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<白昼の決闘>


 町内会館は、大通りを挟んだ向かい側、町の中心部にある広々とした公園に面して建てられていた。
 ラズリー邸と同じく、まばゆいばかりに白く輝く壮麗に建物で、こんな小さな町には勿体無いほどの出来だった。会館の裏には隣接するように図書館が建てられ、そちらはもう開館している。
 落成式を間近に控えた町内開館の工事は、大急ぎで最後の仕上げに取り掛かっていた。外装が整えられ、覆いが取られる。建物の入り口に花が植えられ、垂れ幕が準備されている。今回は、落成式に植物学の世界的に権威が招かれている。その講義町長さんじきじきの頼みで実現した。ほとんど人前に出てこない研究の虫の貴重な講義とあって、近くのオッディの大学でも既に噂で持ちきりとか。こんな田舎町には勿体ない有名人だ。
 町がお祝いムードの中にある中で、ただ一人、町長その人だけが打ち沈んだ暗い表情をしていた。その理由は誰にも明かさなかったが、ユーフェミアたちだけは知っていた。ローグはわざと目立つよう、夜な夜な町長の家の周辺に姿を表した。脅しとも取れる怪文書を投げ込んだり、家に忍び込む素振りさえ見せた。その怪文書には、ただ一言、こう書かれてあった。

 「真犯人が凶器を隠していることを知っている」

と。
 薬と偽った毒を口にしなくなり、ルベットの指示通り下剤と水で体を浄化し続けていたお陰で、クラウスの容態は、目に見えて良くなっていた。今では昼間眠りに襲われることもなく、足も少しずつ感覚を取り戻している。だが、一年近く寝たきりだったお陰で、歩けるようになるには、まだ、時間がかかりそうだ。落成式で忙しいせいか、悩み事のせいか、ラズリーはここのところ見舞いには来ていない。好都合だ。ルシアは、人知れず車椅子を調達した。目的の日、すべてを見届けられるよう、それに乗せて夫を運ぶためだ。計画を明かされて、ルシアは少し明るくなったように見えた。ただし彼女には、ラズリーが疑惑の中心にいることは、教えていない。知れば、不自然な行動をとってしまう恐れもあった。ルベットの公演の日まで、ことが公になるわけにはいかない。



 そうして、落成式の日はやってきた。
 ルベットは意気揚々と準備を整え、町長の用意した洒落たスーツに身を包み、胸のポケットには三角に折りたたんだハンカチをさしている。普段の服装を見慣れたユーフェミアやルベットからすれば、まるで冗談のようにしか見えない。
 「これこれ、笑うんじゃないよ。」
 「だって…。」
笑っているユーフェミアを、ルシアは不思議そうに眺めている。そこへ、ローグがやって来た。
 「これでいいのか?」
ルシアが準備した綿入りの正装上着と、だぶっとしたズボン。体型を完全にごまかしてくれる。
 「上出来ね。帽子と付け髭を忘れないで。あと、その格好で釣り道具入れはおかしいから、ゴルフバックに詰め替えていくのも忘れずに」
 「ゴルフかよ…。」
ローグは額に手を当て、天を振り仰いだ。「なるようになれ、だ。」
 「手はずはいいかな。わしが演壇で話を盛り上げて、その中で合図をするから、それまでは皆、大人しくしておること。特にローグ、間違ってもいきなり斬りかかったりするもんじゃないぞ。いいな」
 「ここまで来たら、そんなことしねえよ。」
 「ローグ」
車椅子に乗ったクラウスが言った。「私は、この国で定められた法律の範囲でしか、お前を守ってやることは出来ない。やり方は教えた。分かってるな?」
ローグは頷いた。そして、変装道具を手に部屋を出て行った。
