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 <邂逅>


 突如あらわれた赤毛の狼の姿に、ニーズヘッグは攻撃に移る機を奪われていた。威嚇するように翼を広げ、甲高い声を上げる。遅れて、ローグが飛び込んできた。
 「フェンリス!… っと。こいつは…」
 「待たんか、二人とも。老人をそう走らせるな…」
ルベットに、二匹の狼たち。フェンリスは牙を剥いて唸って見せた。
 「ローグ、気をつけて。」
 「なあに、こいつはもう飛べない。楽勝だな」
にやりと笑って、ローグは大剣を構えた。その瞬間、彼の周囲の雰囲気が変わる。大学の構内から<アスガルド>の荒野に。銃弾も爆弾も効かない化物と、たった一人の生身の人間が向き合う。フェンリスは一歩下がった。何者も、その場に踏み入ることは出来ない。
 勝負はほんの一瞬だった。威嚇にも動じず、ローグは蛇の急所に剣を叩き込む。首が飛んだ。まさに神業の、驚くべき一刀だ。


 首が芝生に落ち、最後の声が消えたとき、僅かな沈黙が辺りを支配した。ヨルムはようやくほっと息をついた。地面を転がったときに擦りむいたらしい膝の痛みに気づく。だが、それだけ。ドラゴンに襲われたにしては、かなり運のいいほうだ。
 「竜に襲われてるときに竜殺しをつれてくるなんて、お前にしちゃ気が利いてるじゃないか。フェンリス」
 「うん、いいタイミングだったよね。間に合って良かった。」
 「――で…」
ハリスが駆け寄ってきた。小人たちは、飛び跳ねながら首の落ちたニーズヘッグの周りを駆け回り、おっかなびっくり再び動き出さないかを伺っている。それにしても、なんという集団だろう。少なくともこの場にいるのは、普通の人間ではない者たちばかり。
 話は尽きなさそうだが、ゆっくりしている暇は無さそうだ。
 「今はお互いの自己紹介をしている場合じゃなさそうだな」
 「そのようだな。」
と、ルベット。
 「急いで逃げたほうが良かろう。町のほうもだいぶやられとる。<アスガルド>から厄介な奴が紛れ込んだようでな」
リィムが駆け寄り、何事かをヨルムに囁いた。
 「なんだって? 隠れ場所がある?」
フェンリスの側によってきた狼たちが牙を剥いた。
 (あの小人、アールヴですね。かつて<アスガルド>にも住んでいた、地下を好む生き物です)
 「アールヴ? 地下だって」
ヨルムが振り返った
 「フェンリス、なぜ分かった」
 「この狼たちが教えてくれるんだよ。」
リィムが飛び跳ね、何事か言った。
 「…ふむ。そっちは人狼か。姉さんが言ってたスコルの一族なんだな。よし」
何も説明しなくても、ヨルムは全て察したようだった。彼は一同を見回した。「今から、この小人たちの隠れ家に案内してもらうことになった。場所は、大学構内の古墳だそうだ。ついてきてくれ」
小人たちが一団となって駆け出す。ヨルムはハリスに声をかけ、先に立って歩いていく。フェンリスは振り返ってルベットを気遣った。まだ息は上がったままだが、動けないほどではなさそうだ。
 「あれが、お前の兄さんか」
 「うん。すごく頭いいんだ」
火は、すでに史学棟の近くまで迫ってきている。空に立ち上る煙は夜空を多い尽くし、闇に沈む町の上空に星はほとんど見えない。


