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<フェンリスの小さな冒険>


 久しぶりの我が家だった。森の香り、土の感触。裏口にほったらかしのバケツに至るまで良く知った世界。まるで、昨日までの冒険がウソのようだ。
 「おーい、ガルム。ブラシかけるから、おいで」
フェンリスの呼び声に、犬はどこからともなく、気だるそうにのっそりと現れた。フェンリスは、裏返したバケツに腰掛け、ガルムの毛をすいてやる。
 裏庭のあたりは、木々もまばらで、明るい日差しが草を生い茂らせていた。その中に、綿毛のようにブラッシングされた毛がふわふわと舞い飛んでいる。
 狼たち、スコーネルとスコーティは物珍しそうに、その光景を眺めていた。
 「二人も、やる?」
フェンリスが笑いかけると、狼たちは顔を見合わせた。ガルムはひとつあくびをし、気持ち良さそうに前足に頭をのせる。並べて見ると、ガルムは狼たちより二周りも体が大きく、体もがっしりしている。そのせいか、<アスガルド>で暮らしていた狼たちですら、この老犬には一目おいているようだった。実を言うと、ガルムがどういう種類の犬で、いつからこの館で飼われているのか、フェンリスはよく知らなかった。祖父の代から飼われていたことは確かなのだが。

 「はい、ブラッシング終り!」

フェンリスがブラシをはたいて立ち上がると、ガルムはのっそりと起き上がり、元のように木陰に戻っていった。天気はいい。そういえば、とフェンリスは突然思い出した。<アスガルド>へ旅に出てから、学校へ一度も行っていない。
 卒業まであと少しだった。今年は冬が長くて、雪の間は学校に通えなかった。同級の仲間たちとは、もう何ヶ月も顔をあわせていなかった。
 「スコーネル、スコーティ、僕ちょっと村へ行って来るね。」
ニ頭の狼たちは、何も言わずにフェンリスの後ろについてきた。これが町での光景なら、一歩外に出た途端、警官を呼ばれるはめになるが、ここはのんびりとした片田舎だ。まだ、そこらの野原に野生の狼もいる。
 森を出て、村はすぐそこにあったが、鬱蒼とした木々に阻まれた館と村の間には、世界の壁ほどの隔たりがあった。光も、空気も、風も、何もかもが違う。周囲の中にあって、クレイントンの森だけは小さな異界となっていた。
 思っていたより気温は高かった。フェンリスは上着を脱ぎ、腰の辺りに撒き付けて歩いた。後ろを一定の距離を保って狼たちがついてくる。まるで、犬を散歩させているかのように見える。村の入り口には小さな池があって、地下から汲み上げた水が絶えずちょろちょろと流れ込んでいる。その向こうには風車小屋と果樹園。マリアーナと家族が暮らす、二階建ての家も見える。
 顔見知りの村人が、荷車を馬に引かせて通り過ぎていく。挨拶してくる人もいる。住民のほとんどが、フェンリスと同じ燃えるような赤毛をして、どこか雰囲気も似ている。まだ発展途上のフェンリスが持っていないのは、すらりとした手足と長身くらいだ。
 ここは小さな村で、みなが親戚同士といっても差し支えなかった。数年前、マリアーナとともに館に連れられて来たその時から、村の人々は、両親を亡くした三姉弟に親身に接してくれた。だから、両親がいなくなった寂しさは、あまり感じたことはない。