会場周辺は物々しい警備だった。ラズリーの指示だ。このところ町を不審者がウロついているから、という理由で、会場入りする人々の所持品の検査までしている。もちろん、公演者のルベットとユーフェミア、それに町長の親類であるクラウスとルシアは、そうした検査はされずに済んだ。別に入場したローグとそれとなくすれ違い、持ち込んだゴルフバックを渡して、まるで他人のようになにくわぬ顔ですれ違う。…あとは、ラズリーが、思ったとおりのことをしてくれているかどうかだ。
 ホールには人がごった返していた。おおよそ来られる限りの町中の人々が集まり、その中には、最初の日にルベットと宿の食堂で議論を交わしていた学生たちの姿もある。
 やがて開幕の時間になった。
 壇上にラズリーが現れ、皆に向かって挨拶を始めた。今日はいつにも増してきらびやかな装いだ。堂々とした声は会場全体に響き渡り、何も恐れることのない自信に満ち溢れている。だが目だけは忙しなく動き、会場内を所狭しと見回して、怪しい動きをする者がいないかどうか、注意深く見守っている。
 ユーフェミアは目を閉じ、誰にも聞こえない声で静かにこう、呟いた。 ”――黒き復讐者は、大いなる代償とともに望みを遂げるだろう。”
 ラズリーの挨拶が終わった。町長は割れんばかりの拍手とともに壇上の下手に退き、さらに一際大きな拍手で小柄な老人が姿を表す。いよいよルベットの番だ。
 「えー… こほん。トランデルです。みなさん、こんにちは」
ひょこんと頭を下げるしぐさに、どっと笑いが湧き起こった。「このたびは、お招きいただきありがとうございます。皆様にお会いできて光栄です。さて、ご存知のように、私の専門は植物学なのですが、…」
ルベットが話している間に、ユーフェミアはそっと振り返ってローグを探した。ローグは、立ち見の人々の間に紛れ込み、食い入るように壇上を見つめている。クラウスたちは袖のほうにいる。準備は、整えられた。あとはルベットの合図を待つばかり。
 「さて。皆さんご承知のとおり、薬草というものは、うまく使えば健康のもととなり、病や傷を癒せるものですが、使い方を誤れば、命を奪う毒とも為り得ます。一件無害なものも、時に人知れぬ危険を孕んでいるものなのです。―-さてここに、つい先日、この町で見つけた花があります」
ルベットは、胸のハンカチを取って、手のひらの上で開いた。皆によく見えるよう掲げる。誰もが身を乗り出し、その花をよく見ようとしている。ラズリーも。ルベットは、一段と声を大きくした。
 「これは、ある決まった地方でしかとれない希少な花で、知っている人はそう多くは無い。美しい花を咲かせ、甘い香りを出しますが、その花の蕾を煮詰めたものは、毒になるのです。…<モーリアスの毒>と呼ばれております」
ラズリーの顔色が変わった。
 「聞いたことはないでしょうな。とても珍しく、しかも巧妙な毒です。この毒はすぐには人を殺さず、ゆっくりと衰弱させてゆく。毒に冒された者はひどい眠りに襲われるでしょう。最初は足、それから体の上のほうへと痺れが徐々に広がって、やがて心臓まで麻痺し死に至る。――だが、そこらに生えている花ではない。目的を持って薬にしなければ毒にはなりません。この、恐ろしい花の発見によって、あなたがたが毒殺に怯えることもないでしょう。」
ホールがざわめいている。ルベットは続けた。
 「しかしながら、この町でただ一人、不運にも毒に冒された者がいたのです。一目でそれと分かりました。彼は去年の秋に落馬し、その後、回復の見込みもなく寝込んでいたものです。もう少し遅ければ、手遅れになっていたでしょう」
人々の視線が、壇の下にいる車椅子の男に注がれた。小さな町のことだ。誰が、誰に毒を盛ったのかは明白だった。
 ルベットは振り返り、ハンカチに包まれた花をラズリーの鼻先に突き出した。
