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 <フェンリス― 大地の穴>


 ローグは眠っていたが、フェンリスは目覚めていた。冷たい地面で熟睡できるほど、彼はここの暮らしには慣れていなかったし、今はそれほど疲れてもいない。雨の音は弱まっている。挫いた足はどうやら大事なかったようで、腫れることもなく痛みは引いている。じっとしていると感覚が鋭くなっていくような気がして落ち着かなかった。
 既に夕方を過ぎていた。洞の入り口から外を見ると、さっきまでは無かった川が出来ていて、泥水が轟々と流れている。森は一瞬で顔を変えるのだ。これが、この土地の不思議の一つ。泥水の中には、銀色のウロコが垣間見えた。魚もいる。

 「おい、何してる」

ローグが、気配に気づいて起き上がった。
 「川が出来て、魚がいるんです」
 「ほう」
フェンリスの後ろから一目見て、彼はあくび交じりに言った。
 「あいつは駄目だな。泥の中で寝てるハイギョってやつだ。雨が降るまで何年でも冬眠して、雨が降ったら起き出してああして移動する。泥ばっかりで食っても美味くないぞ」
 「食ベようと思って見てたんじゃ…」
 「そう言っても、晩飯は必要だろう。ほら」
カバンを投げて寄越す。「出るぞ。そろそろ雨が止む」
 ローグの言うとおり、雲には切れ間が見え、空に一番星が輝き始めていた。わずかの間に、森のあちこちに沼や川が出現し、カエルの合掌まで聞こえてくる。
 「これを繰り返して、夏になる。夏は雨がほとんど降らない」
と、岩を飛び移りながらローグが言う。フェンリスも離れすぎないように後を追った。最初の頃に比べれば、体が軽い。最初の頃の緊張が無くなったせいもあるのだろう。それでもまだ、館の森ほど慣れ親しんではいないが。
 「ローグさんは、普段どうやって食べるものを見つけているんですか?」
 「ローグ、でいい。――食えるものは経験で見つける。まあ、それだけじゃないが」
彼は足を止め、近くの木の幹に生えていた白っぽいキノコをむしりとった。「食える草の幾つかは、ルベットに教えてもらった。あとは狩りだな」
 「狩り…」
 「ここには食い物が沢山ある。自分自身も誰かにとってその一つだってことを忘れさえしなければ、生きていくのには困らない」
泥で出来た川を越え、歩いているうちに、少し開けた場所に出た。黒っぽい実をたわわにつけた繁みが一面を覆っている。木の実を貪り食っていた小動物たちが、大きな動物がやってきたのに驚いて身を翻し、繁みの奥へと慌てて駆け込む。頭上の梢の間から、小さなキイキイ声が聞こえる。ローグは構わず繁みの中へ入って行って、木の実を毟り取った。
 「食ってみろ。美味いぞ」
フェンリスは言われたとおりにしてみた。実は少し酸っぱく、口の中でとろけるようだった。
 「ほんとだ!」
途端に、忘れていた空腹を思い出した。フェンリスは夢中で木の実を口に運んだ。手も口も真っ黒になる。敵ではないと察したらしい小動物たちが、そろそろと戻ってくる。猿のようなものもいれば、リスやトカゲのようなものもいる。彼らは繁みに群がって、仲良く食事をし、種を吐き出した。
 お腹が満足したところで、ローグとフェンリスはまた歩き出した。
 「最初は怖いところかと思ったけど、… <アスガルド>って、それだけじゃないんだね」
 「まあな。綺麗なものも、不思議なものもあり、… 怖いことも、危険なことも沢山だ」
月が昇っている。あと数日で、ようやく半月になろうというところ。フェンリスは、館に来た役人たちのことを思い出した。強制退去まで1ヶ月、と彼らは言った。それまでに―― 戻れるだろうか。
 ふとローグが足を止めた。足元の泥に夥しい獣の足跡がある。
 「狼だな…」