 案内されたのは、敷地のはずれにある盛り土の場所だった。庭園と森の間、土に埋もれた石組みがある以外、とりたてて変わったところのない、ちょっとした広場。普段は学生たちがたむろしている場所だ。小人たちは踊るような足取りでそこに向かっている。
 頭巾の小人が、手を上げてヨルムたちを静止した。ちょっと待っていろ、というのだ。土盛りに近づくと、彼は小山に向かって何かを唱えた。
 足元の地面か、かすかに揺れる。石組みが揺れ、すうっと暗い穴が開く。
 「小人の隠れ家、異界への入り口だな」
驚いたように、ルベットが言った。「伝説の異界は実在したのか」
 着いて来い、というように振り返り、小人たちは次々と穴に消えていく。真っ先にヨルムが足を踏み入れた。見たところ腰を屈めなければ入れないほどの穴だが、頭を入れたとたん、かき消すように体が消えてしまう。ハリスは少し迷っているようだったが、意を決して中に飛び込んだ。フェンリスは二頭の狼たちを振り返ると、自ら穴に飛び込んだ。狼たちも続く。
 「先に行ってくれ。俺は最後でいい」
ルベットを行かせると、ローグは、背負っていた剣を下ろした。狭い穴の入り口ではつっかえるためだ。
 中に入る前に、彼は周囲を見回していた。見渡す限り、人の灯す明かりはなく、動くものも何もいない。空は真っ赤に染まり、煙は天を焦がするサイレンはもうあらかた止んでいた。それが、問題が解決したためでないことは分かっている。助けを求める断末魔の悲鳴にも似た遠いサイレンの音が、風に乗って微かに響いてくる。
 首都ミッドガルドは沈黙した。天に向かって聳え立つ塔も、人の力も、古代から在る未知の生き物たちの前に、ただ、無力だ。


 最後のローグが滑り込むと、背後で大地の穴が音もなく閉ざされた。驚いたことに、地下にはがっしりとした青黒い石で組まれた階段と地下道があり、奇妙な渦巻き模様が石の表面を覆っている。等間隔で並ぶ松明の火が道を照らし出している。
 通路は幾つもの部屋を繋いでいるようだった。足元を小人たちが走り回り、口々に甲高い声で話し合っている。その言葉は分からなかったが、どうやら食事の準備をしているようだった。
 一行は広間のような場所にたどり着く。あかあかとした火に照らし出され、中央には敷物が広げられ、古風なワイン壷や料理を盛りつけた皿、クッションなどが置いてある。
 ヨルムは先にそこに座っていた。傍らに頭巾の小人がちょこんと座っている。彼らはめいめいに自分の席を決め、腰を下ろした。すぐに小人たちが盃を運んでくる。フェンリスと狼たちの前には、飲みやすいよう平たい皿が。気が利いている。
 まっさきに口を開いたのはルベットだった。
 「自己紹介をしよう。わしはルベット。<黄金のチェス亭>で暮らしとる植物学者だ」
 「お名前とお姿だけは知っています。姉のユーフェミアがお世話になったそうで。ありがとうございます」
 「なに、あの子にはわしのほうが世話になっているよ。」
ルベットは目元を綻ばせた。
 「それから、こっちがローグ。これもユーフェミアから話は聞いてるかね」
 「ええ」
 「それからこの狼たちだが――」
 「<アスガルド>に住むスコルの一族ですね。それも姉から聞きました。残りのふてぶてしそうな赤いのがうちの弟でしょう。今年の春までは人間だったはずですが」
 「ついさっき、蟻に襲われてて気がついたらこうなっちゃったんだよ!」
フェンリスは狼の顔のまま頬を膨らます。「姉さんに貰ったナイフは無くしちゃうし、どうしたらいいんだろう…」
 「ふむ」
ヨルムは、まじまじと弟の顔を見る。
 「…わかった、そっちは後で話を聞こう。で? 何故お前がここにいるんだ。冒険に出たがってたのは知ってるが、一人で<アスガルド>へ行くなんて」
 「姉さんに頼まれたんだ。<黄金のチェス亭>に伝言して欲しいって…」
フェンリスは、春にヨルムが家を出てからのことを話した。政府の役人が来て、館を明け渡せと言ったこと(これにはヨルムは随分驚いていた)、ユーフェミアはそれを察知していたこと。消えた”魔女”マーサの部屋を見つけたこと、ナイフを渡され<アスガルド>に向かったこと。
 <アスガルド>での驚くべき出来事は、話せば話すほど突拍子もないことになってしまった。そういう場所なのだ。少なくとも、軍が<アスガルド>を荒らしまわったお陰で、信じられないような生き物が外の世界まであふれ出して来ていることは伝わったはずだ。


