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―プロローグ 最果ての地


 特殊な地形によって、遠い昔から他所と隔絶されたまま時を刻んだ陸の孤島――

 世界の始まりにして終わりの場所、世界樹と呼ばれた古代の大木の切り株が朽ちることなく佇む場所。神々がそこで生まれたとか、雲を突き抜ける頂きの上に壮麗な宮殿が建っていたとか、災いが起きて一夜にして崩れ落ちたとか、その場所に関する言い伝えは世界中に数多く残っていて、どれが正しいとか何が嘘だとかは、今もって議論の真っ最中。
 ただ一つ確かなことは、言い伝えにある世界を覆う大樹が、その昔、確かにそこに生えていたということだ。
 大樹の遺骸は、人里離れた寒風吹く岬へ来れば、誰でも簡単に見ることが出来る。遥か遠くからでも一目瞭然、化石化して、ほとんど山のように見えるその威容は、いつもは半分霧に包まれ、海に巨大な影を落としている。
 ただしご注意を、遠くから眺めることは簡単でも、樹の根元に近づくことは容易ではない。
 海は尖がった岩が波間に見え隠れしてとても近づけたものではないし、氷河に削られた崖は切り立って登りようもない。冬の間たちこめる濃い霧は鳥すら近づくことを嫌がり、陸から行くには、寂寥とした草原と、鬱蒼たる森を越えなくてはならない。定期便も、乗り合い馬車も出ていない。駅もなければ、道しるべもない。
 途中に断崖絶壁はあるし、深い森には狼が棲むし、幽霊話のある廃墟にや古い墓場、古戦場に方位磁石の効かない窪地、何かと良くない目印に事欠かない。
 おまけに、まだ誰も存在すら知らない貴重な高山資源や珍しい動植物の隠された未開の地。考古学者も管理できない古代の遺跡は散らかし放題、賞金首なら逃げ込めば誰も追ってこない。もちろん何かあってもおいそれと助けは来ないから、そこへ行くなら命の管理は自己責任で。

 ――これが、この北方王国連合の西海地区、「風の国」<ヴィンドランド>の北部に位置する、未開地帯の概要だった。

 北に高地地帯<ハイランド>、西に果ての海<エンドブルー>、南にはヒースの咲く寂しい溶岩原野が続くこの場所は、誰が最初に言い始めたのか、「神々の大地」<アスガルド>と呼ばれる。大昔ここに棲み、大樹とともに燃え尽きた、神々の城があったという、その言い伝えに由来して。
 そうそう、言い忘れていたが、この北部未開地帯には、定住者が一人だけいる。北方王国連合の住人名簿に登録され、地区の各種税金も納める、れっきとした「正規の住人」が。それが、大樹のふもとで観光宿を営む女将、イザベル・ゲーリング。

 それでは語り始めよう、イザベルの<黄金のチェス亭>にやって来る、一種奇特な珍客たちの物語を。


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