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第五話 セクメト様の人類抹殺計画
エジプト神話にも、神の怒りによる世界の破滅神話はありました。
しかし、お約束の洪水伝説ではなく、なんと美しい女神様が一人で暴れまわって人類を抹殺しようとするんです。
力と破壊の化身、獅子の姿をとるセクメト女神は、たぶん最強の戦いの女神様。
これは、彼女の誕生と、世界破壊計画の顛末を語った物語です。
***
この女神を生み出したのは、かの太陽神、ラーでした。
それはまだ、神々が人間と同じ肉体を持ち、この地上にいた時代のこと。
長生きとはいえ、肉体を持つ以上、神々も年は取ります。ラーがそうでした。
いいかげん年をとり、だんだんモウロクしてきていたラーを指差して人間たちは、ジジイ呼ばわりし、いい加減、議員バッヂを返して引退しろよと声高に語り始めました。
分かりますがね、その気持ち。
しかしラーは、権力に固執して「終身現役」とか言い出す、嫌なタイプの為政者だったので、そんな意見には耳も貸しません。
さらに、人間というのは自分が作ったもんだと思い込んでいるので、「創造主に逆らうとは、なんたる愚か者たちめが。貴様らなど、ワシのために祈る人形よォ!」…くらいの勢い。
オイオイ、人間を作ったのはクヌム神じゃぁなかったっけ? とかいうツッコミは、このジイさんには聞こえていないのです。世界はワシのもの。ワシのものはワシのもの。
ムチャクチャです。
心優しいオシリス神や、人間びいきの大気の神シュウなどはラーに思いとどまるよう言いますが、頑固ジジィと化したラーは聞きません。
「ええぃ! 貴様らまでワシを愚弄するのかッ。…さては、このワシを亡き者にして王座を奪おうというのだなッ?!」
「そんなことしませんってば。」
なんかもう、誰も信じられなくなった独裁者状態。
そんなラーは、お供も連れず一人コッソリ、大地の神ゲブのもとに相談に行きました。
ゲブは大地そのものです。ラブラブだった、妻・天の女神ヌトと引き離されて(天地開闢の神話)、今でも妻と再びくっついてイチャイチャしたいと思っています。つまり、「世界は混沌としていたほうがいい。天と地はくっついてたほうがいい」と思ってるのです。
しかも、ラーに思いとどまるように言った大気の神シュウは、自分と妻を隔てた張本人だったり。
そんな人に相談に行っちゃうあたり、人選間違えてます。
ゲブは、
「愚かな人間など滅ぼしてしまえばいい。何を迷うのだ? お前は偉大なる神だろう」
なんて、たきつけます。
ラーも相当単純なもんで、「そうか。そうだよなあ。このワシがイチバンえらいんじゃ。よぉし、馬鹿にしおった連中に神罰を与えてくれるわ! フハハハ!」なぁんて、キレちゃって。
戻るなりラーは、自らの右目をブチブチブチっと抉り出し(!)、激痛にうめきながら、その右目に己の憎しみと痛みをこめました。
こうして生まれたのが、セクメト女神です。
太陽神ラーの恐るべき行為によって生まれたこの女神は、最初から「神をあがめない人間たちを抹殺するために創られた」神でした。
獅子の姿をしたこの女神は、生みだされた目的のままに、その鋭い爪と牙で人間を惨殺して回ります。逃げ惑う人間たちは次々と斃れ、街はまるで赤い海のよう。もちろん、この女神に人間の武器なんか通用しません。
来る日も、来る日も、大勢の人間が殺されて、あっとういうまに人間は絶滅の危機。
これを見かねた神々は、いいかげん、あの恐ろしい女神を止めよ、と、ラーに進言しました。人間たちがいなくなっては、誰も神々を敬いはしないだろう。
今や誰も神殿にお供え物をせず、祈りは恐怖に取って代わられた。あなたは、これで本当に満足なのか? と。