 暦の記憶が正しければ、今日は平日のはずだった。学校では授業が行われている。学校は、村の中心、教会のすぐ側にあった。学校といっても小学校から中学校まで同じ校舎で学んでいる、ごく小さな学び舎だったが。
 通いなれた小道を歩いていると、軒先で籠を編んでいた老人がフェンリスを呼び止めた。
 「おやあ、お館の。」
めがねを額にやり、節くれだった手で手招きする。
 「やっぱりフェンリスじゃないか。久しぶりだなあ、背が伸びたかい」
 「こんにちは、ロッソおじさん。」
長いひげに、後ろでひと括りにした髪は、雪のように真っ白だ。だが皺に埋もれた灰色の目は、まだ若い頃の鋭さを残している。
 「ここのところ見かけなかったが、どうしていたんだい。お館に役人が来て理不尽言いおって、大騒ぎになっとったぞ」
 「うん、知ってる。それで姉さんから大事な用事を言いつかって、お使いに行ってたんだ。」
 「おお、そうかそうか。お館様のご用か。そりゃあ、偉かったのう」
この老人は、ユーフェミアが館に来たその日から、ずっと彼女のことを「お館様」と呼ぶのだった。最初は違和感があったが、今ならしっくりくる。そして理解も出来た。
 「学校を卒業しても、お館様を手助けしてさしあげるんじゃぞ」
 「うん、わかってる。」
老人は、めがねを額から戻し、その動作の続きのまま、足元においてあった小さなラジオのスイッチを入れる。古びたラジオは、雑音とともに声を発し始めた。

 『…地方。繰り返します、臨時ニュースを申し上げます。本日先ほど、政府災害対策特別室より緊急警報が発令されました。次の地域の方は、軍の指示に従って速やかに避難して下さい。― <アスガルド>地方 フランシェーロ、ロードクレイル、アースティルス、高地<ハイランド>地方全域、中央<ミッドガルド>地方 ブレイザブリク、キンブリ、セスルームニル…』

はっとして、フェンリスは声に耳を傾けた。<アスガルド>周辺から<ミッドガルド>に至るまで、この国のほぼ1/3に当たる広大な地域だ。国の東部に位置する、この周辺までは及んでいないが、村の平和さとラジオから流れるアナウンサーの緊迫した声の差が、より一層の不安を掻き立てる。
 「うちの息子も、帰ってくるそうだ」
ロッソ老人が呟いた。「さっき電報が届いた。とにかく避難しろと言われとるらしくてな。噂じゃあ、軍が未開地域に兵を送り込んで何かしたとか。全く、今の首相はロクなことをせんわ」
 「ここは、大丈夫なのかな…。」
思わず呟いたフェンリスに、老人は思いがけない表情を見せた。
 「お館様は、何と言っておった?」
はっとした。不安げなフェンリスの顔を、ロッソ老人は不思議そうな目で眺めている。
 「…姉さんは、…何も。」
 「なら何も起こらんのだろう、ここには。危なくなるのなら、お館様は教えてくれる」
確信に満ちた言葉。
 当たり前じゃないか、と言って、ロッソ老人は手元の仕事に戻っていった。
 会話はそれきりだった。ラジオは尚も不吉なニュースを流し続けていたが、老人は気に留める様子もなかった。ユーフェミアが沈黙している限り、この地方には何も悪いことは起きないのだと核心しているからだ。
 取り残されたフェンリスは、老人に別れを告げて元の進路に戻った。
 思い返せば、そうだ。マリアーナも、村の人々も、ユーフェミアの力のことを感づいているというよりは、最初から「知って」いたのかもしれない。東の大陸にいた頃は、その力が気味悪がられ、ユーフェミアはいつも、うかつに未来を見てしまうことを恐れていた。この国に来てからも、彼女はずっと無意識のうちに、周囲がその力を恐れると思い込んで、誰にも話さなかったし、自分から未来を口にすることも無かった。
 だが、ここでは、その力は当たり前に存在するものだった。「当たり前」すぎて誰も―― 館の後継者とその弟たちに、その力について訊ねることも、話題に載せることもしなかったのだ。


