序章 ヒルデブラント、若様と出会う



 ヒルデブラントは、、ヴェネチアのレギンバルト公爵家の嫡子だった。
 公爵は取り合えず長生きで、息子のヒルデブラントが30歳になった時も、まだピンピンして現役だった。ヒルデブラントが長男だったか次男だったかは知らないが、とにかく、ここの家系は、やたらと血の気が多く長生きの家系だったのだ。

 親が土地持ちの公爵やってんだから、そのまんま家を継げばいいんだが、父は息子にもっと大きな夢を追いかけてほしかったようだ。
 「息子よ、どうだ。こんな田舎で一生を過ごすより、どなたか名のある王にお仕えしてみては。」
ヴェネチアのどこが田舎なのかオレにはさっぱり分からないが、とにかく父としては、物腰優雅で頭も腕もキレる息子に、もっと功を立てるよう勧めたかったんだろうな。
 ヒルデブラントは、答えてこう言った。
 「では、私はベルンに行こうと思います。ベルンにはディートマルという王がおられます。そのお方なら、お仕えて遜色なきお方と存じるのですが。」
 「ふむ…。ディートマルどのは素晴らしい王だ。きっとお前も満足できるであろう。」
こうして、ヒルデブラントは僅かな従者とともにベルンへと向かったのだった。

 当時もっとも有力な王のひとりだったディートマルが治める都市・ベルン。大都会にもかかわらず、ベルンは随分質素な町で、優雅なヴェネチアの都会とは打って変わって、のどかで素朴な町だったと聞く。都会に来たはずが自分とこの町より田舎だったんで、従者はちょっくらビックリしたそうだぞ。

 しかし王宮はさすがなものだった。質素に見せかけてどっしりと、豪奢というよりは豪胆な造りだった。古い歴史の染み込んだ、どっしりとした門柱に迎えられて、さすがのヒルデブラントもほうと息を漏らしたそうだ。
 さっそく王に謁見したヒルデブラントは、すぐさま王に気に入られ、無事召抱えられることと相成った。しかし、王は、彼を通常の家臣として召抱えるのではなく、次期王(つまり息子)の直属の従者にしたいと言う。
 「ちょうど息子の養育係となる立派な人物を探しておったところでな。そなたなら適役だろう。ひとつ、わしの息子を教育してやってくれんかな。」
 「はあ…。」
しかし、この当時ヒルデブラントには、まだ子供がいなかった。子供の扱い方など分からないし、ずいぶん重要な役割だ。
 さりとて断るわけにもいかず、思案した挙句、彼はとりあえず引き受けてみることにした。

 のちに、歴史上に名を残すことになる偉大なる王ディートリッヒ、この時、わずか5歳。
 男の子にしては色白な、線の細い顔立ちと真っ直ぐな視線の王子にはじめてであったとき、ヒルデブラントは、何か今までにない衝撃を受けたという。
 この子はきっと将来大物<ビッグ>になる、そんな予感が彼の中を過ぎったのだろう。大物どうしだからこそ感じられる、まさにファースト・インプレッション。
 
 ヒルデブラントは、この出会いを神に感謝しながら心の中で力強く宣言した。

 「私が、この子を必ずや立派な王にしてみせる」と。

 こうして始まる、ヒルデブラントの若様育成・10年計画。雲はまだ、その流れ行くべき運命を知らない。



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