 「この花は町長さん、あんたの家で見つけたものだよ。花から取った蜜を、あんたがクラウスに与えていたことも知っている。趣味で植物を育て、独自に薬草学にも通じていたあんたが、効果を知らなかったとは言えんだろうな。」
 「何を…」
 「ラズリー!」
唐突に、一際大きな声が上がった。変装をかなぐり捨て、憤怒の形相のローグが壇に近づいていく。ゴルフバックを放り投げ、黒い大剣を引き抜いた。悲鳴が上がる。人の波が彼の周りから引いていく。ラズリーは一歩後退り、それでも、口元には笑みを張り付かせている。
 「…貴様、ローグ・フラウムベルグ。やはり、この町に舞い戻っていたのか」
 「よくも兄貴を殺そうとしてくれたな、この人殺しめ。カイルを殺し、俺に罪を着せただけでは飽き足らなかったというのか?!」
 「戯言を! わしが実の息子、たった一人の愛する息子を殺しただと? よくもそんなデタラメが言えるな! おい、警備はどうした! この罪人をさっさと捕えろ!」
 「離れなさい!」
ルベットが叫ぶ。駆け寄ろうとした警備は、剣に手をかけたまま足を止める。
 「そいつは危険な奴だぞ。”竜殺し”の手にかかりたくなければ、大人しくしていることだな」
ローグとラズリーは、壇の上と下で睨み合ったまま、じりじりと互いの間合いを計っていた。人々はその周りを遠巻きにし、突然降ってわいたこの状況に息を飲んでいる。誰も口を開かない。しん、と静まり返る中、ひとりの若い警備兵が銃を抜こうとして、こんな場所で発砲したらパニックになるぞ、と年かさの警備兵に止められている。
 ラズリーは、痺れを切らして自ら口を開いた。
 「言ってみろ、この無法者め。なぜ私が息子を殺したなどと言うのだ。どこでそんな世迷言を思いついたのだ!」
 「故人の名において、俺が証言する。」
と、ローグ。前もってユーフェミアが考えて、教え込んでおいたものだ。
 「俺は遺産相続を放棄して町を出ようとしていた。彼の兄クラウスは知っている。カイルも俺と一緒に町を出たいと言っていた―― それを聞いて激昂したあんた、ラズリー・フロベールは、言い争いの末に短剣でカイルを刺し、倒れたところを俺の剣で背中から止めを刺したんだ。どうだ、何か間違いがあるのか? それとも、酔っ払いには二つの目も、二つの耳もついていないとでも思っていたのか」
ラズリーの顔に驚きが広がっていく。もしや、ローグはあの時にすでに目を覚ましていて、全てを見聞きしていたのではないか、と疑っている。
 だが、彼はやはり強かだった。自ら墓穴を掘るような真似はしない。見る見る、うっすらとした笑みが表情を覆い隠す。
 「それを、どうやって証明する?」
彼は余裕さえ取り戻りつつあった。
 「証拠などない。お前の記憶とやらだけだ。 クラウスはローグの身内だし、証言に有効性は無い」
 「証拠ならありますわ」
少女の声が響き渡った。前に進み出るや、ユーフェミアは、ラズリーを指差した。
 「あなたは其処にお持ちのはずです、その日、カイルを殺した金の飾りつきの短剣を。彼に与えるため特別に作らせた、この世に二つと無い剣と同じ模様の!」
 「…!」
ルベットが素早くラズリーに近づいて、上着の下に隠されていた鞘からそれを引き抜いた。ほうぼうから、小さな驚きの声が上がる。
 「もしあなたが何の後ろ暗いところもないなら、何故それをここへお持ちになったのですか? あなたに送った文書には、”真犯人が凶器を隠していることを知っている”とだけ書かれていたはずなのに」
 「貴様…! この不埒者の協力者だったというのか…?! おのれ…」
いまやラズリーは、ユーフェミアのみならず、ルベットも敵として認識した。「このわしを謀り、罠にかけようとしたのだな! こんな、…こんな卑劣な! ただではおかんぞ! 貴様ら、全員!」
 「それには、私も含まれるのですか?」
クラウスの乗った車椅子が、ローグとラズリーの間に進み出てくる。車椅子を押しているのはルシアだ。
