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第百七十五章

アニのパピルスより

再び死することなきの章。

オシリスすなわち勝利を得たる書記生アニ曰く、「万歳、トトよ。女神ヌトの子らに起こりたることは何事ぞや。我等は戦闘をなせり、彼らは争いを支えたり、彼らは悪事を行えリ、彼らは悪鬼を創造せり、彼らは殺戮を行えり、彼らは困窮を引き起こせり。それらの行為にて、強者は弱者に反対したる行為を為せり。
おお、トトよ、願わくば、アトゥム神の命じたることが行われんことを。汝は悪を思わず、汝は彼らがその年を混乱させ、群がり進みてその月をみたさんとする時にも、憤激することはなし。我は汝の化粧板(筆写に使う石のことか)なり、汝のインク壷なり。我は秘密処にて悪事を行う者たちの仲間にはあらず、願わくば我に災いを起こらしむることかれ。」

オシリスすなわち書記生アニ曰く、「万歳、アトゥムよ。我来れる此処は、如何なる有様の土地ぞ。其処に水は無く、其処に空気は無し、其処は計るべからざる深所にて、極めて暗き夜の如く暗く、しかして人は、力なく其処に彷徨す。其処にては人、心に安んじて生活するを得ず、愛の渇望は其処にて満たされることあたわず。されど、水または空気、または愛の渇望を我に与えるかわりに、我に輝ける状態を与えよ。菓子や麦酒の代わりに、心の平穏を与えよ。アトゥム神は汝の顔を見、痛ましきものどもに悩まさることなきよう命じられたし。願わくば、すべての神々、汝に伝えるに、数百万年間、その座を以ってせんことを。汝の座位は汝の子ホルスに伝われり、しかしてアトゥムはその進路の聖なる君らの中に在ることを命じられたり。
彼は汝の座を支配すべし、彼は二重の火の湖における生者の座位の相続者たるべし。我は彼の代理者なること、かねてより定めれしなり。我、アトゥムの神の顔を仰ぎ見たることも、すべてかねてより定められしことなり。果たして然らば、我等はいつまで生きながらえるべきものなるや。
汝が数百万年を生き、数百万年の生命を有すべきは、すべて定められたることなり。願わくば、我を許し、聖なる君らの中に加えたることを許したまへ。何となれば、我、この世が原初の水より出でし時より、昔の時代より、行える所の一切の悪事を今、実に廃棄しつつあればなり。我は運命にして時なり、またオシリスなり、我は変形して蛇に似たるものとなれり。我はすべての神よりも二重の美をなしたれど、人はこれを知らず、神々もまた、これを見ることあたわざる。我は彼に、死者の大地を与えたり。しかして、誠に彼の子ホルスは、二重の火の湖の上における生者の座位の上に、彼の相続者として座せり。我は彼をしてその座位を、数百万年の舟の中にあらしめたり。ホルスは己の座位の上に、己の朋友とともに彼に属するもの一切のものの中に確立せり。まことに、全ての神々の魂より偉大なるセトの魂は、出発せり。願わくば我をして、我が随意なる聖なる舟の中に彼の魂を縛せしめたまえ。また、彼をして聖なる体を恐怖せしめたまえ。おお、我が父オシリスよ、汝は汝が父ラーが汝のために為せることを我が為になせり。願わくば、我がこの地に住まい得しことを。願わくば、我がこの座位を保護したまわんことを。願わくば、我が相続者の強からしめんことを。願わくば、わが墳墓と、地上における盟友らの繁栄せんことを。願わくば、我が諸々の敵らが滅亡と女神セルク(セルケト?)の束縛に渡されんことを。我は汝の子なり、しかしてラーは我が父なり。我にとりても汝は命と、生命と、健康をなせり。ホルスはその座位の上に確立せり。願わくば汝、わが生涯の日をして礼拝と名誉とに至らしめたまえ。」


◎注釈

別名「アトゥムとオシリスの会話」。死者がオシリスとなって、アトゥム神に語りかけているが、同時に生きていた時代にはホルスでもあったという。
この175章は、古代エジプト人の世界観が記されているとされる。「数百万年」というのが神々の世界の寿命であり、その後は世界がなくなってしまうが、オシリスたる死者はその後にも生き残ることが出来るようにと望んでいる。(つまり"再び死ぬ"とは、死者の世界での復活後、世界ととに消滅することを指すようだ)

なおトト神は、時や運命を支配する神とされ、神々の寿命も彼が管理していたようだ。冒頭で死者がまずトトに祈るのはそのためらしい。

175章の内容にはほかにもバリエーションがあり、一部は、死者の首元に飾られるラピスラズリ製のホルス像の護符に刻まれていたという。



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