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神様とファッションの話。

−神様だって、オシャレをしたいお年頃。−



古代エジプトは、古代世界の中では何度か「最先端」の文明を築いた時代がある。豊かな時代、人々はヘアースタイルや衣類、アクセサリーに大いにこだわり、マニキュアやアイシャドウといった、今の時代に通じる文化も編み出している。
しかし人々がオシャレしているときも、神様の姿だけはほとんど変わらない。古王国時代に着ていたファッション、ぴったりしたタイトスカートと幅広の首輪、そして腕と足のわっか。地味だ。女神様のタイトスカート

想像しやすいところでいけば、日本のアマテラスオオミカミなどを思い浮かべてほしい。人間世界でミニスカが流行ったからといって古来よりおわす由緒正しき神々がミニスカを履くわけにはいかない。心の中では、ちょっとやってみたいかもー、なんて思っても、出来心でガングロなんてしてはいけない。

そう、神様という職業は厳しいのである。仕事中は、つねに制服を着ていなくてはならないのである。人間の前に姿あらわすのに、うかれてチャラチャラした格好してたのでは、権威が廃るというもの。

エジプトの神々が、みな一様の似たような格好をして描かれているのは、それが伝統ある、由緒正しい神のスタイルだったからに違いない。

以下、神々の着用した代表的な「由緒正しいファッション」の幾つかを紹介してみる。


●髪型

かつらは古代王国の装飾品としてはポピュラーなもので、庶民から王族まで、幅広く使われていたものだという。しかも、時代によって流行があり、王朝ごとに壁画や彫像の髪型が違っていたようだ。「今王朝の最新式は、このウェービーヘアー♪」など。ファッション雑誌なんて無い時代だが、町のみんなが流行りのカツラをつけていたら、きっと自分も欲しくなったことだろう。
いつの時代も、人の習性は変わらない。

ハトホル・スタイル
人間が神々の真似をしたものか、「ハトホル・スタイル」と呼ばれる、ハトホル女神の髪型に似せたカツラもあった。左図のコレである。
髪の毛のふさをくるっと巻いている。ふさはリボンでとめられているように見える。若い女性に特有な「色っぽいカンジ」の髪型で、まあなんていうか、この髪型にすると魅力的な美人になれたわけですよ。

現代人が有名な女優さんのヘアスタイルを真似してあやかろうとするように、ハトホル女神の髪型を真似ることで、古代人も女神様のような素敵な淑女になりたかったと。そういうこと。

髪型は神様ごとに決まった形があり、イシスやネフティスなどは常にロングヘア、サティスのような戦いの女神様は短い髪の毛でまとめている、など、担当部署によって決まりもあったようだ。


しかし、これらの全てが「かつら」で作られていたわけではない。
よく言われるように、古代人のすべてが「地毛を剃り、かつらを好んだ」わけでは無さそうなのだ。「古代エジプトの秘薬」(産学社)より、医療パピルス訳を抜粋してみよう。

・蓮(古代エジプト名/セシェネ)
使用例−毛髪を成長させる ハスの葉を油か脂肪に入れて煮て、それを頭に付ける。

・カノコソウ(古代エジプト名/シェアシュア)
使用例−毛髪を生えさせる軟膏 タマリンド、カヤツリグサ、タマリスク、カノコソウ、エンマーコムギの種子、油か脂肪、蜂蜜を混ぜて、それを頭に塗り包帯をする。


このように、何種類かの「育毛剤」処方箋が発見できる。
育剤があるからには、毛髪を育てなければならない人はいたはずで、ハゲがイヤだという文化もあったかもしれない。よく言われる、「暑い時期には、髪を剃ったほうがシラミが沸きにくく、衛生上よい」という説も、カツラで頭皮を蒸してしまっては意味がないような気がするものだ。

また、実際に「かつらではない」地毛を持った人々が図や彫刻作品として残っている場合もある。左図は髪の毛をすいている彫像。もしこれがかつらだったら、頭から取り外してメンテナンスをすればいい。地毛で、頭から取り外せないから直接毛づくろいをしていると思われる。

激しいアクロバット運動をする踊り子たちが、無理やりカツラを頭にとめて踊っていたとも考えにくいし、髪を振り乱して嘆く葬式の泣き女たちがカツラを道端に落としながら泣いたかどうかというと少し疑問にも思う。