 「あ!」
フェンリスは、行く手を指さした。「森が…」
 森が、そこで終わっている。木々の切れ間から草原が見えた。正確には、草原と<大樹>だ。すぐそこに、雨上がりの靄に頭を突っ込んだ大樹の姿が見えている。
 「ロードゥルの遺跡の近くだな。確か、あの遺跡は狼の住処に近かった」
 「じゃあ、<黄金のチェス亭>もすぐ近く?」
 「軍の基地も近いけどな。」
目に見えて、ローグの表情は固くなっていた。無理もない。何しろ彼は賞金首だ。
 「ここからは一人でも大丈夫」
 「いや。…一緒に行こう、何か様子がおかしい。いつでも逃げられるようにしてろ」
フェンリスは、草原の向こうに目を凝らした。どこにも異常は見当たらない。ローグは何を感じ取っているのだろう。
 と、その時、フェンリスの耳にも、遠く、金属音のようなものが聞こえた。銃声だ。
 「こっちだ」
ローグが走り出す。空に一筋の閃光が走った。サーチライトか。しかし空には何も見えない。フェンリスは、カバンの中に入れたナイフをギュッと握り締めた。ローグは剣を抜いて腰を低くして走っている。森の外に続くまばらな木々の間を走る彼は、まるで黒い疾風のようだ。
 音が近づいてきた。ローグはぴたりと足を止める。息を弾ませながら追いついたフェンリスは、ローグが息を殺して低く、呟くのを聞いた。
 「…なんてことを」
奥歯を噛み締める。怒りとも恐れともつかない感情が、男の背をざわりと走った。
 大地には大穴が穿たれ、そこを軍用トラックやテントが取り囲んでいる。穴の奥が底の見えない深い洞窟になっていることは、一見して分かった。兵士たちは、その穴の中から出てこようとしている何かと戦っているのだった。
 どぉん!
 火柱が上がった。ダイナマイトか何かを放り込んだらしい。地面が揺れた。背後の森がざわついている。
 「グズグスしてたらヤバそうだ。急ぐぞ、フェンリス!」
ローグは剣を収めて足早に歩き出した。<大樹>の方向へ向かっている。 
 「あれは? 一体何を」
 「<大樹>の根っこの下に、迷宮があるのは知ってるな」
 「うん」
 「その迷宮への短縮通路だ。地面に穴をぶち開けて、地上と地下の世界を繋ぎやがったんだよ、あのバカどもは。」
それが何故いけないことなのか―― 何故ローグがこれほど焦っているのか、フェンリスには分からなかった。
 「地下には、大昔のままの生き物が住み着いてる。地上の生き物の比じゃねぇぞ。わざわざ、そいつらを出してやるなんて… 世界でも滅ぼす気なのか?!」
行く手に、道路が見えてきた。町から続く道だ。<大樹>がすぐそこに近づいている。ぬかるみに、車輪の跡がいくつか付いていた。目立ちたくないはずだったが、ローグは構わず道の真ん中を歩いていく。
 「あ」
フェンリスは、遠くに狼の姿を見つけた。数頭が固まって、こちらをじっと見ている。
 「放っておけ。あいつらは滅多に人間を襲わない」
 「う、うん」
そうではなく、狼たちが何か言いたげに見えたからだが… 今は止めておいた。情緒に浸っている場合ではない。ローグの恐れている危険な生き物が、あの地面の穴から出てきたら、<黄金のチェス亭>だってただでは済まないかもしれないのだ。


 真夜中よりも少し前、彼らは<黄金のチェス亭>前に到着した。宿は其処にあった。だが、――屋根の一部には、痛々しい傷跡が残っている。馬小屋はぺしゃんこに潰れているし、宿の周りを囲んでいた柵の一部が消えている。何かあったのだ。致命的では無いにしても。そして、入り口に潰れた軍用トラックが一台と、見張り小屋らしきものが一つ。どちらも兵士がいるわけではないが、宿の女主人が納得していないであろうものを持ち込んだ連中がいたのは間違いない。
 「おやまあ、ローグじゃないか!」