 クラウスは、弟と並んで義父を、今や醜い暗殺者としての顔を露呈した男の顔を見上げた。
 「理由はおおよそ察しがつきます。長年欲しがっていた、伯父ゴッドフリーの遺産を全て手に入れるためでしょう。いま私が死ねば、すべては貴方のものだ。――そうですね」
ローグが吼えた。
 「ラズリー・フロベール! 俺は貴様に、カイル殺しの嫌疑と、兄クラウスに対する暗殺未遂の件で決闘を申し込む。この宣言はこの場にいる全員が証人となる。受けて立て!」
 「決闘だと? はっ… そんな前時代的な風習に付き合う必要など」
 「あるのですよ、あなたには。」
クラウスが続ける。
 「KMC170年に制定されたこの国の標準法、ならびに198年の世界共通法協定に基づいて、遺産相続人が相続前に死亡または行方不明になった場合、遺産は地方自治体の所有となります。もし後に相続人が戻った場合、その所有は自治体から本人に返されるはずなのです。私がゴッドフリーの養子になったのはゴッドフリー本人が亡くなった後―― つまり本来、ローグが受け継ぐはずだった遺産を私やあなたが所有するのは違法ということになる。ここでローグの申し立てを受けないならば、私はこの件を中央法廷に持ち込みます。いかがなさいますか?」
優しげな風貌のうえ青白くやせ細っているこの青年だが、今や、一家のあるじとして、一族の代表者として、いにしえの法の宣誓者のようにぐっと背を反らし胸を張っている。ラズリーの顔色は一瞬、青ざめたが、やがてすぐに調子を取り戻す。
 「…成る程、クラウス、どうやらお前は、ここでわしにローグを殺せと望んでいるらしい。いいだろう!」
ラズリーは近くにいた警備兵の剣を乱暴に奪い取った。「表へ出るがいい。望むとおりにしてやろう」
 ローグは、ちらとユーフェミアに視線を向けた。ユーフェミアは頷く。これは、法律に詳しいクラウスと相談して決めた、ラズリーを追い詰めるための最後の手段だった。



 ラズリーが犯人であり、彼がまだ犯行に使った短剣を手元に持っていることを確信したユーフェミアは、ローグに、脅迫文を書くことを提案した。
 「あなたが真犯人を知っていて、復讐のために戻ってきていることを仄めかすの。そうすれば、クラウスさんから注意が逸れるわ。毒の正体に気づいたと今は知られないほうがいい。それと、屋敷に侵入するふりをすれば、証拠の短剣を奪われるのではないかと恐れて、それを手放せなくなる。あの人の性格からして、家を出る時は用心して身に着けるでしょう」
 「成る程。でも、どうやって奴を追い詰める。クラウスに毒を盛った件はともかく、カイル殺しは証明出来ない。幽霊を呼び出して、証人にするわけにもいかないし…。」
 「手段としては一つだけ。」クラウスが言った。「古風なやり方だが、条件を満たせばそれもありだろう。お互いの主張が一歩も譲らなかったとき、証拠不十分だが相手を罪に問いたい時は、相手に”決闘”を申し込むものだ。」
そう言って、彼はよそ者であるユーフェミアとルベットに向かって、さらに説明を続けた。
 「決闘は、この地方で古くから行われていた習慣です。荒くれの多いこの地方で、治安を保つために作られました。口での交渉に譲歩しない者同士に、腕で決着をつけさせる方法です。今は違法になっていますが、地元の者はそのルールをよく知っています。つい十年ほど前までは、週末のたびに町の広場で非合法に決闘が行われていたものですから」
 「決闘の条件とは?」
