古代エジプトにおいて、神とみなされる動物はすべてミイラ化して丁寧に埋葬する対象だった。
家族同然に可愛がった猫を、今風に言うところの「ペットの墓地」に収めるためにミイラ化することもあれば、たとえば猫女神バステトの神殿に猫のミイラを奉納、犬神アヌビスとして墓に犬のミイラを入れる、鴇神であるトトの化身として鴇のミイラを家に置く、などといった宗教的な意味合いも込められていた。
単なる動物の干物と思う無かれ。人間のミイラと同じ手法で作られ、アカシアやシカモア・イチジクの木で作った立派な棺に納められ、ウジャトなどの副葬品もつけられているのだ。さらには、生前の姿を再現すべく、樹脂で作った耳をつけたり、尻尾に芯を入れたものも見つかっているという。
ちなみに、カイロ大学では現在も「ミイラ作り実習」なるものが行われており、学生が、ウサギなどを使ってミイラ作りを再現しているという。
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【蛇】
蛇も神格化されたものであるから、もちろんミイラにした。
…が、ミイラにしたといっても、蛇のような細長いものをどうやって包んだのか。
人間の遺体でさえ乾燥させるとかなり縮むのだが、蛇ももちろん、縮んでしまうだろう。
発見されている蛇のミイラのデータを見ると、「長さ19センチ 幅12センチ」とか、「直径14センチ、高さ7センチ」とか、「長さ23センチ、幅20センチ」とか、かなり小さめである。また、中身も、「皮」と「一部の骨片」になってしまっていることが多いようだ。
【ライオン】
壁画において、王の側にはべる「ペット」としてのライオンがミイラ化されたものとされる。飼育が難しいことなどから絶対数は少なく、2004年に
ツタンカーメン王に仕えていた女性の墓から発見された例が、確かなものとしては最初。それ以前にも発見されていた例があるのかもしれないが、かつては金銀財宝や王のミイラなどが重視され、それ以外は価値のないものとされていたため、記録もとらずに放棄されてしまっただろうという。
【スカラベ】
スカラベとは、エジプトにいるフン転がし(甲虫)である。
実は最近まで知らなかったのだが、「スカラベ」というのはフランス語であるらしい。
エジプトで神格化されているものは、日本語では「タマオシコガネ(玉押し黄金)」という、見たまんまな名前なのに対し、ラテン語では「神聖黄金虫(Scarabeus
sacer)」という、なんだか在り難い名前になる。このラテン語名から英語のスカラブ(Scarab)とフランス語のスカラベ(Scarabée)が生まれた、というわけだ。
そのスカラベのミイラが、あるのだ。
…ミイラというか、単なる昆虫標本のような気もするが。
古代エジプト人は、スカラベの意匠をこらした、宝石箱のような小奇麗な箱の中に、スカラベの死体、ではなく"ミイラ"を丁寧に仕舞っておいた。時には丁寧に布にくるんだりもしたようだが、当然のことながら、何千年も経ってしまった今では、ほとんどのミイラが消失してしまっている。むしろ、完全な形で残っているものがあることのほうが、驚きだろう。
【鰐】
ナイルワニは水の神とされ、主に農耕地帯で神聖視された。成長したものだけではなく、卵や生まれたてのものも埋葬したようで、卵を埋葬する場合には、殻を瀝青で接合した。
ちなみにワニは、エジプトの中でも地域によって「悪神」とされるか「善神」とされるかが、激しく分かれる動物でもある。
神話の中での役割が二分化されているのと同じく、ワニに対する人々の態度も、地域によって大きく異なっていたのだろう。
【鳥類】
鳥については、非常に種類が多い、まずホルス神の神聖動物である鷹はもちろんだし、ネクベト女神やムト女神の神聖動物であるハゲワシもミイラにされた。
ちょうど「古代エジプトの動物」(六興出版/黒川哲郎/1987)に、ミイラにされた鳥類のリストがあったので、コピーしてみる。
アオハシコウ
アフリカクロトキ
ブロンズトキ
エジプトガン
ミサゴ
ハチクマ
ハイイロトビ
アカトビ
トビ
オジロワシ
エジプトハゲワシ
シロエリハゲワシ
ミミヒダハゲワシ
ハラジロワシ
チュウヒ
ハイイロチョウヒ
ウスハイイロチョウヒ
ヒメハイイロチョウヒ
ガバールオオタカ
ハイタカ
レバントハイタカ
ノスリ
ニシオオノスリ
カラフトワシ
カタジロワシ
ケアシクマタカ
ヒメチョウゲンボウ
チョウゲンボウ
アカアシチョウゲンボウ
コチョウゲンボウ
チゴハヤブサ
ラナーハヤブサ
ワキスジハヤブサ
ハヤブサ
イシチドリ
セネガルサケイ
カッコウ
メンフクロウ
コノハズク
ワシミミズク
トラフズク
コミミズク
ニシブッポウソウ
ツバメ
学名は、書くのが面倒なので興味ある人だけ調べてねっ♪ …で、まあ、ミイラにされていたということは、その鳥は古代エジプトに生息していたということになり、当時の鳥類分布も分かるというわけなのです。
ちなみに、崇拝の対象にならない鳥については、
死者の食物とするため墓に収められた模様。
【牛】
牛は、雄雌ともに聖なる動物として扱われた。雄牛は、太陽神の聖獣として、アピス、ブキス、ムネヴィスなどと呼ばれていた。雌牛は、愛や音楽の女神ハトホルの化身である。
プタハ神の聖域、メンフィス大神殿では、特に牛が重要視され、特別に牛を飼育し、その牛が死ぬと、人間と同じ方法でミイラにして丁寧に埋葬した。その信仰はギリシア・ローマの時代まで続いたという。
なお、牛専用の神殿をギリシア語で「セラペウム」と呼ぶ。
【魚】
エジプトには、オクシリンコスに代表される、神聖とされた魚たちがいた。ハトメヒト女神のような、魚を神格化した神様もいた。
そうした魚たちもエジプト人はミイラ化していた。ミイラというか見た目干物ですが… ええ…。
同じ種類の魚たちが山ほどミイラ化されて墓に収められているさまはかなり不思議。そもそも食べられる生き物をミイラにするってのはどうなんだろうと思わなくもない。