 クレイントンの森を通過して村まで続く、小川の流れにかかる小さな橋を渡ると、学校はすぐそこだ。校庭からは賑やかな声が響いてくる。聞きなれた声もあった。フェンリスは、嬉しくなって駆け出した。
 「ニッキー! フラン! エリック!」
 「あ、フェンリスだ」
柵の向こうで手を振っている少年に気がついて、同じような赤毛の少年たちがわらわらと駆け寄ってくる。
 「なんだよお前、全然学校来なかったじゃないか。」
 「元気そうだな、病気とかじゃなかったのか」
 「うん、ちょっと姉さんの用事でお使いに行ってたんだ。またすぐ出かけるかもしれないけど。
 「お土産は?」
 「ないよ、そんなの」
 「なんだよ、気が効かないな」
少年たちの賑やかな声に気おされたかのように、狼たちは少し離れたところからやり取りを見つめている。そのうち、一人が狼たちの存在に気がついた。
 「おい、あれ。あの後ろにいるでっかいの何?」
 「あ、えーと。スコーネルとスコーティ。友達だよ」
 「新しい犬? 館の番犬にするのか?」
 「そういうわけじゃないけど」
 「触れる?」
狼たちは、眉をしかめて後ずさりした。
 「嫌がってるな」
 「うん、あんまり… 人には慣れてないから。でも賢いよ」
 「何、騒いでるんだ。お前ら」
少年たちの輪を押しのけるようにして、ひときわ背の高い金髪の少年が姿を見せた。つい最近、このあたりに引っ越してきたばかりの家族の一人で、フェンリスとは同級だったがほとんど話をしたことはなかった。力が強く、体も大きくて乱暴なので女の子たちからは嫌われている。クラスで一番背の低いフェンリスからすると、自分の倍以上もある体格の持ち主だった。
 「なんだよ、森のお坊ちゃんが新しい犬見せびらかしに来たのか。ふん、学校にも来ないで、いいご身分だな。」
 「違うよ、フロール。彼らは犬じゃないし、僕は学校サボってたわけじゃないよ」
 「ウソつくな。それが犬じゃないなら何だよ」
フロールは、柵を飛び越えてフェンリスの前に立った。フェンリスは、一歩あとずさったが、退こうとはしない。以前なら逃げていたかもしれないが、<アスガルド>での経験が、彼に以前とは違う強さを与えていた。
 その態度に苛立ったのか、フロールは突然手を上げた。
 「退けよ!」
体格の差は歴然としている。突き飛ばされて、フェンリスはしりもちをついた。少年は乱暴に狼の首に手を伸ばした。
 「首輪もついてないのかよ」
スコーネルが唸った。スコーティが牙を向いてフロールめがけて飛び掛る。
 「スコーティ、やめろ!」
フェンリスの声に、狼は攻撃をやめて後ろへ飛び退った。だが牙を剥き、相手をにらみつけて唸り声を立てることは止めない。
 「ほらみろ。ご主人様の言うことはちゃんと聞くんじゃないか。犬っころだろ」
 「犬じゃないって言ってるだろ。僕の友達を馬鹿にすると、許さないぞ」
 「許さないって、どうするんだよ」
フェンリスは、無意識のうちに腰に巻いた上着のポケットに手を伸ばしていた。体の芯が熱い。
 「おい、フェンリス!」
彼の手には、あの小ぶりな銀のナイフが握られていた。仲間の少年たちがざわめく。
 「刃物とは… いいねえ」
フロールは嬉しそうだ。「そういうのを待ってたんだよ!」言うなり、側に落ちていた木切れを拾い上げ、フェンリスめがけて襲い掛かる。
 「よせ、二人とも!」
 「誰か! 先生を呼んで来て!」
騒ぎに気づいた女子生徒の悲鳴も聞こえる。フェンリスは、周囲で何が起こっているのかをはっきりと認識していた。それでいながら、止められない自分にも気がついていた。
