、ライナルトほか生粋貴族の家臣たちに、さんざん「野蛮だ」「田舎者だ」と言われつづけてきた。確かに、自分には、お上品な宮廷の作法など合いはしない。
 けれど、ここにいる連中とくらべればずっと倫理的ではないか。
 彼は、人のものを奪ってはいけないことを知っていたし、さしたる理由なく人を殺すのは重い罪であることを知っていた。だから、ためらいもなく人を殺し、奪うイングラムたち盗賊団は、自分とは決定的に違うと感じていた。
 ―――ここに、いるべきではない。
 だが、ここではなくベルンの宮殿いたとして、そこは本当に自分にとって正しい居場所なのだろうか。盗賊団と自分とが違うように、お上品な貴族や職業騎士たちとも、相容れない存在なのではないか…?

 彼はナーゲルリングを抜き、刀身に光を映した。
 それは、かつてディートリッヒが持っていたものだ。栄光を手にするべき、王者となるべくして生まれて来た者から貰った宝だ。こんな大層なものを。田舎者で乱暴者、馬を扱う以外はそれほど優れてもいない自分が持っていてもいいのだろうか?
 そのとき彼は、刃に移る僅かな影に気がついた。
 「…何だよ。なんか用か」
びくっ、としたように影が茂みに隠れた。だが、バレていると知って、おそるおそる、ニヤけた顔を出す。
 それは、イングラムの手下の1人だった。前歯が欠けて、笑うと何とも間の抜けた顔になる。
 「ジロジロ見てんじゃねーよ。何のつもりだ」
 「へっへへ、ダンナ。すんません、その…剣があまりに綺麗なんで。さぞかし名のある剣なんでしょう。どっから盗んで来たんで?」
 「ばーか。オレはてめぇらとは違うんだよ。貰ったんだ。」
 「貰った? そいつぁ危篤な人もいるもんだ。そんな、高そうな剣、人にくれちまうなんて。」
ハイメは、胸が悪くなって、ニヤけた盗賊の顔から目をそらした。こいつらには、たぶん一生分からない。誰かのために戦うことや、誰かと変わらない友情を誓うことは。金などでは計れないものもあるのだということなど…。
 「失せろ。こんどオレの周りをうろちょろしやがったら、たたっ斬るぞ。」
 「へ、へ。それだけはご勘弁を。ダンナ、それじゃ…。」
ハイメが木の枝を投げつけるより早く、男は茂みの中に姿を消していた。

 イングラムたち盗賊団は、仲間意識で結ばれているわけではない。
 同じ目的があるからつるんでいる、という感じだった。追い剥ぎをやるには、1人より大勢のほうがいい。ただ、それだけのことだった。
 「…親分。本当に良かったんですかい、あいつを仲間にしちまって。」
日の暮れた森の中で、数人の盗賊たちが、火を取り囲み、低い声でぼそぼそと話し合っていた。
 「まさか、政府の密偵か何かじゃ。」
 「いや。森の外と連絡を取り合っている様子はない。何より、あんな粗雑な役人がいるもんか。騎士特有の嫌な気配もしねぇしな。」
 「へへ、イングラムのアニキの鼻は確かだ。なら、アイツは鼻持ちならねぇエライさんじゃねぇんだろうよ。」
 「しかし、剣も馬もたいそうな値打ちモンですぜ。盗んだんでもなきゃ、手に入れられねぇ」
 「じゃ盗んだんだろ。いかにも、どこかから逃げてきたって雰囲気じゃねぇか。帰るところもなさそうだしな。見た目よりワルかもしれねぇぜ。」
こんなことを言われているのを、ハイメは知らずに剣を抱いて木陰で眠っていた。傍にはリスペが寄り添っている。盗賊たちのことだから、仲間のものでも隙あらば盗んで売り払ってしまいかねない。注意は怠れないのだった。
 「…しかし、名も名のらねぇとは妙ですね。」
盗賊たちは、なおもハイメのことについて噂しあっていた。
 「そんなモン、気にするな。俺たちだって本名かどうか分からねぇ。名前なんざ意味がねぇ」
 「ま、それも違ぇねぇ。」
 「だが―――、少し気になることがある…。」
イングラムは、じっと火を覗き込んだまま考え込んだ。「あの男…。確か、以前どこかで見た…ような気が…。」
 その時だった。
 「親分!」
斥侯に立っていた数人の盗賊たちが、大急ぎで駆け戻って来る。
 「どうした」
 「獲物ですぜ! それも、上玉の。」
 「たった二人でさぁ、相当金持ちの貴族だ、ありゃぁ。身包み剥いだだけで結構な額になる」
 「おまけに身代金もガッポリいただけそうな顔してやすぜ!」
これを聞いて、イングラムはにんまりして立ち上がった。焚き火に土をかけてかき消すと、仲間たちを呼び集め、武器を帯させる。
 「いいか、逃がすんじゃねぇぞ。手ごわいようなら、森ン中にひきずりこんでやっちまえ。おい、誰か、あいつも呼びに行って来い」
あいつ、とは、ハイメのことだ。1人が、ハイメのいそうな場所へ走っていく。灯りは持たないが、暗がりの中でも、盗賊たちは自分の家のように森の地形を知り尽くしていた。

