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ファラオという職業の人為的死亡率:ファラオは「暗殺」されやすいか?




”蘇るミイラ”や”ファラオの呪い”は、ハリウッドのホラー映画によって広まった、ということを知っている人は、どのくらいいるだろうか。
モンスターとして想像される「ミイラ」は、包帯を巻いたゾンビである。しかし現実はマンガや映画でおなじみのミイラのような包帯の巻き方はしないし、そもそも棺だって人型になったのは新王国時代以降、末期王朝まで。それ以前は四角い、日本のお棺のような箱に遺体が収められていた、など、フィクションの世界と実際には大きな隔たりがある。

それと同じく、「ファラオの暗殺」というのも、実は、「古代エジプトもの」の中で繰り返し使われてきたお決まりのイメージが大部分を占める。血で血を洗う権力争いや、王位継承に絡む内紛は、どこの世界でも起こりえる。古代エジプト王朝の歴史の中、暗殺されたことが確実、または暗殺された可能性のある王というのは限られており、その人数が他の文明、王国と比べて著しく高いかというと、そんなことはないのである。


実際に暗殺されたファラオ様って、そんな多くないよね。

なのに何故かエジプトといえば暗殺ーみたいなイメージになってるのは何でなんだ、それがこの話の発端である。
少女漫画や小説もドラマなんかでよくある「ファラオ暗殺」モチーフは、

(1)ツタンカーメンの発掘とともに吹聴されて広まった、つくり話のイメージ
(2)実際に身内の暗殺の多かったプトレマイオス王朝のイメージ

これらが交じり合って作り上げられたもののように思われる。つまり史実に起因するものではなく、フィクション由来なのではないかということだ。

それでは、実際のところ、古代エジプト王朝時代を通して、「暗殺」された王、または暗殺された可能性が示唆される王とは、どのくらいいるものだろうか? 史実を検証してみよう。


■古代エジプト王朝を通してのファラオ様の人数

確実に存在したとわかる王だけを抽出して人数を数えることは難しいが、初期王朝から末期王朝が幕を閉じるまで約2500年間に在位した、330名ほどのファラオを母集団とする。(一部、女王も含む)
これは、プトレマイオス王朝時代に生きたエジプト人の神官マネトーが、「エジプト史」の中で述べたとされる(原本は残存しておらず、引用のみで伝えられる)人数である。ただしこの人数は誇張されている可能性もある。少なくとも、現在までに即位していたことが判明しているファラオ様の人数は、それよりも少ない。

■暗殺の証拠

ファラオ様の遺体がミイラとして残っている場合は、調査して暗殺の痕跡が見つかれば確定である。ミイラを調査した結果、かつては暗殺説が唱えられたが、明らかに別の死因だったと判明したケースもある。しかしミイラに痕跡がない場合、ミイラそのものが行方不明の場合は、死因の特定は困難である。また、ミイラの調査には慎重を要すること、ホイホ調査イ許可が降りるものでもないことから、未調査の王も多数おり、今後、情報は更新されていくものと思われる。


*** 以下は更新時点での情報です ***

●暗殺されたことが確定している王

・ラメセス3世

王の暗殺を企んだ者たちの裁判記録である「後宮陰謀パピルス」が知られており、その中で王が裁判中に亡くなったことを示唆する記述があったが、2012年の調査で、実際に王のミイラに致命傷となる生前の喉の傷が見つかった。そのため、実際に暗殺されたことが確定している。

●暗殺された可能性がある王

・アメンエムハト

第12王朝の創始者。アメンエムハト自身が書いた、という名目(実際は他人が書いた)の「アメンエムハトの訓戒」に、アメンエムハトの暗殺を示唆する内容がある。<アメンエムハトの訓戒/シヌヘの物語/エジプト史>

.アクエンアテン

第18王朝の王でツタンカーメンの父。アテン神という一神教による改革を断行した。王妃、王女たちとともに相次いで姿を消したことから、暗殺による強制排除説を唱える学者もいる。ただしミイラの歩人状態は悪く、ほとんど骨のため骨に残る傷が見つからない限りは暗殺されていても証拠は出てこない。また、暗殺を示唆する資料は今のところ何も見つかっていない。(むしろ疫病に依る死の可能性が考えられている)

. ペピ1世

第6王朝の王。暗殺を企てた王妃を裁いたとする裁判記録が残されている。未遂に終わったのか暗殺に成功してしまったのかが不明なため、ここに分類する。ただし、ペピ1世自体の在位が50年に及んでいるため、暗殺は失敗に終わり、王は天命をまっとうしたと見るほうが妥当とおもわれる。