彼らが近づいていくと、小柄な老人がベランダから手を振った。
 「よう、ルベット! まだ起きてたのか。イザベルは」
 「中におる」
あれが植物学者のルベットなんだな、と思いながら、フェンリスはその老人を見上げた。ベランダには他にも宿の客たちがいて、不安そうな表情を地平線に向けている。爆発音は聞こえなくても、何かが燃えている音とサーチライトは、ここからでも闇夜にはっきりと浮かび上がっていた。


 入り口のベルが鳴ると、ホールにいた客たちが一斉に振り返った。アの側には黒翼竜<ニーズヘッグ>の首、乾かして吊るしたハーブの香り。フェンリスは足を止め、ホールの中を見回した。何もかも、ユーフェミアに聞いていた通り。ようやく、この場所に辿りついた。生きてたどり着くことが出来たのだ。
 ローグは五段の階段を一気に駆け下りて、真っ直ぐカウンターへ向かう。
 「イザベル! 奴ら、地面に大穴あけやがったぞ。遺跡の狼は逃げ出した。基地も全滅だ。ここも危ない」
ホールがざわめいた。季節はまだ春の初め、今ここにいるのは冬ごしの長期滞在客か、ここに住み着いている常連客ばかり。<アスガルド>での不測の事態には慣れているはずだったが、今回ばかりは予想の範囲を越えすぎている。
 「静かに。みんな落ち着くんだよ」
カウンターの向こうから、冷静な声。若くもなく、年寄りでもない、首に重たげな銀のトルクをはめ、ごわごわしたスカーフをターバンのように巻いた、堂々たる体格の女性。
 これが、宿の主人イザベル・ゲーリングに違いない。フェンリスは、思い描いてきた姿と重ねあわせるように、その女性の姿をまじまじと見た。
 「ここはまだ大丈夫さ。それよりローグ。後ろの、その子は一体?」
 「あ」
フェンリスは、慌てて頭を下げた。
 「えーと、初めまして。僕… フェンリスです。フェンリス・ブランフォード。姉がいつもお世話になっています」
 「ユーフェミアの弟? まあ、あんたが」
イザベルは驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になった。「まあまあ、遠いところを。疲れたろう? こっちへ来てココアでもお飲みなさいよ」
 「いや、イザベル。そんな悠長なこと言ってる場合じゃ」
 「軍の基地が壊滅したって、ここは潰されやしないよ。昔からそうなんだから。誰も手出しは出来ない。イザってときの備えはある。さあ、とにかく座って」
有無をいわさぬ口調だった。それを見て、ホールの客たちの動揺も収まった。奥からルベットも現れる。ローグは不機嫌そうに椅子に腰を下ろし、ルベットはいつものカウンターの一番奥、フェンリスはその間だ。
 「ルベット、こちらユーフェミアの弟さんだそうよ」
 「ほう! なんと。姉弟そろって勇気があるな」
 「俺が見つけたときは、オルガムに襲われてたけどな」
 「オルガム? あのでっかいやつ?」
 「ほう、オルガムまで出てきたのか。こいつは、ますます世界の終りに近づいとるな」
ルベットは陽気に笑って、ホールの空気を凍りつかせた。「連中は地面に穴を開けとったな。オルガムが出てきたのなら、少なくとも第三層までは行っとるな。」
 「層って?」
 「<大樹>の地下に出来た迷宮の深さのことだ。あの迷宮は、<大樹>の根が腐って無くなった跡がもともとあった空洞や地面の隙間を繋げて出来た。乱暴に言えば、この<アスガルド>全体が、<大樹>のかつての根の上にあると言ってもいい」
そう言って、ルベットは腕を広げた。
 「地下は、大昔のままの環境がそのまま残っていて、今では絶滅したような生き物も沢山いる。外とは全く環境も違う。何があるのか、誰も、その全貌を知っている者はいない。オルガムのことも、名づけられて図鑑に載ってはいるが、人工的な光に反応する以外、何もわかっとらん」