ラー自身も、セクメトのあまりの残虐ぶりに少々恐ろしくなってきていたところですので、この女神を呼び寄せ、「もうそろそろいいだろう」と、言いました。
しかし、人間狩りが楽しくて仕方ないセクメトは、聞きません。
「何故止めるのだ、父上よ。おじけづいたのか? 私は、人間を皆殺しにするために生まれたのではないのか。」
「いや、しかしなぁ…。ちょっとやりすぎというか…。」
「私に【やれ】と命じたのは、あなただ。今さら退けぬわ。それとも、あなたは、今の地位を降りるのか?」
「うっ…。そ、それは…。」
「ならば、口出ししないでいただきたい。私は、血の色に酔いしれていたいのだ。」
そうして、セクメト女神は、さっさと狩りに出かけてしまいました。
これはマズイと感じたラーは、どうしたものかと神々を呼び寄せ、知恵を借りようとしました。今さらかよ。マスコミに漏れてから役員会召集じゃマズいんだよ。アンタが責任とれよ。
ってのが本音としても、どうにかしないことには世界の存亡にかかわります。
しかし誰も、この女神を力づくでは止められません。セクメト女神は、神々みんなが寄り集まっても無理なほど、ちゃっとヤバいめに強かったのです。
そこで神々は協議しました。まずは人間の娘たちを集め、麦を集めさせます。
「ビールを造れー!」
がんがん麦を踏んでビールを造ります。
「色をつけろー!」
薬草をしぼって、ビールに血のような赤い色をつけます。
そう。
これは、生き血をすすることが大好きなセクメト女神に、血にそっくりな酒を飲ませて酔わせてしまおう大作戦だったのです。
なんか、どっかで聞いたような話ですよね。
はたして、この酒を並べて人々がどきどきしながら物陰に隠れていると、セクメト女神がやって来て、いい匂いのする赤い液体を眺め始めました。
どうやら、気に入ったようです。
あっ、飲み始めました。スゴイです。めちゃめちゃ飲んでます。大酒豪です。
…なんかちょっとフラついてきました。イケるかも? おっ? うわあ…。
セクメト女神は、酔っ払って寝てしまいました。作戦成功!
神々は大急ぎでセクメトを回収して、一部力を封印します。具体的にどうやったのかはナゾですが、人間抹殺プログラムを消したものと思われます。
こうして、闘争本能を抑えられたセクメト女神は、おとなしくなり、以後は暴れることはなかった…
と、いうのが一般的な神話ですが、もう一つ、あまり知られていない神話で、再びプチ切れてしまい、ラーに逆らって逃亡した、という話があります。
このときも、連れ戻すのはタイヘンだったらしいです。
なんでも、国境を越えて南のヌビアに行っちゃったとかで。
「どーするよ?! 隣国で大暴れしたら国際問題っスよ。て、いうか、強制連行は出来るんですか」
と、神々は大騒ぎ。そこへヘジュ・ウル(のちにトトに吸収される知恵の神)とオヌリス(名前は似ているがオシリスとは別人。戦いの神)が、セクメトを連れもどせ、との勅命を受けて旅立ったそうです。
知恵の神と戦いの神で、最高神の密名を受けて外国へ旅立つあたり、なんかドラマありそうな雰囲気ですが、具体的にどうやって連れ戻したのかは、ナゾ。強制送還されてからのセクメト女神は、わりとおとなしく、結婚などして平和に主婦をやっているとか。
そして、この事件の責任を取ってラーは神々の王の座を辞任し、引退することを決めました。事実上、不信任可決で追い出されたカンジなんですが。
そうとうヤんなっちゃったらしいです。人間世界を治めるの。
こうして、ラーのいなくなった後、オシリスがその座を継いで人間界を治めるようになるのですが…
オシリスの王座を奪おうとする弟・セトの陰謀と、ホルスの王座奪還物語は、また別の機会に。
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