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  アドラー  


Adler,A,.1879−1937

 オーストリアのウィーン郊外に生まれる。

 ウィーン大学で医学博士号を取得。フロイトに師事した、と教科書に書かれているが実はフロイトの弟子をやったことはないらしい…。単に、フロイトやユングと同時期にウィーンにいたというだけなんだって。

 彼は「劣等感」という言葉を創った人物で、初期の頃は、この劣等感を優越感に変えようとする「補償」という精神作用についての研究を行った。
 しかし後期には「共同体の心理学」という言葉を強調し、"人は一人で生きてるわけじゃないんだ、集団で生きる生き物である以上、フロイトみたいに個人の内部をイドだのエスだの分割する考え方は間違ってる"と、主張したようだ。
 …それでフロイトと仲が悪かったらしい。(フロイトの性重視の見方が気に食わなかったわけではないのね)

 さらに(これは初期のころの意見かもしれないが)、ユングについて、"幼児期のトラウマだの過去の失敗だの、過去にばかり左右されるパーソナリティはおかしいでろう。人は未来に向かって生きていくものだ。自らの劣等感を克服し、明日へ向かって向上しようとする存在なのだ"と主張している。
 ここから、人間性心理学の基礎が築かれた。

 アドラーは後にアメリカの大学で教授職に就いている。

 なお、お弟子さんたちにユダヤ人が多かったため(ユングもユダヤ人だ、そういえば)、第二次世界大戦のユダヤ人迫害の中で彼の理論は急速に衰え、のちルドルフ・ドライカースによって復興されるまで手付かずの状態だった。



【関連研究】


■補償

 自分の弱点をカバーするために他の望ましい特性を強調することを指す。劣等感に由来する心理的緊張を、他の側面で優れることによって解消しようとする機能である。
 アドラーにとって、真の意味で成功した補償とは、社会的関心が伴っているものを指した。つまり、いくら安定してても引きこもりはダメ! 劣等感を克服する際に、他者に感心を持ち、社会の幸福に貢献することを忘れてはならないのである。
 重要な点として、アドラーの言う論では、その行動がコンプレックスから成されていることと、行為の価値とは関係ない。たとえば、自分が醜いことへのコンプレックスから美容整形の技術を研究してみごと成功したとしたら、その成功がコンプレックスに由来していたとしても、べつに問題はない。どんなコンプレックスを持っていても、それが明日への活力になるのなら問題はない。

■関連リンク(別サイトへジャンプします)
 アドラー心理学
 ヒューマン・ギルド


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