 「一つ目は、立会人がいること。これには決闘する双方の身内と、どちらでもない第三者が必要です。二つ目は、決闘を挑む前に相手に自分を認識させ、罪状と挑戦を宣誓し相手の同意を得ることです。つまり、いきなり襲い掛かったり、強制的に戦わせることは許されません。最後の条件は、決闘は成人に限られること。…十年前ならともかく、今のローグなら問題ありません。さて、この三つの条件を落成式の最中に満たす必要があります。身内については、ラズリーは徒党を引き連れて来るでしょうし、ローグの側は私と妻が出席します。あなたがたと町の人々が第三者として宣誓の証人となり、戦いを見届けてくれるでしょう。―― ただ、繰り返しますがこの方法は、昔はともかく、今は違法です。また法的な効果もなく、本人たちが納得するための憂さ晴らしでしかありません。たとえ勝利したところで、ローグは無罪放免にはならないでしょう」
 「構わんさ。俺はもう、こっち側の人間じゃない」
ローグは、ルシアの視線を故意に受け流しつつ、そっけなく言った。「ただ俺は、借りを返したいだけだ。クラウス、必ず受けて立つように誘導出来るか?」
 「ああ。ネタはある、やってみよう」
そうして、町内会館の落成式の日は訪れた。五人の男女は、綿密に練られた計画のもと、町一番の権力者たるラズリー・フロベール氏を罠にかけるべくして会場に乗り込んだ。今、その罠が完成したのだ。あとはローグの舞台。



 決闘場所は、表の広場に移された。落成式から出てきた人、何事かと集まってきた通行人などで、辺りはごった返している。町の人々が円陣を組む中、ラズリーとローグは剣を手に向き合った。どちらも、相手をにらみつけている。
 ルシアに伴われて、車椅子のクラウスが円陣の中央へ進み出る。
 「決闘のルールはご存知ですね? お二方」
 「無論だ。野蛮な風習とはいえ、わしは無知ではない」
 「それなら結構。お集まりの皆様方の中にはお忘れの方もいるかもしれないですから、念のため繰り返しましょう。一つ、決闘は正々堂々と行われること。一対一で互いに徒歩、盾と鎧はお好きなように。ただし武器を隠し持つことと飛び道具を使うことは禁じられています。二つ、決着はどちらかが気を失うか傷を追うこと、または負けを認めて降伏すること。逃走も敗北と看做されます。三つ、相手の命を奪わぬこと。いいですね、殺人は許されませんよ。」
 「分かってる。本当はぶっ殺したいくらいだが、こんな奴のために賞金をかけられるのは本意じゃない」
 「ふん…犯罪者の分際で何をふざけたことを」
ユーフェミアは、クラウスの反対側、向き合う二人の良く見える位置まで移動した。
 「やれやれ、うまくいったようだな。」
隣にルベットもやって来る。
 「ローグなら大丈夫ですよね、あんなに強いんだし」
 「さて、どうだろうな。あのラズリーという奴、なかなかどうして、結構な構えじゃないか。体もデカい」
ふいにユーフェミアは、カイルを容赦なく刺したあの光景を思い出した。ラズリーには、ローグにない非情さと狡猾さがある。そして、もう一つ大事なこと… ローグはこの戦いに勝った後、周囲を取り囲む警官や、ラズリーの雇った警備兵たちから逃れなくてはならないのだ。
 今や大通りは見物人で溢れかえり、馬車は立ち往生している。騒ぎを聞いて駆けつけた警官たちが人ごみを掻き分けて最前列の整理を始めた。ユーフェミアたちも後ろへ下がらされる。
 そのとき、わっとどよもす声が沸き起こった。最初の一撃が交わされたのだ。踏み込んだのはローグ。大剣を難なく振り回し、ラズリーの構えた剣に力一杯叩き降ろす。並みの体格なら武器を取り落としてもおかしくない衝撃だったが、ラズリーは後ろに下がりながら攻撃を受け流す。
 「どうした? 賞金八百の腕前は、そんなものか。」
 「その大半はテメェがかけたんじゃねーか、よく言うぜ!」
