第13章 ファルスターの盗賊団



 巨人退治から少し経った、ある日のことだった。
 「…で?」
呆れた顔のライナルトの目の前には、派手に荒らされた中庭と、いつもどおり無表情のヴィテゲが立っている。聞くまでもなく、いつものことだった。
 「今度は何をやらかしたんだ、お前らは。」
 「……。」
 「まあまあ、ライナルト。そう苛立った声で聞くものではない。心落ち着けねば、何事も旨くはいかんものだ。」
 「そうは言いますが! ヒルデブラント殿。またですよ。3日前も食事中に騒ぎ出して食器を壊したでしょう、この二人は!」
二人、というのは他でもない。ヴィテゲとハイメのことだ。
 どうして、こうも何かにつけて喧嘩になってしまうのか。それは、ヴィテゲが余計な一言をいいやすく、ハイメがすぐに頭に来る性格だからだ。
 しょっちゅう暴れ出す二人のせいで、いい加減ライナルトは頭に来ていた。
 「宮殿は子供の遊び場ではないんだぞ! 全く…なんだって、こんな奴らが…。」
ブツブツ言いながら、彼は年長のヒルデブラントに主導権を譲った。
 「それで? 一体、何があったのだ。」
ヴィテゲが語ったところは、以下のようなことだ。

 巨人の剣エッケザックスを手に入れたディートリッヒは、以前つかっていた小人の宝、ナーゲルリングを、いつかの馬のお返しにとハイメに贈った。ハイメはそれをいたく気に入っていて、今回も、太陽に翳して嬉しそうに眺めていたらしい。
 「すげーなー、オレの前に持ってた奴とはえらい違いだな! 綿でも切れるかな」
と、そこへヴィテゲが通りかかった。
 「…折角の名剣でも、使い手の腕が伴わないのではな…。」
などと、ぼそりと一言言ったことから、いつものごとくハイメが食って掛かり争いが始まった…。
 「どーいう意味だよそれは」
 「お前は剣など振り回しているより、森に隠れて弓でも射るほうが似合っている…。無理はするな」
 「何だと〜?!」
言い合い勝負ではヴィテゲに歩がある。何しろ、ハイメに相手を言いくるめるような弁論術は、無いのだから。
 ハイメは頭に気やすい単純な性格だから、気の利いたセリフで言い返すことなど、できるはずもない。かと言って、あからさまな挑発を笑って流すほど、大人でもない。
 対して、ヴィテゲのほうも、一本気でまっすぐ突っ込む性格である。
 双方が引かないのだから、喧嘩が終わるはずもない。
 …と、いうわけで、何時の間にか双方、武器を抜いて斬りあいになってしまったのであった。もちろん、巻き添えを食った周辺の庭木は台無し。

 「俺は嘘を言ったつもりはないが、子供じみたことをしてしまったのは確かだ。すまない、謝る。」
 「……。」
 「………。」
ヴィテゲは、やけに冷静だった。ヒルデブラントもライナルトも、何と言っていいのやら分からない。
 「いや、確かにハイメは一騎打ちより野戦向きだが…。お前…それは、ハイメも怒るのは当然だと思うぞ。」
 「そうなのか?」
 「そうなんだよ。いい加減、社交術でも覚えたらどうだ? 黙って立っていればそれなりに見えるのに、口を開くとすぐ相手を怒らせる。」
 「…。善処する」
それだけ言うと、ヴィテゲはくるりと背を向けてしまった。
 ヒルデブラントは溜息をつき、額に手をやった。
 これで、いちおう反省はしているのだから、いつまでもネチネチ怒っても仕方がない。何より、こういった「性格」は、叱ったくらいで変わるものではない。
 「ったく、アイツめ。なまじ王族の血なんぞ引いていると、ワガママで仕方がない。」
 「そう言うな、ライナルトよ。以前よりは協調性を覚えて来たほうなのだからな。…で。当のハイメは何処へ行った。」
ライナルトは、肩をすくめつつ答える。
 「厩が蹴破られて、リスペがいなくなっていましたが?」
 「…あぁ。また出奔したのか…。」
 「追いかけましょうか。」
 「構わん。追えば逃げる、あれはそういう男だ。気が向いたら、また戻って来るだろう。」

 『まったく、あのヴィテゲいう男は、押しても引いても手ごたえの無い、吊るした布のような不思議な男だ。時々、そこにいることすら希薄になる。彼の中に流れる妖精族の血がそうさせるのか?
 ハイメのほうは、頭に血が上ったら岩にもぶつかる暴れ馬だ。これでもかというほど、存在感を押し出してくる。これほど対照的な二人が共にこの場にいることこそ、奇跡なのかもしれない。』―――ヒルデブラントの日記より

 このとき、ディートリッヒの元には、戦力としては申し分ない、いずれ劣らぬ勇士たちが集まっていた。だがしかし、何とも個性が強すぎた。彼らのまとめ役のヒルデブラントは、大層苦労していたという話だ。
 若様育成日記のはずが、これじゃ「ヒルデブラント苦労日記」だな(笑)。
 ディートリッヒもまだ若く、頭に血が上りやすい。思えば、これだけの人々が一つに集まっていたのも、彼、ヒルデブラントの存在があったからこそ、なのかもしれない。