 「じゃあ、倒し方も分からない?」
 「倒した奴なんていないからな。<ニーズヘッグ>なんてまだ可愛いもんだ。殴れば死ぬ」
と、ローグはイザベルの出したワインを注ぎながら言った。「地下の生き物は、出会ったら最後、死に物狂いで逃げるか覚悟を決めるしかないようなのが山ほどいる。賞金稼ぎに追われるほうが百倍もマシだ」
 「その迷宮に毎日もぐってる物好きが、うちには何十人もいるんだけどね。」
と、女主人。
 「もっとも今年は、さすがに止めたけれど」
頷いて、ルベットが続ける。
 「<大樹>のほうも荒れ気味でな。植物の芽生えも遅かったし、冬が厳しすぎたせいで花や実も少ない。食べ物が少なく、動物たちが殺気だっとる。並みの冒険者じゃ、手も足も出んどころか、手足の一本も無くさずには戻って来れん。」
 「そんなに酷かったんですか」
 「腹ペコで目覚めたばかりの熊を想像してみればいい。普段は人間など襲わん大人しい鳥や虫まで、そんな有様だ。」
新聞には、そこまで詳しくは書かれていなかった。当然といえば当然か。こんな辺鄙なところの出来事など、人の興味をひくものでもない。記者がやってこられるわけもなし、ましてや軍が何かをしているともなれば。
 「――雪が降り出すのが早すぎたんだろう。いつもの二倍は積もった。外の馬屋は、<大樹>の枝から滑り落ちてきた雪の塊でぺしゃんこ。幸い、馬は無事だったけど… 逃げ出した何頭かは、戻ってこなかったね」
 「今は、昼間も安全とは言えん。夜の生き物が昼間も動き回っとるし、町のほうにも押し寄せとるらしい。」
 「町で”夜目つばめ”っていうの見ました。あれも夜の生き物なんですか」
 「もともと、<大樹>のウロに住む大人しいコウモリなんだけどね。食べ物になる虫が少なくて、この辺りから姿を消してしまった。」
イザベルは、シナモンの棒を口に咥えた。
  「このところ、不安定になってきたのかね…」
最後のほうは独り言のようだった。
 「あ、あの」
フェンリスは、思い切って切り出した。「僕がここにきた理由。姉さんからの伝言なんです。”時は来てしまった。<不可侵>の約束は破られる”…」
ぴく、とイザベルの眉が片方跳ね上がった。
 「館に… お祖父さんから継いだ森に、役人が来たんです。僕らに権利はないから出て行け、って。でも姉さんは、不可侵の場所だから登記も納税もしていないのは当たり前だって言って。その…どうしたら良いかは分からないけど、とにかく、ここへ来なくちゃいけなかったんだ」
 「そう。――伝言ありがとう。」
イザベルは微笑んだが、その笑みは上の空だった。宿の女主人は踵を返し、台所のほうへ消えて行った。
 「…どうしたんだ? イザベルは。」
 「さてな」
ルベットは、意味深な顔をした。「ユーフェミアの言葉は、未来を意味するからな…。」
老人はホールを見渡し、ブランデーの瓶をひとつ、取り上げた。
 「ここじゃ話もしづらい。わしの部屋へ行こう。とにかく、お前たちが見てきたもののことについて話してくれ。」
そう言って、奥の階段へ向かう。狭い階段に足をかけた時、建物全体が揺れた。遅れて、一際大きな爆発音が聞こえた。ぱらぱらと、埃のようなものが落ちてくる。
 「…相当、派手にやっとるようだな」
ルベットも不安には違いないのだろうが、それを他の客たちに気づかれるわけにはいかない。ここは<黄金のチェス亭>、この未開地域で唯一安全な場所のはずなのだから。

 ルベットの部屋は、そう広くはないが、この宿の中では片付いているほうだった。壁の棚にびっしりと、余すところ無く瓶や箱が並び、天井からは乾燥中の薬草が垂れ下がり、ベランダには鉢植えが並ぶ。ここは、この老人の研究室なのだった。
 「そうだ、ルベット。こいつを」