ローグは素早く後ろに回りこむ。立て続けに数度、金属音が響き渡り、人々はそのたびに歓声を上げた。かつての戦士たちが作った集落の末裔たち、元々血気盛んな人々にとって、決闘は祖先の血を思い出して熱くなれる見ものなのだろう。だが、熱くなりすぎればラズリーの思う壺だ。ユーフェミアとルベットは、事前に口を酸っぱくして注意した。絶対にルールを破らないこと。挑発されても乗らないこと。今のところ、ローグは大丈夫そうだ。すぐには決着をつけず、ラズリーを追い込もうとしている。
 「俺は、この町にいられなくなったことであんたを恨んじゃいないぜ、ラズリー。元々そうするつもりだった。ゴッドフリーの葬式が終わったら、全部カイルに押し付けて、とっとと出て行くつもりだったんだからな。」
 「ふん、何を…」
言いかける言葉を遮って、ローグが踏み込んだ。ラズリーは受け流すことが出来ず、二人の剣はがっちりと組み合う。至近距離。力押しは互角。
 「ただ汚辱は雪がせて貰う。俺だけじゃない、兄貴や一族のためにもだ。泥酔してた俺が、どうやってカイルを背後から刺す? それはあんたがやったことだ。一撃目は前から、あんたのその短剣で。とどめに俺の剣を使った。そうだろう? 事件の跡、死体を調べた記録があれば証明できる。」
人々は顔を見合わせる。ラズリーの額に汗が滲んだ。
 「カイルを殺したとき、あんたはカイルの抵抗で服を斬られたはずだ。その服はどうした? 俺を殺そうとした時のマントと鎧は、何処に隠したんだ?」
 「戯言だ!」
ラズリーは力任せに剣を振った。ローグは跳ね飛ばされ、一瞬体制を崩したが、すぐに立て直して次の一撃を避ける。
 「いつの間にか人殺しの技だけでなく、口で人をたぶらかす術も身につけたようだな、えっ? 小僧、こんなことをして、わしが黙っているとでも思ったのか!」
 「貴様こそ、ゴッドフリーの財産欲しさに俺やカイルだけで飽きたらず、クラウスの命まで狙ったその罪は重いぞ。たとえ法が裁かなくとも、枕を高くして眠れる日が二度とくると思うな!」
激昂したラズリーの剣が空を切る。ローグは素早く避けながら足をひっかけ… 巨体が転がる。
 ラズリーは、もんどりうって地面に倒れた。起き上がろうとする目の前の地面に、ローグの剣が突き立てられる。
 「あんたの負けだ。参ったと言え。」
 「く…う」
ラズリーは、ぎらぎらする目でローグを見上げる。「何が目的だ、貴様。わしを陥れて何の得がある。ゴッドフリーの遺産目当てか? 賞金を引き下げろとでも言うつもりか」
 「目的だと? まだ不十分なのか、ラズリー。親友殺しと兄貴の暗殺未遂、それに俺の濡れ衣を着せた恨み―― これは、貴様への復讐だ!」
剣を振り上げ、ローグはその柄でラズリーを力いっぱい殴りつけた。うめき声とともに巨体が崩れ落ちる。それきり、ぴくりとも動かない。
 あちこちで悲鳴が上がる。
 「静粛に!」
ルベットが、円陣の中に飛び出した。ラズリーに駆け寄り、脈をとる。
 「大丈夫、死んではおらんよ。脳震盪を起こして気を失っておるだけだろう」
固唾を呑んで見守っていたユーフェミアは、ほっとして胸をなでおろした。クラウスのほうに視線をやると、彼も頷く。
 「皆様ごらんのとおりです。決着はつきました。ラズリー・フロベールがしたことで、告発者ローグ・フラウムベルグが勝利しました!」
数秒遅れて、わっと声が上がった。拍手と、祝福の声。賞金首を逮捕するべき警官たちは、人々のローグを讃える町の人々の声援にうろたえ、動けないでいる。
 ローグは、ひとつ息をついて剣を鞘に収めた。
 「良く我慢したな、ローグ。これで気が晴れたか」
 「…ああ。納得はしていない、がな。」
ラズリーの雇った警備兵たちが、おずおずと雇い主に近づく。巨体をひっくり返し、頬を叩いて気づかせようとしている。
 「さて、警官が正気に返る前に、お前さんは逃げねばならん。厄介ごとに巻き込まれるのは御免だ。あとのことはクラウスに任せて、わしらもさっさと逃げることにしよう。」