 狼のように唸り声を上げながら、彼は目の前の巨体に突進した。振り下ろされる木切れをかわして腹に体当たりし、よろけたところを首筋に食らいつく。
 大人たちも集まってきた。悲鳴を上げて地面に押し倒されたフロールは、急所にナイフを振り下ろそうとするフェンリスの腕を必死で掴んでいる。
 「や、やめろ! 本気かよ、殺すな! お、俺を…」
 「フェンリス、やりすぎだ!」
 「フェンリス! やめて!」
狼たちの声が入り混じる。はっとフェンリスは我に返った。目の前には、涙と汗でぐちゃぐちゃになり、恐怖に引きつったフロールの顔。手にはナイフ。そして… その手には… 
 狼のように、短い毛がびっしりて生えていた。
 「狼…」
ぽつりと、誰かが呟いた。
 「狼男だ! 人間じゃない!」
悲鳴。怒号。フロールは、茫然としているフェンリスの前から、無様によたよたと逃げていく。腕も、足も。フェンリスは悲鳴を上げた。
 「僕は… 化物じゃない!」
それから何を言ったのか、どう走ったのかはよくわからない。
 気がつくと彼は、繁みの中に倒れていた。体が重い。無茶苦茶に走ったせいで、頭をどこかにぶつけたようだ。ずきずきとする頭をふりながら体を起こすと、空が、やけに遠かった。
 (気がついたようですね)
振り返ると、スコーティとスコーネルが並んで座っていた。
 「僕は… どうなったの」
 (人間たちの前で変身しました。そのまま走って逃げてきたんですよ、その姿のままで)
フェンリスは、自分の姿を見下ろした。狼の姿だ。
 「…そっか。」
少年は、しょんぼりとして耳を垂れた。怒りと屈辱に我を忘れてフロールに襲い掛かったことも、本気で殺そうとしたことも、友達の前で変身してしまったことも、全てが、恐ろしいと同時にこの上なく恥ずかしかった。自分の中に、あれほど凶暴なものが眠っていたとは思いもよらなかった。
 「僕、もうあそこへは戻れないかな…。」
 (さあ、それは分かりませんが、過ちを犯したなら償いをすればいいことです。我々の群れでは、そうします)
 「学校と狼の群れは違うよ」
 (それは残念です)
フェンリスは、ため息をついた。そして気がついた。
 「…ここは」
教会の裏手の墓地。ヨルムが<ミッドガルド>へ旅立つ前に、三人で来た場所だ。
 (不思議な場所ですね。)
スコーティが言った。(古えの時代の魔力に満ちています。<アスガルド>の外に、まだこんな場所が残っていたとは)
 「ここは、僕らのご先祖様のお墓がある場所なんだ。お祖父さんのお墓もあるよ。」
墓は盛り土の周囲に並んでいた。フェンリスたちのいる場所は、丘の最も高い場所にあり、教会の裏庭と村を見下ろせる位置にあった。ここまで来たことは、多分、今まで無い。古い墓石は不思議な威圧感があって、一人で用も無く立ち入るには気の引ける場所だったからだ。
 (先祖代々の土地、というわけですね)
 「うん、…まあ。そうかな…」
 (それなら、あなたがここにいることは正当な権利ですよ私たちには、あなたがどんな罪を犯したのかは分かりませんが。)
スコーネルとスコーティは、フェンリスに一歩近づいて、座った。(…侮辱に対し牙で報復するのは、群れでは当然のことです。それが出来ない者は臆病者と嘲られます)
 「僕は、狼じゃない… スコルの一族じゃないよ」
 (なればよいのです。父も、あなたなら歓迎してくれるでしょう)
スコーネルとスコーティの口調は淡々として、どこまで本気なのか良く分からなかった。フェンリスは、何も答えずに風の音に耳を傾けていた。この姿の時、感覚は人間のそれよりも研ぎ澄まされる。匂いも、音も、気配も、…目に見える風景以外の全てが、よりはっきりと、手に取るように判る。

