TOPBACKNEXT

<そして、狂宴の済んだあと>


 騒ぎから数日が経ち、現場検証が終わり、聞き込みが済んで、町は表面上、少しずつ落ち着きを取り戻しつつあった。
 ユーフェミアたちも、長い取調べからようやく解放された。クラウスとルシアが徹底して、二人はたまたまこの町を訪れた旧知の友人で、事件には直接関係ない、という証言をしてくれたからだった。ラズリー・フロベールの葬儀の日取りはまだ決まっていない。町長不在のまま、ソルガースの町は今なお軽い興奮状態にある。
 高額の賞金首でありながら逃亡を続け、兄の危機に自らの危険も省みず故郷に帰り、さらにはその犯人――自分に濡れ衣を着せた相手――に、衆人監視の中、決闘を挑んでみせるという離れ業をやってのけたローグは、今や町中の話題の人だった。正々堂々と挑み、勝利したことが良かったのだろう。何よりこの町の人たちは、古い血を疼かせる、そうした古いしきたりや武勇伝が好きなのだ。ラズリーが銃を持ち出したことで、決闘のルールを破ったのだから殺されても仕方がない、と言う人までいた。だが、いかなる理由であれ、個人が私刑をもって個人を裁くことは、今のこの国の法律では許されていない。
 すぐさま大規模な追跡隊が編成されたにもかかわらず、その後のローグの行方は杳として知れなかった。町の人々は、それを知って安堵した。今や故郷は不実なラズリーではなく、ローグの味方となっていた。
 結局、彼は目的を果たしたのだ。自分と一族の不名誉を雪ぎ、親友の仇を討ち、そして―― 無事に逃げおおせたのだから。
 ソルガースで出来ることは、もう残っていなかった。ユーフェミアとルシアはお互いの住所を交換し、その後のことを連絡しあうことを約束した。別れ際、ルシアは吹っ切れたような顔で、ローグをよろしく、とユーフェミアに言った。
 「今なら、はっきり分かる。彼は変わってしまったわ。――もう、わたしの知ってる人じゃない」
それはどういう意味だ、と聞き返そうとしたが、思い直してやめた。深い意味などないのかもしれない。人は変わる。子供から大人へ。十年の歳月は、決して短くは無い。
 こうして、ユーフェミアたちは遠い異郷での夏に別れを告げ、懐かしの<アスガルド>への帰路についた。



 帰りの長距離列車の切符は二枚しか買わなかった。一瞬、ローグがここで合流するのではないかという期待も抱いたのだが、事件の噂が届いてまだ間もないオッディの町で、付け焼刃の変装をしてウロつくほど無用心とも思えなかった。このあたりはいまだに検問の真っ最中で、町を出る馬車や列車は、すべて厳しく確認が行われている。
 だが、ほんの一瞬だけ気配を感じたのは確かだった。視界の端の人ごみの中に、ローグと共に在る、あの人ならざるものの姿を、ちらりと垣間見たような気がしていた。
 ホームで列車を待っていると、駅員がやって来た。
 「失礼。ユーフェミア・ブランフォードさん?」
 「はい、私ですが。」
 「弟さんからの言伝を、承っております。こちらに」
差し出された封書を、ユーフェミアは不思議そうに眺めた。だが、表書きの名は確かに自分だ。
 「…ありがとう」
開いてみると、中からは、見覚えのある几帳面な字の綴られた紙切れが現れた。

――ユーフェミア姉さんへ

帰りの列車には乗れそうもありません。先に行って、イザヴェルに知らせておいてください。冬にはまた、そちらで会えるでしょう、と。
釣具はこちらで持って帰ります。すぐに追いかけますので、心配はご無用。

フェンリス


ローグの字だ! 間違いない。
 ユーフェミアは唐突に、出発前の、フランシェーロの町での取り決めを思い出した。「ローグという呼び方は問題があるから、弟の名前で呼ぶことにする」。そうだった。ローグはちゃんと覚えていて、その名前で無事の知らせを寄越したのだ。
 ルベットも後ろから手紙を覗き込んでいる。
 「どうやら、無事、逃げおおせたようだな。」
 「そうね。ローグのことだし、きっと大丈夫。」
椅子に座りなおして新聞を広げたルベットは、思わず「うほっ」と声を上げた。「ラズリー殺害の事件が載っとるぞ。白昼堂々の復讐劇、賞金首が前代未聞の大立ち回り、だとさ」
たまたまその場にいあわせた新聞記者の撮った決闘の写真と、衝撃的な見出しが躍っている。町長の家から見つかった毒物製造の証拠、命を取り留めた義理の息子への聞き取り内容、町の人々へのインタビュー。記事は、大きく枠を割いてアツ割れている。だが幸いにして、ルベットやユーフェミアのことは、そのどこも書かれていない。ルベットの演説も、今はきっと、皆の記憶の端に忘れ去られているのだろう。
 「十年前の事件の真相はいまだ謎のまま…か。だが、調査はするらしいぞ」
 「でもきっと、誰も証明は出来ないでしょうね。真実は、事件に関わった本人たちの胸の中にしかない。そのうちの二人は、もう、この世にいないんだから」
ユーフェミアは、カイルの幽霊に掴まれた腕を見下ろした。くっきり出来ていた指の形の痣は薄れ、もうほとんど見えなくなっている。
 「ラズリーのかけた賞金は出資者死亡で取り下げられたが、今回ので賞金が上積みされて八百五十。やれやれ…、あやつめ、こりゃあこれからも、ゆっくりは出来んだろうな」
 「いいのよ。今度のは、不名誉な罪でかけられた賞金じゃないでしょ。」
試練を越えて、呪われた男は己の運命を手に入れた。手紙をしまいこみながら、ユーフェアは言った。
 「今再び始まるのよ。――ローグ自身が望んだ物語がね」
夢中で記事を読んでいるルベットは、曖昧な返事を返してきた。ユーフェミアは、ルベットが開いているページの裏側に、小さく踊る文字を見つけた。その短い記事は、同じページの別々の場所に、まるで何の関係もない事件のようにぽつんと載せられている。だが、見た瞬間それがひとつながりのものだと分かった。見出しには、こう書いてあった。

 ――絶海の孤島で謎の殺人、被害者は二十年前に死亡したはずの男性か?…

 ――稀代の歌手、リリー・サーガ天寿を全う。莫大な遺産は一人息子に…

ユーフェミアは、目を閉じて椅子の背に体を預けた。そうか。リリーは無事、仇のもとへたどり着けたのか。復讐者は望みを遂げ、満足してこの世から飛び立って行った。彼女の物語もまた、血の贖いとともに幕を閉じたというわけだ。
 列車の発車時刻までは、まだ時間がある。
 ユーフェミアは、立ち上がってホームの端まで歩いてみた。町を真っ直ぐに貫く線路の向こうには、遠く青い空。長く尾を引く白い雲。
 短い夏は、盛りを過ぎようとしていた。



TOPBACKNEXT