ルベットが言うのと同時に、ラズリーが目を開いた。辺りを見回し、ローグがまだそこに居る事に気づくと、狂ったように飛び上がった。
 「この、粗野な熊屋敷の小せがれめが。カイルをたぶらかしただけで飽き足らず、このわしの顔に泥を塗りおって…!」
ラズリーの動きに気づいたルシアが、悲鳴を上げた。
 「危ない!」
逆上した町長は、警備兵のベルトから銃を引き抜いたのだ。銃声が響き渡った。
 「――ローグ!」
ユーフェミアは、目を凝らした。胸の前で手甲を交差させるローグの足元に何か黒っぽいものが蹲っている。ローグに憑いた守護者、熊の女神が戻ってきた。人間たちの掟が支配する時間は終わった。ここからは、法の外側に生きる者の時間。銃弾は分厚い手甲に弾かれて石畳の上に転がり落ちる。
 彼はモノも言わず黒い風のようにラズリーに飛び掛る。さらに数発の銃声が、悲鳴と入り混じって聞こえた。逃げ惑う人々によって円陣の外側へ押し流され、ユーフェミアには状況が見えない。悲鳴の向こう側から、ラズリーの怒鳴り声が聞こえた。
 「消えろ! 貴様も消えてしまえ!」
さらに一発の銃声。それで、最後だった。
 ようやく人ごみを抜け出したユーフェミアが見たものは、頭を抱えて地面に伏せるルベットや警備兵たちの姿、クラウスを庇おうと、覆い被さるようにしているルシアの姿。そして、ラズリーの首に腕をかけている、ローグの姿。ラズリーの首は、あらぬ方向に向けられていた。
 「あと少し… だっ…」
口から泡を吐き出して、ラズリーは力なく地面に崩れ落ちる。どさ、という音だけが空しく響いた。弾丸を撃ちつくした銃は、まだラズリーの手の中に残されていた。
 「すまん、――俺は、やっぱり」
呟いて、ローグは身を翻した。はっと我に返った警官たちがラズリーに駆け寄り、息が無いのを確かめるや蜂の巣を突付いたように騒ぎ出す。
 「担架を! 早く担架をもってこい」
 「犯人が逃げたぞ、追え!」
 「人殺しだ。町長が殺された!」
ユーフェミアは、人に踏み潰されそうになっているルベットを抱きかかえて大通りとは逆のほうへ向かって走った。ローグのことだ、この程度では捕まるまい。ルシアも、クラウスの車椅子を守りながら、必死で逃げてくる。途中、彼等に気づいた町の住人が背後から何かを叫んでいたが、聞いている余裕は無かった。
 クラウス邸に戻ったとき、表はまだひどい喧騒の中で、大した距離を戻ってきたわけでもないのに四人は疲れきっていた。
 ルシアが冷たい水を振る舞ったところで、ようやくクラウスが最初に口を開いた。
 「順調にいくはずはない、と思ってはいたが。…まさか大衆の面前でローグを殺しにかかるとは」
 「頭に血が上っていたのね。賞金首だし、殺しても罪には問われない」
 「ああ、決闘の挑戦を受けたとはいえ、実は状況はラズリーに有利だった。ラズリーには、合法的にローグを殺すことが出来た。決闘のおきてを破ったところで、町の人々の不評を買うくらいのものだったろう。…だが決着が早く付きすぎた。」
ルシアが続ける。
 「あの決闘がどちらに転んでも、たとえ義父が受けて立たなくても、わたしたち、義父を訴えるつもりでした。クラウスへの毒殺の容疑で。」
 「そう、そちらは十分な証拠がありましたから。でも、今となっては――。ラズリーは死に、裁判も刑も受けることなく、己の命で罪を購うことになってしまった。」
 「ローグはどうなるの?」
と、ユーフェミア。「あれは正当防衛にならないの? ラズリーは銃を滅茶苦茶に撃ってたし、無関係な人に当たる危険もあった」
 「そうだな。それは町の人も証言してくれるだろう。だが、ローグは賞金首なんだ。カイル殺しの犯人がラズリーだという確固たる証拠は無い。今となっては、完全に嫌疑を晴らすことも出来ない。いかなる理由であれ、賞金首が人を殺せば、それは重罪扱いになる」
