雲の向こうへ

古い沼には、一匹のさかなが住んでいた。
ずっと昔、その沼がまだ大きな湖で、ほとりに綺麗なお城があったころ、
そのお城の主の王様が、お姫様のために異国から取り寄せた 珍しいさかなだった。
けれど 時がたつうちに 王様もお姫様も いなくなり、お城もいつしか朽ち果てて、
お城と同じ名前で呼ばれた湖は 少しずつ小さくなっていった。

池のほとりの町が村になったころ、湖は池になっていた。
誰もが 城の前を忘れてしまったころ、湖は、ちいさな沼になっていた。
それでも さかなは沼の奥底で、静かに時を過ごしていた。

さて、年を経て、魚はどんどん大きくなり、だんだん息が苦しくなってきた。
ここではもう暮らせない、もっと広い場所に行かなくては。
さかなは大きく息を吸い込んで、ついには沼を飛び出して、遠い空へとまっしぐら。

雲の海ならどんなに大きく育っても、息が苦しくなることはない。

そのとき人々は、ようやく あの忘れられた美しいお城のことを思い出した。
そのお城のほとりにあった湖のことも。
けれど、どんなに思い出そうとしても、そのお城の名前は 分からなかったのだった。