 一方、ビーテロルフは、そうとは気付かず森の奥へと馬を進めていた。
 「…待って下さい、父上。」
入り口から、三分の二ほど来たところだっただろうか。ディートライプが、父を呼び止めた。
 「何かがいます」
 「ん? 何か、だと?」
振り返るビーテロルフ。だが、その馬を止めた一瞬、闇の中に光が走った。
 「危ない、避けて!」
馬の悲鳴が天を突く。ビーテロルフは飛んで来た矢に怯えて跳ね上がった馬から投げ出され、ディートライプは、暴れ出す自分の馬を御するのに精一杯だった。
 それを合図に、辺りから一斉に盗賊たちが襲い掛かる。
 「ち…、こやつら、近頃この森に出るという盗賊どもか!」
 「そうとも! 命がおしけりゃ、身包み全部置いていきな。おとなしくしてりゃ、首の皮だけは繋いどいてやるよ!」
ディートライプは、むっとして剣を抜いた。それを見て、ビーテロルフが慌てる。
 「待て、ディートライプ。お前、ろくに戦ったこともないくせに…、」
 「心配ご無用。それより父上、ご自分の心配はなさらないでよいのですか。」
そのとおりだった。
 闇に紛れて、4、5人の盗賊たちが彼らめがけて襲い掛かる。暗がりの中、道を外れれば足元さえ覚束ない深い森。ここは、盗賊たちのほうが圧倒的に有利だ。
 「くそ…、こんな時に」
飾り立てたマントを投げ捨てて、勇士ビーテロルフも剣を抜いた。その彼に、イングラム自らが飛び掛っていく。
 不意打ちとはいえ、彼はデンマーク一と謳われた豪傑だ。その意地と気迫が、彼を突き動かした。
 「このビーテロルフをなめるな! 盗賊ごときがッ…」
振り上げた剣は、イングラムの剣を叩き折り、その腕ごと切り落とした。その一撃の凄まじさは、岩をも砕くほどであったという。
 イングラムは、落ちた自分の腕を見て蒼白になり、絶叫した。
 「ぎゃ…ぎゃあああ! 俺の…、俺の腕が!」
 「親分!」
盗賊たちはうろたえた。今まで、イングラムが傷を負ったことなど無かった。いや、それ以前に、自分たちにいつか終わりが来ることなど、考えてもいなかったのかもしれない。
 「愚か者めが…。」
制裁を下そうと、ビーテロルフは剣を翳す。
 「ひっ…」
と、そのとき、イングラムは木立の中に、ハイメの姿を見つけた。
 「お、お前! 遅かったじゃないか! こ、こいつらを早く倒せ!」
 「…ん?」
その場にいた者たちの視線がすべて、ハイメに注がれた。イングラムと盗賊たちは彼を仲間だと思い、援助に来てくれたのだと思っていた。ビーテロルフとディートライプは、盗賊たちの仲間が現れたと思っていた。
 だが―――
 彼自身の心は、そうではなかった。

 実はハイメは、さっきからずっとそこにいたのだ。
 戦いの状況も、見ていた。たった二人で森に迷い込んできた立派な身なりの騎士たち。それに襲い掛かる盗賊たち。
 どちらにも味方したくはない。どちらの味方にもなれない。だったら、難しく考える必要なんかない。
 彼は、いつだってそうして来たのだ。自分の思うとうり、思うままに、それを正しいと信じて貫いてきた。ハイメはディートリッヒが好きだった。今までで一番の友達だと思った。その友達がくれたものだから、ナーゲルリングは自分が持っているべきだし、たとえ少々居心地が悪くても、あの城にいたいと感じた。
 戻りたい。
 ここは、居るべき場所ではない。盗賊なんかより、気に食わない奴だが、ヴィテゲやライナルトのほうがずっといい。
 「ふざけんなよ…。」
ここのところ、久しく忘れていた怒りが胸の奥からこみ上げてきた。
 「何でオレがてめぇの味方しなくちゃならねーんだよ。勝てねぇ戦に自分から突っ込んだのは、てめぇ自身だろ?」
 「お、おい…。」
 「そっちの貴族もそうだ! んな目立つ格好で森ん中に入ってくるから襲われるんだろ。ちったぁ目立たない格好するとか、護衛連れてくるとか、注意しろよな!」
 「な…。」
まさか盗賊に説教されるとは思っていなかったビーテロルフも、ぽかんとしている。
 「どっちもどっちだ。てめぇら、どっちも大バカもんだ。オレは盗賊でもないし騎士でもねー。森は好きだが人のもんを奪うのは嫌いだし、人に認められんのは好きだが、堅っ苦しい宮廷は嫌いだ! つまりオレはオレ様なんだ。オレ自身以外の何者でもない。いいか、正しいことはオレが決める。オレは誰の仲間でもないし、誰かの言うとおりにも動かねぇ!」
 「……。」
 「………。」
分かるような、分からないようなハイメの宣言に、誰もがぽかんとしたまま口を半開きにして立ち尽くしている。
 ただ1人、ディートライプだけが、その静寂を破るように笑い出した。
 「ははは! それは面白い。と、いうことは、君は我々も、そこの盗賊たちとも敵対するというわけだ。随分大胆な奴だな、君は。」
 「気にいらねーんだからしょうがないだろうが。オレは、コイツらのような連中もキライだが、特にあんたらみたいな香水臭ェ金持ちは大っキライなんだよ!」
言うが早いか、ハイメは剣を抜いた。ナーゲルリングが闇にひらめき、疾風のごとくビーテロルフに襲い掛かる。意表を突かれた彼には、避ける暇がなかった。
 「ぐあっ…」
強かに兜を打たれて、ビーテロルフは地面に倒れた。
 「お前もだ!」
蹴飛ばされて、イングラムがふっとぶ。そこから先はもう大混乱だった。暴れ狂うハイメに、逃げ惑う盗賊たち。馬のいななき、泣き叫ぶ声。ハイメは1人も逃がさなかった。盗賊たちは次々と打ち倒され、地面に伸びてしまう。