ローグは上着から萎びたキノコを取り出し、ルベットの机の上に置いた。雨が止んだ時、生えているのを毟り取っていたやつだ。ルベットはぱっと目を輝かせ、手元の拡大鏡を取り上げた。
 「白テングタケ… こいつは珍しい! どこで見つけた」
 「ロードゥルの遺跡の向こうにある森だ。あそこを通ってきた」
 「ふむ。普段なら喜んで株を探しに行くが… この状況では、そうもいかんな」
拡大鏡を置いて、ふうとため息をつく。「今年は皆、思うように探索に出かけられなくて苛立っておった。そこへきて、これだ。まったく、軍の連中は何を考えているやら」
 「表に車が乗り捨てられてるのを見た。奴らは、いつここへ来た?」
 「お前さんがここを引き払ってすくだよ、ローグ。運が良かった。雪が溶けて、そろそろ出て行こうとしていた他の賞金首は、お縄を頂戴して連れていかれた。イザベルが抗議して、宿の中では捕り物劇は無かったがね。その後、ほかの賞金首が戻ってきやしないかと、しばらくここに張りこんでいたんだよ。もちろん宿代なんか払いやしない。基地が出来たのは、その後さ」
ローグは、側の背もたれなしの椅子を引き寄せて廊下に近い側に座った。フェンリスも適当に座れる場所を見つけて腰を下ろす。空気が動くと、ふわりと薬草の香りが漂った。
 「で… 軍の連中は、一体何を?」
 「俺が見たところ、あいつら、遺跡やら動植物やらを手当たり次第、どっかに運んでる。長年ほったらかしだったのを、今さら本格調査もないだろう。何かを探してるんだ。そいつが何か分からない。ルベット、あんたは見当つくか?」
 「いや…。」
老人は、首を振った。「だが、あやつなら知っているかもしれんな」
 「誰だ?」
 「ハロルドさ。地下のことなら、あやつ以上に詳しい人間は、この世にはおるまい」
 「お祖父さんの友達だった人だ!」
と、フェンリス。「姉さんと一緒に地下に行ったって」
 「そうそう。その地図職人の変わり者さ。」
 「生きてるのか?」
 「あやつが地下で死んだりはせんだろうよ。普段なら…な」
ルベットは、声を落とした。これだけ火薬を投げ込んで爆発させたら、地下はどうなっているか分からない。崩れて地形も変わってしまうだろう。
 「とにかく、あの軍の連中は自殺行為だ。<大樹>の地下に手を出すなと、言ってやれないのか? 俺がオルガムを見たのは、町からそう遠くない場所だった。そのうち町に突っ込んで、町のガス灯を片っ端からぶっ倒して回るぞ」
 「今は大丈夫だろう、…まだ」
 「何でそんなことが言える」
 「<アスガルド>の生き物は、滅多なことで境界線を越えない。植物の種さえ、外の世界に根付くことはない。でなきゃ、フランシェーロのような近すぎる町が今も無事なわけがなかろう。はっきりと気候が違うんだよ、こちら側とあちら側では」
 「その”滅多なこと”が今、起こりつつあるんだぞ」
ローグは腕を組み、足先で床を叩いた。「町の連中がどうなろうが知ったことじゃないが、軍の連中がこっち側に大挙して乗り込んでくる口実なんざ作ってもらいたくないね。今まで巧く住み分けが出来てたものを、何故こうもかき回すんだ。」
 「住み分け…か」
ルベットは琥珀色の酒をたたえたグラスに視線を落とした。「これは…侵略行為だ」
 「そうさ。<アスガルド>は今までも、これからも、無法者と時の流れに乗り遅れたものと、世捨て人の土地だ。俺なんざ、ここがなくなったら何処にも行けないんだぞ」
しかし、どうにもならないのは確かだった。軍の方針に、一介の民間人が口出しできるはずもない。しかも、この出来事は<アスガルド>の奥という閉ざされた場所で起きていて、外の世界の人々は知らないのだ。


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