 フェンリスが話し、ローグやルベットが補足を入れる間、ハリスは始終黙りこくっていた。だが、全く蚊帳の外でないことは、彼の目を子見ていれば分かる。
 「なるほど…」
一通りの話を聞き終えたヨルムは、ひとつ息をついて傍らのハリスのほうに視線を転じた。
 「で、ハリス。今の話を聞いて、何か言いたいことは?」
突然の方向変換だった。
 「あんたは一体何者なんだ。何を知っている?」

 しばしの沈黙が落ちた。フェンリスは目をぱちぱちさせている。これは一体、どういうことなのだろうか。

 「紹介が遅れた。彼はハリス・レミルトン、同じ研究室にいた友人だ。俺の共謀者でもある」
 「まあ、そんな感じだね」
と、青年はクスクス笑った。「それ以上かといわれると、それ以上でもないんだが」
 「どういうこと? ヨルム」
 「こいつは何かを探るために研究室に入っていた。なのに最初から俺に好意的だった。禁じられている書物を閲覧しに行くのも止めず、むしろ自分から協力してきた―― 俺がアーデルハイドの腰巾着でないことも、何を調べているのかも知っていたからだ。」
ヨルムは、鋭い視線を隣の学友に向ける。何ものも見逃さない目、ごまかしの効かない目だ。それでもハリスは冗談めかした笑みを口元に浮かべていた。
 「私はほとんど何も知らないんだよ、本当さ。君に姉弟がいたことも、アールヴたちと通じていたことも、ついさっき知ったばかりだ。一つだけ知っていたことは、…そう、君がクレイントンの血縁者だったってことだけ」
肩をすくめ、彼は続ける。
 「それも知ったのは君がここへ来てからだ。調べ直して驚いた。まさか…直系の子孫が、東の大陸に移住して血を受け継いでいたとは。身元の調査は完璧だった。ラングドットには何も疑わしい記録は残っていなかった。君たちのご両親は、実に上手に血縁関係を隠し通したようだ。アーデルハイドも、君がヴァニールの子孫だとは思いもよらなかっただろうね。」
 「……。」
ヨルムは、ハリスの飄々とした横顔をにらみつける。「俺たち自身が、最近まで知らされていなかったくらいだ。それを何故、あんたが知ってる?」
 「この国には、幾つかの特別区がある―― 国の主要な連中は、それを知ってる。エーシルがヨートゥンを封じた土地アスガルド、アールヴが住む土地ミッドガルド、ヴァニールの育てた森クレイントン……」
歌うように、彼は言う。「『後継者なくば、かの土地は滅び、古えの法は失われん。』古い予言の言葉さ、そこの小人たちを縛る掟と同じ」
リィムは、言葉を発することなく彫像のように座っている。
 「じゃあ、後継者がいないと思ったから館を取り上げに来たの? 僕らは家を出て行かなくてもいいってことだよね」
 「それは分からない」
ハリスは、フェンリスに向かって言った。
 「今、この国の中では大きな動きがある。大昔の言い伝えや予言の類はすべて破棄し、国全体の文明化を進めようとする動きだ。反対する者も多いが、特に他の国に留学経験のあるような若い世代は、根拠のない話は片っ端から信じないと公言しているようだ。軍の<アスガルド>への強引な進入も、その一部なんだ。異常気象に乗じて、調査と称してね」
 「話しを元に戻そう。」
と、ヨルム。「もう一度聞く。あんたは何者だ? あんたも”国の主要な連中”とやらに属しているとなると、政府の役人か、特殊機関の関係者だな」
 「まだ気がつかないのかい。言っただろう? 私の名はハリス・レミルトン。レミルトン・ヴィンド・ゴジ…」
 「首相の息子か!」
唐突に、ルベットが叫んで手をポンと打った。「この国の現首相、フライス・レミルトン!」
 「なんだって…?」
ヨルムは何故か呆れ顔。ローグは膝を叩いて笑い出した。
 「こいつは傑作だな!この俺が、首相の坊ちゃんと会食とは。」
 「私も、あなたと同席できる日がくるとは思いませんでしたよ。竜殺しと仇討ちの賞金首、ローグ・フラウムベルグ」
ぴく、とローグの眉が跳ね上がる。
 「…意外ですか? 政府は綿密な調査を重ねていた。<黄金のチェス亭>に頻繁に出入りする人々のリストがあるんですよ。そちらのエル・トランデルの博士のことも勿論ですが、…ただ、ここ数年の調査は行われていなかった、幸いなことにね。」