 残ったのは、ディートライプだけだった。
 「さぁて、と。残るはアンタだけだな」
 「…。」
ハイメは、彼に剣を向けた。だが、ディートライプはそれに応えない。のんびりとした口調で、言う。
 「いいのかい? 僕と戦っても。」
 「何がだよ。いいに決まってんだろ。
 「君は良くても、君の主人は困るんじゃないのか? そうだろう。―――ハイメ君。
ぴくっ、と、ハイメの顔が引きつった。
 「てめぇ…何で…。」
 「さっき君が言ったことでピンと来てね。森が好きで貴族嫌いなのに宮廷を知っている、なんて、珍しい人間はそうはいない。それに、君の持つその剣、それはただの剣じゃない。フイうちとはいえ、僕の父上を倒すほどだ。それなりの腕もある。ま、たぶん当たりだろうとは思ってたけどね。」
ディートライプは、にこやかに続けた。
 「ここは休戦としないかい? ハイメ君。それが双方にとって一番いいやり方だと思うけどね。僕は君のことを言いふらさずに黙っていてあげる。君は僕と戦わない。どうかな? 君だって、盗賊の真似事なんかしたことがバレて、ディートリッヒに嫌われたくはないだろう?」
 「……。」
一発殴りかかりたかったが、言われてみれば、確かにそうだ。
 ディートリッヒに、盗賊団に入っていたことが知れたら…。いや、それ以上に、ヒルデブラント師匠に知れたら大変なことになる。お小言どころでは済まされない。信心深い師匠のことだ。ザンゲ室に放り込まれるかもしれない…。
 「わ、分かった。とりあえず見逃してやる。けど、言いふらすなよ。絶対言うなよ。得にヒルデブラントには言うな!」
 「はいはい。それじゃぁ気をつけてね、ハイメ君。」
にっこり微笑んで手をふるディートライプを、不審の目でちらりちらりと振り返りながら、ハイメは、リスペに乗って森を去っていった。

 その後…。
 「う、うーん。」
 「気が付きましたか、父上。」
 「ううむ。わ、私は一体…。」
夜が明け始めた森で、ディートライプは、気絶していた父・ビーテロルフを介抱していた。
 目を覚まして、盗賊たちがすべて縛り上げられているのを見て、彼は目を大きく見開いた。
 「どうしたことだ、これは。…まさか、お前が1人でやったのか?」
 「はい。頑張りました」(激ウソ)
戦えない、腰抜けだとばかり思っていた息子の突然の大手柄。しかも、盗賊たちを殺すことなく生け捕りに。
 …いや、本当はハイメが1人で暴れて倒したのだが…、そんなこと、ビーテロルフに分かるワケもない。
 「1人、あの妙なのは逃がしてしまいましたが。」
 「いや、そんなことはどうでもいい。素晴らしいぞディートライプ! 無傷で盗賊どもを倒すとは、さすがワシの子だ! はっははは!」
 「いえいえ…。(ま、所詮、親なんてチョロいもんだよな。)」
そんなわけで、この日を境に、灰被りと呼ばれたディートライプは一躍有名人、両親からの多大な期待を背負って、それまで以上に好き勝手に暮らすことになったそうな。

 ところで、ハイメのほうは、というと…。
 何だか腑に落ちない、といった顔で、帰り道、呪われた村を通りかかり、呪いをかけていた魔女をハリ倒してスッキリしてからベルンへ戻ったそうな。

 『何だかんだいいつつ、ハイメが人に迷惑をかけるか人のためになることをするかは、五分五分の確率のようである。それにしても、あの暴れ馬めが素直に戻って来るとは、やはりこれも若の求心力のたまものであろうか?』―――ヒルデブラントの日記より。


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