第11章 魔の山の巨人たち



 さてさて、ここで一つ言い訳をしなくてはならない。
 シドレクス・サガの中では、本来ここに、ブルグントの勇士たちは出て来ないはずだった。しかし、のちのち交わる二つの物語では、彼等はディートリッヒと知り合いだったことになっているんだ。
 フォルカー・フォン・アルツァイとその親友は、一時期旅をしていたことになっているからいいとして、ディートリッヒが国を離れて旅に出るのはこの一回きりだ。しかも、ここでは彼は北に向かったことになっている。フォルカーたちが向かったのも北で、ディートリッヒも北なら、どこか途中で知り合っても不思議はない。
 なにしろ似たもん同士は出会いやすいものだ。強いものは引かれ合う、ってね。というわけで、この巨人たちとの戦いには、彼ら二人にも登場してもらうことにした。例によってニベルンク・リエトの人々は年を取ったり取らなかったりと時間の流れが不安定なので(笑)、この時の年齢は…そうだな、ディートリッヒよりは10歳くらい年上だろうかな。

 と、いうわけで、話を戻すぞ。ひと時の休息を取るべく森の片隅へと移動した3人。まずは、自己紹介をすることになった。

 「私の名はフォルカー。見てのとおり、旅の詩人などやっています。こちらは私の友人で、ハーゲン。」
最初に口を開いた温和そうな笑顔の男が名乗ると、ディートリッヒは少し怪訝そうな顔をした。
 「ハーゲン? …まさか、トロイアのハーゲンか?」
 「おや、ご存知でしたか。随分有名なんですね、ハーゲン」
 「茶化すな…。」
ハーゲンと呼ばれた男は、少し不機嫌そうに低く呟いた。トロイアはディートリッヒの国から北西のブルグントの国にある町で、距離は随分隔たっていたが、この勇士の名前と伝説は、遠く離れた場所まで聞こえていたのだ。
 「驚いたな、本物なのか? と、いうことは、この辺りはブルグント族の領内なのか。いつのまにか遠くまで来てしまったらしい。」
 「おやおや、目的地もなしに旅をなさっておいでだったとは。武者修行の途中でしたか? さても、ここはもう、ザクセン人の国に近い領域ですよ。我々も、国に帰る途中なのです。」
と、フォルカー…こちらはディートリッヒの全く知らない男だった…が、にこやかに言う。勇士と吟遊詩人の二人連れとは、随分珍しい気もしたが、何か訳があるのかもしれないとディートリッヒは思った。一介の楽師にしては、随分と落ち着いて、丁寧な物腰だったからだ。
 山の夜は深まり、鎧を冷やすほどの冷気が辺りに漂っていた。どこかで狼の遠吠えが聞こえる。
 「ところで王よ、もしかすると、これから巨人どもの城に乗り込まれるおつもりでしょうか?」
と、フォルカーはディートリッヒに呼びかけた。
 ブルグント族の国では、王の血に連なる男子は成人すると国の一部を自分の領地として受け取ることが出来る。つまり、王家に生まれた者は、何人いても王になれるのだ。現にこの時代のブルグントには、3人の王がいた。…いや、末弟のギーゼルヘルがまだ成人していないから2人か。死亡率の高かった時代ならではの習慣だ。
 王族が増えすぎたら、領地がどんどん分割されてって、しまいに無くなってしまう。もっとも、領土分割には、相続争いを避けるためという理由もあっただろうが。
 ディートリッヒは、少し迷いながらこう答えた。
 「それは勿論だ。巨人はもう一人いる。あのエッケの兄、ファゾルドを倒さなければ、町の者の災いは終わらないだろう。」
 「しかし、巨人たちの城は高く険しく、その門を潜ることが出来なければ戦いを挑むことは出来ません。かつてトールの神も、巨人族ウトガルドザロキの城へ力で押し入ることは出来なかったと聞き及びます。」
 「では、どうしろと?」
 「私に考えがあります。少々大きいかもしれませんが、エッケの着ている鎧をお使いください。あれを纏ってゆけば、巨人どもにもあなたか主かは分かりますまい。」
フォルカーは、歌うようにそう言った。エッケの鎧、それは顔もほとんど覆い隠す、全身鎧。確かに少々大きかったが、力の強いディートリッヒなら、それを着て動けないことは無いだろう。
 彼が逡巡しているのを見て、ハーゲンが呟いた。
 「城に乗り込めば、無事戻って来られる保証はない。行くも行かぬも勝手。退きどきを知り、確実な勝利を得るのも一つの生き方だ。」
 「…いや。行こう。」
と、若き勇士は答えた。意地ではない。ハーゲンの言葉に、自分にはない、多くの戦を潜り抜けて来た者の重みを感じたからだった。
 彼は気が付いたのだった。
 自分は、勝利が欲しいのではない。単なる勝利を積み重ねたところで本物の勇士にはなれはしない。剣を手にする者たちはみな、己の誇りをかけて戦う。命をかけて掴み取る誇り高き勝利だからこそ、意味があるのだと。