 「ユーフェミアのことは知らなかったのか。成る程ね。」
偶然か、運命か。
 「これこそ、わしらの探していた助けだ。もしあんたが父親のために何かを探っていたのなら、その答えはもう見つかったのかな? <アスガルド>に手を出さんでくれ。見ただろう、この惨状。これ以上、被害を広げたくないのなら、軍を引かせるんだ。あの土地は触れてはならん」
 「率直に言います。―― それは出来ない」
冷ややかな沈黙が落ちた。
 ハリスは、背筋を伸ばし、じっと正面からルベットを見据えた。
 「私自身は、軍の急進派や、政府内の若い議員たちの意見も正しいと思っている。いつまでも古い掟に縛られるべきではない。時代は変わり、今、この国は変わろうとしています。ラングドットに育ったヨルム、君なら知っているはずだ。かの国は優れた技術をもって、今や世界の大国と呼ばれるまでになっている。かたや、この国は、古いしがらみのせいで大きな制約をかせられたまま。飛行技術を持ちながら、敵と見間違えて襲ってくるドラゴンなどという獣のせいで満足に航路も確保できず、鉄道に頼るしかない。豊かな土地は限られた一族に独占され、資源の放置な土地は切り拓くこともままならない。このままでは、この”風の国”は北方王国連合の中でただ一つ、落ちぶれてしまう。そうなれば、他国に付け入る隙を見出され、同盟は破棄されるだろう。」
その口調は堂々として、まるで政治家のようだった。
 「戦争はまだ終わっていない。同盟から数百年の平和の時が過ぎたが、今も四つの国は互いをけん制しあい、国境線で定期的に小競り合いを繰り返している。この国が生き残るためには、未開地域を未開のまま置いておくことは許されない」
 「ならば、<アスガルド>と戦うということか?」
ルベットは、静かに言って首を降った。「お前さんたちは勘違いしているようだが、あの土地は一つの国と同じなのだ。あそこにはこの国とは別の秩序がある。手を出せば、あそこに住む生き物たち全てが敵となろう」
 「ええ。だから、出来ればその秩序を変えることで対処しようとした。魔法のような話しでしたが、あの土地ならあり得ない話ではない」
 「…”王たちの守る法”とやらか」
ハリスは、驚いたような顔をした。
 「流石だな、それも気づいていたのか」
 「だが、それは失われたらしいぞ。小人たちから聞いた」
 「…そうか。ならば仕方が無いな。徹底的に戦うしか」
狼たちが同時に、低く、唸り声を上げた。人間たちの話を理解しているのだ。
 「待って」
フェンリスが制止する。「…九人の王? 何のことだろう。すべてを解放する…最後の手段、って。ヨルム、知っている?」
 「リィムも言っていた。」
ヨルムは顎に手を当てた。「『黄金の盃が契りを結び、黄金の腕輪は記憶する』…」
 狼が唸る。フェンリスが訳する。
 「『黄金の盃が契りを結び、黄金の腕輪は記憶する。小人は歌い、巨人は唸る。異界の王よ、鍵をとれ。神々の世は去り、人は地に残される。全てを創りし世界の王の御前にて、法は世界を束縛し、全てを律し、解放する』」
 「それだ」
ハリスが指を鳴らした。「我が国に古くから伝わる謎の詩だ。世界の終焉と再生、<ラグナロクの詩>と呼ばれている。一級シークレットだぞ、はは」
 「嬉しそうだな、ハリス?」
 「伝説が人間の思い込みでないとわかってね」
彼はにやりと笑う。「今夜は愉快な夜だよ、全く。信じられないことが次から次へと起こる。君に近づいておいて良かったな、ヨルム。私の勘に狂いは無かったってわけだ」
ヨルムはむっとして何か言おうとしたが、諦めてしまった。今や正体は明らかになり、この男は政府の命を受けて<アスガルド>攻略のための情報を集めていたと知れた。アーデルハイドとは別の意味で敵側の人間だ。
 この地下の宴に、この男を連れてきたことは間違いだったかもしれない。自分たちのことを、何もか知られてしまったのだ。おまけに、実家の館までこの男の仲間よって取り上げられようとしている。


