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―エピローグ 再びめぐり来る季節


 表で荒れ狂っていた吹雪の音が次第に弱まり、やがて音は消えた。
 何週間ぶりか分からない日差しが、重く垂れ込めた灰色の雲間から真っ白な雪原を照らし、辺りは目も開けていられないほどの眩しさに溢れた。
 凍りついたドアをこじ開け、イザベルは、長い棒切れをふるってつららを叩き落しにかかった。これが、<アスガルド>の冬の終わり。雪がやめば春になる。わずか一週間で雪は跡形も無く消えうせて、あとは遠慮がちに冷たい雨の降る、陰鬱な春が少しばかり。それから一足飛びに夏がやってくる。一年のめぐりは嵐のようで、あっという間に過ぎ去っていく。まるで冬篭りから目覚めた熊か狼のように、ここ、<黄金のチェス亭>に一冬の宿を求めていた人々も、そろそろ活動を始める頃。酒と娯楽で鈍った体を、外の空気に慣らさなくてはならない。
 いち早く旅立ちの準備をはじめたのは、ローグだった。冬の間、厩の中にとじこもっていて運動不足気味になった愛馬をひっぱりだして、まだ冷たい空気の中で軽く駆けさせた。つらら落としをしていたイザベルが、脚立の上から声をかける。
 「もう行くのかい?」
宿の前をぐるぐる走らせていたローグが、顔を上げる。
 「ああ、今年は雪解けが早いしな。賞金稼ぎどもがやって来る前に、夏の隠れ家でも探すさ」
 「あんたときたら。」
イザベルは、棒を振り回して怒鳴った。
 「賞金が大台にのっちまったんで、そろそろ怖くなって来たのかい」
 「ふん、怖くはないさ。賞金稼ぎが束になってかかってくるなら、それでもいい。俺の呪いを分けてやるよ」
笑って、宿の女主人は、自分の仕事に戻った。ホールの窓からルベットが顔を出し、雪の眩しさに目を細めながら遠くを眺めている。
 「おや」
雪原の向こうから、黒っぽいものが近づいてくるのが見えた。
 「なんだい、あれは」
振り返って、イザベルは言った。
 「今年最初の郵便だね。町のほうも雪が解けたらしい」
白い息を吐く馬に乗ってやってきたのは、フランシェーロの町の郵便局員だ。ここと町との間を何度も往復している屈強な男で、郵便局員というより、戦場を駆け抜ける伝令のような格好をしている。
 男はキビキビとした動作で郵便物の束をイザベルに手渡し、では、とだけ言い残してあっという間に駆け戻っていく。日の短い季節は、そうしなければあっというまに暗くなってしまうからだ。
 イザベルはホールに戻って、カウンターで新聞の束と宿の宿泊客あての手紙をより分けようとした。と、その中に、見覚えのある筆跡の封書が目に留まった。封筒の表には、こう書かれていた。


 <黄金のチェス亭> イザベル=ゲーリング様
 親愛なる植物学者様、黒い熊を連れた放浪者様へ


封の中の手紙を広げたイザベルは、内容を見るなり、笑い出だした。そして、大声で残りの二人を呼んだ。
 「ルベット! ローグ! あんたたちに、手紙だよ」
 「手紙?」
 「俺に? 果たし状か?」
 「違うよ。ご覧」
カウンターの上に顔をつき合わせて、彼らは文章を読んだ。


拝啓  みなさま

お元気ですか?
私は、いま家にいて、祖父の書斎でこれを書いています。
<黄金のチェス亭>の日々を思い出すと、懐かしくてたまりません。
何故だか分からないけど、もう一つの自分の故郷のように思っています。

冬の間に、ルベットさんの書いた本を読みました。次に行ったとき、きっともう少しお役に立てると思います。
それから、いまこの手紙を出せば、ローグさんもまだ宿にいることは分かってます。
今年の夏は大変な目に遭うかも! と言ったら、喜ぶでしょうか? 懐かしい人に会えるかもしれません。
でも、いつもどおり、はっきりしたことは分からないのです。

夏には、また、そちらへ行きます。みなさまに会える日を心待ちにしています。

敬具

ユーフェミア=ブランフォード


 彼らがどんな反応をしたかは、皆様のご想像にお任せしよう。
 かくて、その夏、予告どおりにユーフェミアはやって来て、<黄金のチェス亭>に留まり、<アスガルド>の住民たちと共に、もうひと夏を暮らすことになる。予言されたその夏の出来事がどうだったのか、それはまた、いつか語られる物語。



―第一部 完


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