ただ、面白いことに、脱毛剤というものも存在する。

・ヘンナ(古代エジプト名/ヘネウ)
使用例−脱毛にポマードとして

・ベン油(古代エジプト名/ベアク)ワサビノキの種子から採取した油
使用例−毛髪が抜ける誘引となるもののために。不明のアーネアーレ・ト虫の煮たものを、油か脂肪とベン油の中に入れてくたくたに煮て、頭に付ける。


剃った後、この脱毛剤で仕上げをしたのだろうか?
推測するに、神官や、つねにかつらを装着していなければならない王など、特定の職業の人は脱毛剤を使い、そうでない人たちは、地毛にコダワリを持っていたのではないか。ちなみにカツラは主に人間の髪の毛で作られていた。ということは、ロングヘアなかつらを作るためには人間のロングヘアが必要なわけで、やはり、髪の毛を伸ばしている人はいたことになる。

人間たちのこだわりはこんなカンジである。
もしかすると、神々の中にも、地毛派とカツラ派がいたかもしれない…なんて、そんなことを考えてみるのも面白い。


●かぶりもの

カツラだけでなく、その上に被る帽子にも決まりがある。
たとえば、第一位の王妃など、高貴な人々しか着けられない、「セレブ御用達ファッション」。それが右図のムト女神の象徴、ハゲワシを意匠にした高位王妃専用かぶりものである。(左が王妃、右が女神) 王妃が頭につけているのがハゲワシの帽子である。
これに対し、下位王妃はアンケト女神の象徴ガゼルをあしらったティアラが専用のかぶりものとされていた。

王専用の「ファラオ用ドリームハット」といえば、神々と共通した赤と白の背の高い帽子である。赤がしたエジプトの王権を意味する「赤冠」、白が上エジプトの王権を象徴する「白冠」。赤冠は下エジプトの守護女神ネイトやウアジェトが、白冠は上エジプトに聖地を持つオシリス神やネクベト女神が被っている。


●武器

武器も神様が仕事をする上で大切なアイテムである。

神々が標準で装備する武器は、「杖」。
装備品でよく出てくるものとして、ヘカ(ト)・フラジェルム・ウアス杖・プスケントなどがある。(画像は「神様装備品」コーナー)

これらは権力や支配をあらわすもので、神々のほかには基本的に「王」しか持てなかった。特別な地位をあらわすもので、「神様といえばアレ」と言われるほど、畏れ多いものだったのではないかと思う。
すべての神々が、基本として持つものが「ウアス杖」だ。これは、先端部分が黒犬のような形になっていることが多い。どうしてそのような形をしているのかはいまだもって謎だが、いかにも握りやすそうな取っ手の部分を持つのではなく、その少し下を持つのがポイントなので持ち方を間違えないように(笑)

また「ヘカ」は、魔力をあらわすとともに牧者の杖でもある。
この杖で思い出すのは、のちのキリスト教でいうところの「牧師さん」だが、関係があるのかどうかは、やはり謎のままだ。

大抵の神々は、これら杖を装備した姿で描かれ、たとえ戦いの神であっても、片手に槍、片手に杖というように、武器と権威の証をあわせ持つことが多かった。武器の場合、多くは槍、弓、またはナイフといったもので、大型の武器は見当たらない。
これには、エジプトの国土はほとんどが砂漠地帯で、重い武器をひきずって行軍するのに向いていないことも関係しているだろう。
重機や、火器が発案されなかったのも、同じ理由からだろう。戦車すら、かなり後の時代になるまで導入されなかった。
猛烈に暑い砂漠の国で重たい防具など身につけられるはずもなく、神々は薄着のまま描かれていた。

外国起源の神の場合だと、同じ剣や槍を持つのでも、少し大型なものを持っていたり、ブーメランや投げ石など、特殊な武器を持っていることがあったようだ。


●衣類

神々の衣類は、壁画などで見ると、とても鮮やかな色合いをしている。
真っ赤なタイトスカートのイシス。全身緑の包帯で巻かれたオシリス。…だが、実際の古代エジプトでは、派手な色合いの衣服より、単純に白いものが好まれたようだ。
もちろん染料はあっただろう。だが、汗ですぐにべとべとになってしまい、一日に何回も着替えなくてはなかなかった古代エジプトの人々にとって、色なんか、洗濯しているうちに落ちてしまう意味のないものだったかもしれない。木綿の白、これが衣服の基本色で、暑い地方に暮らす人々にとっては適切な色でもあった。
では、なぜ神々だけが、派手な格好をしているのだろう?