 ――恐れるな  汝の友は、真の友なり


ふいに、ユーフェミアの手紙が脳裏に浮かんだ。盃を口元に運ぼうとしていたヨルムは、はっとしてハリスのほうを振り返った。わざわざ手紙を送ってきたのは、この時のためか? それとも、友とはアールヴたちのことか。…いや。ユーフェミアは、そんな紛らわしい予知をしたことがない。彼女はいつも、はっきりすぎるほどはっきりと、未来を口にした。


 なんとはなしに、宴が始まっていた。自己紹介を兼ねた話しは終りだ。目の前には見たことも無いご馳走と極上の酒があったし、クッションは柔らかで心地よい。小人たちはかいがいしく走り回り、給仕をして回った。狼の姿になってしまったフェンリスも、最初は居心地が悪そうだったが次第に慣れ、二頭の狼たちと打ち解けてじゃれあい始めた。ルベットは深く考え込み、ローグは酒の盃を傾けながらも抜かりなく小人たちの動きと出口と剣の距離を常に確かめている。
 これらの全てを、ヨルムは、その目の端で同時に捉えていた。彼の得意技だった。客人たちがめいめいにくつろぎ始めると、リィムは席を立ち、小人たちに何か指示を出しながら奥のほうへ消えていく。
 「…アーデルハイドは見込み違いの無能だった。」
ふいに、ハリスが言った。彼の表情から、冗談めかした笑みは消えていた。
 「政府の特権をかさに着て、私服を肥やすことしか考えていない俗物だ。遅々として進まない研究に、適正を問い直すために私が送り込まれたのさ。財宝の横領の証拠が見つかれば、それを理由に罷免するつもりだった。後任の選択権は、実は私にあってね。―― ヨルム、君を推薦することも考えていた」
 「俺を? なんの実績もない、どこの馬の骨とも分からない若造をか。学会からは猛反発どころじゃないな」
 「それが出来るのが今のこの状況さ。政府は、あの土地を御せる知恵者を求めている。もし君が埋もれた真実にたどり着き、我々の手助けをしてくれるなら、君は英雄になるだろう。悪い話ではないと思うよ。アーデルハイドの持っていた権限を引き継げるということは、貴重な資料を好きに扱えるということだ。一足飛びに教授になれというのではない。講師として、この大学に雇われ、政府のために働く気はないか、ということさ」
ヨルムは首を振った。ばかげている。この大学に勤務する? 国のために働くだって?
 「無知は無力と同じことだ。…私は知りたいんだよ、この世界の真実をね。たとえ卑怯者と嘲られようと、馬鹿にされようと、世界の王がいるというのなら、私はその前にたどり着く」
 「言い伝えを恐れて動けない老人たちとは違う、と、そう言いたいのか?」
 「それもある。だが、…私は思うんだ。囲いをつくり、その内側に目を向けずに平和を保ったたころで何の意味があるだろうか。かといって、囲いを壊して踏み入れば、破壊が終わるまでに双方が傷つくだろう。目をそむけるのではない。しっかりと見据えたいんだ」
 「……。」
成る程。この男の思いは、父親とも、アーデルハイドのような急進派とも違っているということか…。
 ならば。
 「もしそれが出来るのなら、方法を探ってみる価値はありそうだな」
 「君ならそう言うと思っていた」
笑みが戻ってきた。「どうすればいいと思う?」
 「あてがある。ただし、それにはあんたも協力してもらう」
 「ほう」
 「”クレイントンの森”だ。俺たちの故郷へ」



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