 「そんな……。」
ドンドンドン、と激しく扉を叩く音がした。「クラウス・フロベールさん! いらっしゃいますか? フロベールさん!」
ルシアがそっと外を伺う。
 「警官だわ… どうしよう」
 「開けなさい、ルシア。我々は何も恐れることはない」
言われたとおりにすると、十人ばかりの警官たちが、どやどやと踏み込んでくる。ホールにいる四人を取り囲むと、一人が形ばかりの敬礼をした。
 「失礼。逃亡者が隠れていないかどうか、家の中を確認させてもらいます」
 「結構です。弟はここには戻っていませんよ」
合図すると、警官たちは一人を残して家の中に散らばっていく。残った一人は、さて、と一区切り置いて手帳を取り出した。
 「なんとも厄介な事件が起きたものです。我々も途中から見ていたのである程度のことは知っていますが… まあ、目撃者も多いので、見て分かる話はお話していただく必要がありません。お伺いしたいのは、三点です。一つ、十年前の事件について、なぜ今になって新事実が発覚することになったのか。どのようにそれを知ったか、あるいは知っていたなら何故今まで隠していたのか。その辺りをお伺いしたい。二つ、今回の決闘劇はどのようにして仕組まれたのか。無論あなた方は共犯者でしょうな。決闘は違法になる。重罪ではないが罰金にはなるでしょう。もっとも、逃亡者を匿っていたとなればさらに罪は増えますが―― 第三は」
と、ここで警官は言葉を止め、車椅子に乗せられたクラウスの姿を見やった。
 「亡くなったラズリー・フロベール氏の、貴方に対する暗殺未遂容疑についてです。こちらの先生が講演で言われたという毒と、貴方の症状について、またその企みに気づいた経緯など、詳しくお聞かせ願えませんかな?」
クラウスは、にっこりと社交的な笑みを浮かべた。
 「よろしいでしょう。では、その話から始めます。そもそも今回のことは、こちらのトランデル先生が私を蝕んでいる病魔の正体にお気づきになられたことから始まるのです……」



 聞き取りは、夕方までかかった。その間クラウスは明快に受け答えをし、自分たちは全く何も隠していないのだ、ということを強調した。ただ、十年前の事件については、少々説明に苦労した。遺跡の泉で過去を見たとか、幽霊に教えてもらったなどと、一体誰が信じるだろう。それに、ユーフェミアがオッディ大学に通ったことなど無いことや、ルベットとクラウスの知り合ったのがつい最近だということ、ルベットとユーフェミアが祖父と孫ではないことなども、あまり突っ込まれたくは無かった。
 結局それは、ルシアが嘘をつくことで誤魔化した。
 「最近になって、酔っ払った義父が漏らしたんです。当時のこと…。最初は冗談だと思っていましたが、何度か問いただすうちに、疑いが確信に変わっていきました。」
ルシアの堂々とした答えぶりは、実はなかなかのものだったった。あの、泣きはらした弱々しい若妻の面影は消えている。
 「では、ローグ・フラウムベルグがこの町に戻ってきたのはいつです? あなた方はそれを知っておられた。彼にその疑惑を伝えたのですかな?」
 「いいえ」
彼女はすぐさま首を振った。「彼は知っていました」
 「知っていた? 十年前の事件が濡れ衣だと、知っていたというんですか。知っていて、逃亡者になった、と?」
 「そうです。それで良かったんだと思います。元々、町を出るつもりだったようですし、――帰らずに済む口実が出来たんですから。今回だって、クラウスのことがなければ、きっと戻ってこなかったと思います。彼は言いました。”一度たりとも自分の心を裏切ったことは無い”と。」


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