 「そうだ」

フェンリスは、振り返った。
 「せっかく、今は言葉が通じるんだ。… 前に少しだけ聞いた、君たちの昔のことをもっと教えてよ。悪い魔女に呪いをかけられて、狼の姿になった… って。その続きを」
 (いいですよ)
スコーネルが言った。(どこまでお話しましたっけ。そう、…我々が、かつては王家に仕える勇敢な戦士の一族だったことはお話しましたか?)
 「うん。族長のスコルは戦士団長だった、って聞いた」
 (その王家の最後の王が、ロードゥルなのです。我々が住む、あの遺跡は、かつての主の館です)
スコーティが続ける。
 (かつて<アスガルド>が王国の中心だった頃、王家は二つあったのです。しかし王家の間には争いごとが起き、我々一族は全員、卑劣な罠にかかり、姿を変えられてしまいました。そして…主は館の中で焼き殺されました。)
そこで狼は、目を伏せた。(恨みを抱いた魂は亡霊と化し、いつまでも留まり続けます。我らが主、ロードゥルは今も館を彷徨い、我らはそれを守護し続けている。長い長い間…。我々は、主を解放し、我ら自身も解き放たれたいのです。その方法を、長いこと捜し求めてきました)
 「でもロードゥルの館には、探し物が見つかる泉があるって聞いたよ。それでも判らないの」
 (はい。あの泉は… 失った自分の体を探し求める、主の強い願望が宿って生まれた泉なのです。主自身のことは、見えないようになっているようです。…判ったことは、あの時、あの満月の晩に、予言の巫女が…あなたの姉上が訪れることだけ)
 「それで、姉さんに未来を見てもらったんだね」
 (ええ)
スコーネルとスコーティは、じっとフェンリスを見つめた。
 (あなたが予言された解放者であるとよいのですが… そうでなかったとしても、私たちは、あなたと出会えたことを嬉しく思いますよ)
 「うん、ありがとう。僕も嬉しいよ」
フェンリスは、人間の腕で抱くかわりに、二頭に鼻づらをこすりつけた。
 「ねえ、その魔女って? どんな人だったの。呪いがかけられたことを、どうやって知ったの。」
 (…それは)
狼たちは口ごもった。(言うことが出来ないのです。他人に呪いのことを詳しく説明しようとすると、呪いの誓約によって舌を止められてしまうのです。)
 「そっか。それで、ずっと解き方も判らなかったんだね。」
 (魔女はエーシル族の女でした)
スコーティが、やっとのことでそれだけ言った。(残酷で、あらゆるものを掟に従わせようとした傲慢なエーシルは、<アスガルド>とともに滅びました。彼らが思いとどまっていれば、あの悲劇だって起きなかったもものを――)
 「悲劇…?」
聞き返そうとしたとき、風に、嗅ぎなれた匂いがまじった。はっとして、フェンリスは体を起こした。墓所の入り口あたりで、少年たちがウロウロしている。


 墓所の奥から現れた、大きな赤毛の狼を見て、少年たちはびくっとして逃げ腰になっている。両者の間には、大股で数歩ほどの隔たりがあり、それ以上近づくことは今は不可能だった。
 おそるおそる一人が尋ねる。
 「フェンリス、なのか…?」
 「うん」
フェンリスは、頷いた。「ごめんよ、さっきは… 怖がらせて。」
 「あれはフロールが悪いんだ。それに俺たちだって、ただ見てるだけでさ」
一人が一歩、近づいた。
 「それ、元に戻れないのか」
 「……」
フェンリスは目を閉じた。体の奥でちろちろと燃えている闘争本能の火は、まだ、完全に収まってはいない。体のどこかに突き刺さった銀の牙は、容易に離れてくれそうにはなかった。
 「まだ、駄目みたい。巧く出来ないんだ。練習すれば簡単に戻れる方法が見つかるかもしれないけど
 「…そうか」
少年たちは混乱しながらも、少しずつ事情を飲み込みはじめたようだ。
 「ニッキー、フラン、エリック… 僕は狼人間じゃないよ。」
 「そりゃそうだろ。お館様の弟のお前が、化物のわけないだろ。フロールは余所者だから、判らないんだ」
 「でも、どうしてそんなことになっちゃったんだ? 学校に来なかった間に、何があったんだよ」
 「いつか話すよ」
話している少年たちを、遠くからスコーネルとスコーティが眺めている。その視線に気づいたフェンリスは、彼らのほうに顎をしゃくった。
 「僕、彼らを人間に戻してあげなくちゃいけないんだ。その方法を探しに行く。だから、またしばらく、ここへは帰れなくなると思う。みんなによろしくね。帰ってきたら… きっと、二人を紹介するよ。」
 「おい、フェンリス!」
 「また…ね」
大きな赤毛の狼は、ひらりと身を翻し、繁みを飛び越えて森のほうへ走り去っていく。狼たちも後に続いた。何故か涙が溢れてきた。あれほど退屈だった日常が、今はもう戻りがたいものであることを、日常の中にいる仲間たちとの隔たりを、彼は、ほんの僅かの間にいやというほど思い知らされたのだった。


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