 「何だ、またケンカしていなくなったのか、ハイメは。」
報せを受けたディートリッヒは、なにやら随分と愉快そうな口調だ言った。
 「まったく、反省のない連中です。しようの無い…。」
ライナルトが、渋い顔をして言う。いかにも、あんな連中はさっさとクビにしてしまえ、と言いたげな顔だ。そもそも彼は、巨人との戦いのあとディートリッヒが傷だらけで戻って来たのをヴィテゲやハイメのせいだと思っている。一人で出て行くのを止めなかったのはヴィテゲの責任だし、追いついていながら助太刀しなかったのはハイメの不手際のせいだと思い込んでいるのだ。
 「全くだな。まあ、しかしそれも考えようによる。確か、この間いなくなった時は、国境の野党を退治して戻って来ただろう。」
 「その前は民家の納屋でボヤ騒ぎを起こしましたよ。」
と、ライナルトは言い返す。
 「畑を荒らす大イノシシを仕留めたこともあったな。」
 「そのあとで、すいか畑のつまみ食いをして掴まりました。」
 「……。」
 「……。」
ハイメが人のためになることをするのも、人の迷惑になることをするのも、二分の一の確率であるらしい。
 「今回は、どっちだと思う。賭けてみないか?」
 「ディートリッヒ様! そんな、遊びのように言わないで下さい!」
 「ははは。まあ、いいさ。スイカでもイノシシでも。次はクマかな? ジャガイモかな?」
 「ディートリッヒ様!!」
――――その、どれでもなかった。
 今回は人なのだ。
 その頃ハイメは、腹立ち紛れに、馬をひたすら北へ北へと走らせていた―――。


 ザクセン人の国を越えた、はるか北、スカンディナヴィア半島との間に広がる内海のほとり。
 デンマークの入り口にあるファルスターの森には、その頃、タチの悪い盗賊たちが住み着いていた。親分は、イングラムという青年。そのもとに、いずれ劣らぬ荒くれどもが12人集まって、街道を治める公爵の軍と対等に渡り合っていた。
 地形の複雑な深い森ゆえに狩り出すことは出来ず、山がちな地形のため重装備では立ち入れない。木立を隠れ蓑としてどこからともなく襲い掛かる盗賊たちに、ザクセンの公爵も、どう対処していいのか、計りかねていた。
 そんなとき、街道を通りかかったのがハイメである。
 もちろん彼は、盗賊が出るとか、危険だとか、そんなことを気にしてはいなかった。と、いうよりも、人の話を聞いていなかったので、知らなかっただけかもしれない。

 暗いファルスターの森に差し掛かったとき、彼は、何か嫌な気配がいつのまにか周りを取り囲んでいることに気がついていた。
 馬を止め、ハイメは腰の剣に手を伸ばす。
 「…誰だ。隠れていないで、出て来い」
ざわざわと木々が揺れた。木立の間に、きらりと何かが光る。ヒョウ、と風を切って飛んで来る、鈍く光る矢。
 「チ! 盗賊かよ。ふざけやがって」
剣で矢を弾き返し、ハイメは思い切り手綱を引いた。馬の足元に、幾本もの矢が突き刺さる。
 「野郎…」
 「うおおっ」
茂みの中から、斧を振りかざした男が飛び掛って来る。しかし、ハイメはその攻撃を馬上からひらりと避けた。そして、返す刀で男の背に強烈な一撃を浴びせる。男は声も上げず地面にばったりと倒れ、そのまま絶命した。
 「さあ、次は誰だ! オレは今、機嫌が悪いんだ。かかってくるんなら容赦はしねーぞ!」
 「……。」
森は、静まり返っていた。相手が、自分たちの敵う相手かどうか、確かめているようだった。
 やがて、暗い木立ちの奥から、一人の男が姿を現し、ハイメの前に立った。
 「誰だよ、お前は。」
 「イングラム。ここの盗賊たちのカシラだ。」
少し驚いた様子で、イングラムは言った。「…俺のことを知らないのか?」
 「知るか、そんなモン。」
と、ハイメは、剣を構えたまま乱暴に答えた。
 「政府の連中に雇われたのか、腕試しに来たのではないのか。」
 「はあ? 何でそんな面倒くさいことしなきゃならねーんだよ。オレはただ、この森を通ろうとしてただけだ。それを邪魔すっから斬った。それだけだ。」
 「森を抜けて、どこへ行く。」
 「別にどこも。気が向いた方向へ行くだけさ。」
 「……。」
呆れているのか、感心しているのか、イングラムはしばし、ましまじとハイメを眺めていた。
 「なんだよ。」
 「気に入った。その豪胆さ、腕っぷし、ただものじなゃない。どうだ。あんた、俺たちの仲間にならないか?」
 「仲間ぁ?」
 「そうだ。俺たちは13人いないと座りが悪い。魔の数字で天の主に弓引くことが、俺たちの楽しみでな。1人はあんたが今、殺しちまった。だから、あんたがその代わりになれ。もちろん、十分な分け前があんたのものになるぜ。」

 …このときハイメが何を考えて盗賊団の仲間入りをしたのかは、分からない。面白そうだったからか、単に暇だったからか。それとも、ほとぼりが冷めるまで連中と一緒にいて、飽きたらベルンへ帰ろうと思っていたのかもしれない。
 何にせよ、ハイメのことだ。深く考えてなんかいなかったのには違いない。

 だが、この盗賊団との出会いは、彼にとって、その後の人生を左右するほどの大きな出来事となった。それまで何事にも捕らわれず、善悪を決めず思うままに生きて来た青年にとって、何が自分にとって大切なのかを気付く大きな転機となる。


 その頃、ファルスターの森近く、デンマークの国では、ビーテロルフという戦士が名をはせていた。


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