第14章 灰かぶり貴公子、ディートライプ登場



 さあて、お待ちかね! いよいよ「ディートリッヒの愉快な仲間たち」最後の1人が登場するぞ。
 …えっ、何? ビーテロルフなんて名前は知らないぞ、って? そりゃそーだ。ビーテロルフはあくまでフツーの戦士のおっちゃん。ここでの主人公は、ビーテロルフの息子、ディートライプさ。
 ディートライプってのは、これがまた困った息子で、ザクセンの公爵の娘オーダとの間に生まれた、れっきとした公爵家の跡取り坊ちゃんなんだが、気さくで地面が好きなんだな。
 台所に入り浸って灰まみれになったり、小作人の息子たちと遊び回ったり、そりゃぁ大した道楽っぷり。ま、金を湯水のように使う道楽よりゃーいいと思うんだが、何せ母親は生粋の大貴族だ。あるとき、息子が灰を被って真っ白になっているのを見て、失神せんばかりに驚いたらしい。
 それ以来、ディートライプのアダ名は「ダメ息子」から「灰被り<シンデレラ>」へと昇格した。

 シンデレラ、シンデレラ呼ばれてもディートライプは我関せず。馬は嫌い、武器もダメ、勉強も一切受け付けず、料理見習いたちに大根のかつら剥きを習いに行くような体たらくだ。これは、貴族の坊ちゃんとしては失格だろうね。両親もあきれ果て、彼に期待をかけることは一切やめてしまったんだ。
 ところが!
 我々のよく知るシンデレラの物語よろしく、ある一通の招待状が舞い込んだことから、彼の運命は一変した。それは貴族たちを集めて行われる宴の招待状で、ビーテロルフの一家全員に宛てられたものだった。
 ビーテロルフには、妻と息子のディートライプ、それに、もう1人、キューンヒルトという名の娘がいた。この子は確りした貴族のご令嬢で、両親の期待を一身に背負い、いつか素晴らしいところに嫁ぐだろうと言われていた。この宴に出ることは、いわば、貴族の娘の「社交界デビュー」だった、というわけだ。
 ところが彼女は、両親よりもむしろ兄のディートライプによく懐いていた。日ごろ両親が兄のことを悪く言うのを聞いていて、密かに心を痛めてもいたのだ。

 招待状が来たことを、ディートライプは聞かされていなかった。そりゃあそうだろう、両親は彼のことなんか眼中にない。
 だが、彼がいつものように台所の隅で日向ぼっこをしながら、のんびりとジャガイモの皮むきなどして楽しんでいたところ、キューンヒルトが報せを持っておずおずと姿を現したのだ。
 ふだん、ご令嬢がこんなところに現れることはないので、料理見習いたちはポカンとして、いっせいに指を切ってしまい大騒ぎ。料理長が大声でしかりつけたので、首を締められている途中だったガチョウも、断末魔の声を上げるのを忘れたままグッタリしてしまったとか。
 ディートライプは、ジャガイモと包丁を置いて、布巾で手を拭った。
 「どうしたんだ、キューンヒルト。こんなところに来たのが分かったら、母上に叱られるぞ。」
 「うん…でも、わたしどうしても兄さまに聞いてもらいたいことがあって。」
 「何だい?」
 「今度のパーティー、わたし行きたくないの。知らない人がいっぱいのところへ言って、うまく喋るなんて出来ないもの。父さまと母さまは、兄さまは置いていくっていうの。でもわたし、1人じゃ嫌なの。」
キューンヒルトは、目にいっぱいの涙を溜めて俯いた。ディートライプは、眉を潜めてしばらく考え込む。
 「…参ったな。僕が行くなんて言うと、母上なんか目ェ回しそうだな…。」
 「だめ?」
 「いや、ダメってわけじゃ。うーん…。僕もああいう賑やかなところはあまり好きじゃないんだがなぁ。」
 「じゃ、わたしも行かない。一生お嫁にいけなくてもいい。兄さまと一緒にいる」
 「おいおい。ったく、困ったな…。」
ディートライプはぽりぽりと頭をかいた。自分のせいで妹が社交界嫌いになるのは困ったものだ。自分は好き放題やっても男なので何とかなるだろうが、妹は女の子だ。しかるべき名家に嫁いで、それなりに幸せになって欲しい。