 この山に来るまで、自分は誇りを失っていた。
 今まで勝利だけを求めていたからこそ、ただ一度の敗北で自信を失い、死を恐れ、愚かしくも目の前の現実から逃げようとしていたのだと。
 「よい目をなさいます。それならばきっと、勝利はあなたのもとにあるでしょう。」
微笑んで、フォルカーは腰を浮かせた。
 さっきまで遠くで聞こえていた狼の咆哮が、すぐ傍まで近づいている。
 「どこへ?」
 「この山には、巨人たちの悪しき餌に食らいつく、タチの悪い狼どもが巣食っている。そいつらの掃除もしておかねばな」
ハーゲンも、剣を手に立ち上がった。
 「露払いは我々にお任せ下さい。あなたは、心置きなく巨人たちのもとへ。」
 「しかし…。」
ディートリッヒは、怯えた様子もなく闇の中へ歩き出すフォルカーが気になった。いかな名の知れたトロイアのハーゲンとはいえ、戦えない楽師を連れていては、狼の群れを相手に存分に戦えないのではないかと。
 そんな彼の心配を察したのか、ハーゲンが言った。
 「案ずるは不要だ。あれの弾く妙なる弦は、美しい調べとともに赤い風を吹かせるだろう。たかだか狼などに傷つけられる者ではない。」
 「…では、なぜ私に協力を? あなた方とて、手柄は欲しいはずではないのか?」
 「必要ない。あいつは、貴殿の働きで新しい歌を作ることを期待している。貴殿と出会わなければ、俺が巨人に挑まされ、いい題材にされていただろう。ここにいるのは、そういう理由だ。誰が手柄をたててもいい。あいつにとっては、時を越えて受け継がれる、朽ちない武勇伝がすべてなのだ。」
それだけ残して、ハーゲンは、さきほどフォルカーの消えた木々の間の暗闇へと歩き出す。
 風変わりな二人組みだと思った。 
 しかし、それは、見た目に惑わされているだけかもしれない。そう思い直したディートリッヒは、フォルカーの言ったとうり、鎧を身に纏い、ファルケに飛び乗って、岩山の頂上を目指した。
 暗い夜空に星が巡り、ファルケの吐く息が白く曇る。行く手に、尖った岩々に抱かれるようにして立つ、灰色の城が見えてきた。
 塔の上から見ていた巨人族の娘たちは、遠くから見て、それをエッケだと思い込んだ。巨人族の女王、娘たちの母親でエッケの妻であった女巨人も、エッケが戻って来た、門を開けろと大声で呼ばわる。門は開き、吸い込まれるように、ファルケはその門の奥へと駆け込んだ。
 だが、駆け寄ってきたのは女ばかり、そこにいるはずだと思っていたファゾルドの姿は無い。しかも悪いことに、近づいて来た女王の巨人が、鎧が不自然に歪んでいることに気が付いてしまった。
 「お前、どうしたんだい、その歪みは。まるで中身が縮んじまったみたいじゃないかい。首尾よくディートリッヒを仕留めたなら、どうして嬉しそうに勇み足で戻って来なかったんだい?」
その声はひどいしわがれ声で、城全体を震わすような雑音だった。ディートリッヒは馬を下りぬまま、兜の下から巨人たちを睨みつける。
 ここまで来たら、もう、ただでは戻れないのだ。
 「お前たちの待ち望む巨人エッケは、このディートリッヒは打ち倒してくれた。女どもよ、今ひとりの巨人、ファゾルドは何処にいる。命が惜しくて此処へでられないのか?」
これを聞いて娘たちは真っ青になり、口々にディートリッヒをののしり始めた。巨人たちの罵詈雑言は、口にしただけで酷い悪臭を放ち、城のまわりの木々を腐らせるほど。耳を塞ぎながらディートリッヒは、それで城のまわりが荒れ果てた岩山なのだということを知った。
 女巨人は、怒りのあまり真っ赤になって、娘たちの数倍も激しい悪言を吐き散らす。そのせいで城は大きく傾いで、岩がバラバラと降って来た。
 慌ててディートリッヒは馬を巡らせた。こんなところで、岩の下敷きになって命を落としてはたまらない。
 「逃がすものか。あの小僧をひっとらえて、エッケと同じ目に合わせておしまい!」
あちこちから、巨人たちの咆哮が響き渡った。女王の命に従う兵士たちが、武器を手にばらばらと駆け出して来る。
 さしものディートリッヒも、それだけの人数を相手にすることは出来ない。急いで城を飛び出し、森に隠れた。ファゾルドは、ここにはいないのだ。だとすると、どこかへ出かけているのか。ふと嫌な予感が過ぎったが、彼は、そのまま馬を走らせることにした。

 迫り来る巨人どもの追っ手と、どこかに潜む巨人ファゾルド。さらなる強敵を前にして、果たしてディートリッヒは魔の山から生還できるのか。聞き逃せない続きもお楽しみに!


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