月へ向かう --for the moon

遠い遠い昔のこと。
月は、今よりずっと大地に近かった。赤く、巨大で、
沈むことも無かった。
ただ、いつも、水平線の近くまで降りてくるだけだった。

海には、一匹の巨大な魚が住んでいた。
いつからだろう。月の降りる時刻になると、その魚は、海を蹴立てて天高く、飛び上がるようになっていた。
飛び散る飛沫は滝のように大地に降り注ぎ、おびただしい数の湖を生んだ。
何度も、何度も、日が巡り、年が過ぎても、魚は水面を蹴りつづけた。
狂った月の輝きに赤く照らされて、銀色の魚の体も、赤く血のように染まっていた。
その姿は、まるで、月に体当たりをして撃ち落そうとしているかのようだったという。

そうして、長い時が流れた。
海は静まり、月は、冷めた白い顔で海の中へ沈むようになっていた。


あの魚がどこへ行ったのか、今はもう、誰も知らない。