 と、いうわけで、彼は渋々と本気を出すことにした。普段から本気でやればいいのに、何かと肩の力を抜きたがるのが、このディートライプ青年の特徴なのであった。
 「何? パーティーに出たい…だと?!」
いきなりの息子からの申し出に、父・ビーテロルフは目が飛び出さんばかりに驚いた。
 「ってお前。まさか、その格好で行くわけではあるまいな。」
 「えぇ勿論。だから適当にそれっぽい服を見繕ってくださいって言ってるんですよ。」
 「いかんいかん! お前のような息子を連れて行ったら、わしが恥をかく。そうでなくとも、わしは普段からお前のせいで恥のかきっぱなしだ!」
 「そんなこと言ったって、僕はあなたの息子なんだから仕方ないでしょう。僕だって選べれば別の両親を選びましたが、それは出来なかったんだし、あなただって生まれてくる息子は選べなかったでしょう。だからお相子ですよ。」
 「またお前はそういう理屈をこねる! どうして、そう…」
 「とにかく、何と言われても僕は行きますよ、今回だけはね。もし何も仕度をしてくれないのなら、僕はこの格好のままでコッソリついていきますが―――?」
 ビーテロルフは、ぐっと押し黙ってしまった。何だかんだいいつつ、息子が、これと決めたら最後までやり遂げる性格だということを知っていたのだ。
 灰やらジャガイモの匂いやらに塗れた小汚い格好でついて来られてはかなわない。父は、額に手を当てたまま執事を呼びつけ、しかるべき小道具を整えるよう申し付けた。

 かくして、ディートライプのために恥ずかしくない衣装が整えられ、彼は堂々とした貴族の息子として装った。その姿は、普段見慣れただらしのないものと丸きり別人のようで、両親さえも驚くほどだった。
 裏口からのぞいた使用人たちはぽかんとし、遊び仲間の料理見習いたちは口々に彼を誉めそやした。馬に乗ったこともないはずなのに、乗馬姿も威風堂々として見えた。
 しかし、彼はひとり、こんなことを呟いていた。
 「あー…やっぱこの服、肩こるわ。とっとと終わらせて帰ろ。」
どんなに立派に装っても、基本的に、彼はお気楽な性格なのだった。

 さて、いざ宴に出てみると、そこでも彼は素晴らしかった。全く申し分なく優雅に振舞い、そつなく妹をエスコートして、多くの人々と知り合いになっていった。これが初めてのパーティー出席だとは思えないほどに。
 「でも驚きですわー、勇士ビーテロルフ様にこんな立派なお子さんがいらしたなんてー。今までどうしてお越しにならなかったんですの?」
 「いやあ、私は人の多いのが少し苦手でしてね。それに、最近は少し胸を患っていたのですよ」(嘘八百)
 「まあ、それはお気の毒に! でも、今は随分とお元気そうで」
 「それはもう。両親ともに良くしてくれましたから。」(さらに大嘘)
 「……。」
父はかなり複雑な気分で、貴婦人たちに取り囲まれた息子の、こんなやり取りを聞いていた。

 しかも、その後のことがさらに大変だった。
 、ビーテロルフは、宴に来ていた別の貴族に誘われて、そちらにも出席しなければならなくなったのだ。しかも、「息子さんも一緒に、ぜひどうぞ」などと。
 断っても良かったのだが、理由が思いつかない。ディートライプも、軽いノリで「あぁ、いいですよ」などと答えてしまっていた。
 これ以上、息子を人目にさらしてボロを出されては敵わない―――と、内心、戦々恐々としていたビーテロルフだったが、ディートラップは相変わらず、我関せず。
 「心配いりませんよ、父上。余計なことは喋りませんから。てきとーにサクサクと終わらせて帰りましょう。」
 「……。」
その軽さが心配なのだった。
 と、いうわけで、キューンヒルトと母は先に館へ帰り、ディートライプと父だけが、馬に乗って招待してくれた貴族の館へ向かうことになった。護衛はすべて女性たちのほうにつけてあるので、彼らはたった二人だけだ。しかも、パーティー帰りで煌びやかな格好をしている。
 道の途中には、あのファルスターの森があった。迂回しても良かったはずなのだが、ビーテロルフとしては、盗賊ごとき恐れるのは癪に障ったのかもしれないし、先を急ぎたかったのかもしれない。とにかく、彼らは、いかにも「狙ってください!」と言わんばかりの格好をして、盗賊たちの住まう森に入り込んだというわけだ。
 もちろん、森に入る街道を見張っていた盗賊イングラムの手下たちは、これを見てニンマリと笑った。
 「おいおい、いいカモがやって来るぜ。こいつぁ、親分に知らせねぇとなぁ。」
鬱蒼と生い茂る木々の奥から流れ出す、不吉な予感。

 彼らが森を通り過ぎようとしていたこのとき…盗賊団の仲間に入っていたハイメは…?


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