答えは…おそらく「派手で、見やすい」から、だろう。
壁画はすべて、石の上に白い漆喰を塗り、その上に重ねて描かれていく。もともとの背景が白いのに、白い服の神々ばかりでは、なんだか味気なくなってしまう。

そして「色」は、感覚を通して神々の属性を直感的に知らせる因子でもある。
オシリス神は再生復活を象徴する神であるがゆえに、”芽生え”を連想させる緑で色づけされる。太陽神ラーはもちろん赤い。黒は冥界の色なので、アヌビス神など冥界に関わる神々に使われる。黄色は女らしい色とされ女神の服装によく使われる。

色の指定についてのテキストが絵師の家に残っているわけでもなく、結局のところ、神々がなぜ、その色で塗られるようになったかは、推測するしかないのだが、確実に言えるのは、黄色いオシリス神はいないし、黒い服を着たイシス女神はいない。神々には、それぞれ、纏うべき衣装の色があった、と、いうことである。人々の暮らしの中でも、これら「色の意味」は使われていたに違いない。


●アクセサリーetc.

古代エジプトの人々は装飾品を好み、どんな貧しい者でもひとつは金細工を持っていた、と言われるほどだが、神々とて例外ではなかった。肘より上につける腕輪や、足にはめる足輪、首周りの重たいネックレスはもちろん、蛇の形の洒落たイヤリングさえ装備して、公式行事に赴くときのフォーマルさで画面に登場する。

もちろん、神々の装備品はすべて、その神の「属性」をあらわす持物である。
権威ある神々は王冠をつけるし、自らが保護する人間たちに与える護符を抱えている神々もいる。
ベス神はおちゃらけたお祭り騒ぎの神様なので、神々の規範から逸脱したハデな格好をしている。アンケト女神はサンバカーニバルのごとく、いつも頭にもさもさした羽飾りをつけているが、ハタ目には奇抜に見えるその格好も、もしかしたら、何か意味のあることかもしれない。

神々がよく巻いているヘアバンドについても、よくよく見ると、その神によってコダワリらしきものが見受けられる場合がある。
なぜかシマシマのが好きだったり。なぜかトゲがついていたり。制服のすそを短くしたり、ボンタンはいてみたりするのと何か似ているような気もしないが…服装に多少、個性が出ている。
決められた校則(学校じゃないが)の中で、多少はオシャレしているようである。


○人間世界のファッション

さて、これらは神々の世界のファッションである。
神々は、身につけているもの全てがその神様の属性を表すものであり、アイデンティティだった。だから髪型も、服装も、装飾品も、色ですら、好きに変えるということは出来なかった。だが人間は、時代・地域ごとに好きにファッションを変えて生きてきた。

左図は、異国からやってきた人々である。白黒だと分かりにくいが、派手で面白い模様をした変わった服を着ている。また、サンダルではなく革靴を履いている。
神々の世界にも異国の神様はいるが、そのファッションはやはり何処か異国風。古いスタイルのままの神様は異国人がやってくる前から勤務をしていた神様、新しいスタイルの神様は異国人がやって来た時に転勤してきた新入りさん、と、ある程度分かりやすくなっている。


また、特殊な服というのもあった。
踊り子さん・娼婦さんが着るエロエロファッション、はがたエプロンみたいなやつとか。
右図はビーズで作られたスケスケの服。そんなもん作ってどうする、と言いたいが、出土しちゃったものは仕方が無い。古王国時代の出土品で、王様がお気に入りの女性に着せて楽しむための趣味の服だったと思われる。
こうした俗な服は神様は決して着てくれないものである。

神々のファッションは、時代通してほとんど変化しない。属性が変化したことによって持ち物がチェンジされることもあったが(例:ベス神が祭りの神から戦いの神へ→楽器をナイフにチェンジ)、基本スタイルは変わらない。壁画や宗教文書の中で、神様だけは人々の社会と異なる時間の流れの中に留まっている。人間と神様のファッションを比べて、時代の流れを感じてみるのも、面白いかもしれない。

#ところで、神々の着ている格好が「よる古い時代の服」だとしたら、人と神様が同じ格好をしていた時代は、あったのだろうか…?




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