・ラメセス4世

短命のうちに亡くなった王。
前の代にあたる父ラメセス3世が実際に暗殺によって命を落としていることから、即位が短期間で終わっているのはラメセス4世も暗殺されたからではとの説がある。


●暗殺ではないが死因が不審な王

・セケエンラー

死因は頭に受けた複数の傷だが、ヒクソスとの戦闘中の死とおもわれること、傷口からして傷をら与えたのがヒクソス人の使う手斧によるものと思われることなどから、暗殺による死ではなく戦死であるとされている。

●かつて暗殺説が唱えられたが、別の死因であると判明した王

・ツタンカーメン王

2006年から開始されたCTスキャン、遺伝子調査などにより、死の直前に大腿骨骨折をしており、肋骨の大半が失われていることから、チャリオットから落ちるなどして事故死した説が浮上。マラリアへの感染症のあとや、遺伝的な原因による足の骨の奇形も判明している。

・ハトシェプスト女王

2007年の調査でミイラが判明。公式の記録に登場しなくなって以降も長らく生存し高齢で死亡したことが判明。かなりの肥満体であり。高血圧、糖尿病を患っていた可能性もあるという。死因はおそらく癌ではないかとのことだが、古代世界としては高齢なので老衰が直接原因の可能性もあるという。

●王位を持つ近しい家族で暗殺が疑われる人物

・第6王朝末期 ペピ2世の息子

幼少時に暗殺され、ニトクリス女王はその敵討ちを行ったのち自害したという伝説が残る。(ニトクリスの即位は男系子孫が絶えたため)ただし、この息子の名前は出てこず、「ニトクリスの兄弟だった」としか分からない。<エジプト史/歴史>

.クフ王の息子 カワブ

後継者であるカワブが早世していること、第一王妃の息子がカワブ、側室の子がジェドエフラーであるという推測から、ジェドエフラーが即位するために暗殺したのではないか、という説がある。

*** ここまで ***


以上の結果からすると、そこまで暗殺が一般的だったという印象は受けない。
ただし、暗殺可能性とはあくまでも何がしか不審な死を示唆する資料が残されている場合に限られる。古い時代になればなるほど、資料がほとんど残されておらず、ミイラが発見されていない王は検証のしようもないわけだから、実際には暗殺された王はもっといるのかもしれない。ただ、証明できない以上は数を数えることは出来ないのである。

ちなみに冒頭にも書いたように、プトレマイオス王朝のファラオたちは、実際に非常に多くが暗殺されている。王いがいにも、王妃、王子や王女たち、兄弟姉妹などとにかく暗殺しまくり・されまくり。平穏だったのはプトレマイオス1世と2世の時代までで、以降は王朝が滅びるまで殺し合いの繰り返しである。(ちなみに最後の代であるクレオパトラ7世は身内すべて暗殺で失っている。自分が手を下したものも含め…)

プトレマイオス王朝の時代には、エジプトは既にローマの傘下に入りかけていた。
ローマ側の記録も多く、古代エジプト語が忘れ去られた後の時代でも資料としてよく読まれていたため、最後を飾る外来系の王朝、プトレマイオス王朝の華麗さと陰惨さがそのまま遡ってエジプトの歴代王朝のイメージとなってしまった可能性は否めない。


結論に移ろう。


この調査結果にはまだ未完成な部分もあるが、おおむねのところからして「古代エジプトのファラオは、実際はそんなに暗殺されていない」。ファラオという職業は、それほど致死率の高い危険な職業ではなかったと言える。

もともとのエジプトのイメージが、クレオパトラに代表されるプトレマイオス朝の暗殺大好き王朝だった上に、エジプト史上もっとも有名な王、として知られたツタンカーメンに暗殺説が浮上したことから、暗殺される王の物語が数多く作られ、その結果として頭の中に刷り込まれていったのではないだろうか。

古代エジプトの王は、基本的に絶対的な権力者である。
絶頂期には、人として世俗の頂点に立っているだけではなく「生ける神」であり「神の息子」でもあった。果たしてその神に誰が手をかけられるだろうか。
王の権力が絶対であり、「神」であるからこそ、あの巨大なピラミッド群の建設に国民を総動員することが出来たのであり、ツタンカーメンの父アンエンアテンが突拍子もない改革を打ち出して突然の遷都を宣言した時も、実際にそれが実行に移されたのである。

ファラオの暗殺は、神殺しを恐れぬ雰囲気がまず存在しないと起こらないと思うのだ。
実際に暗殺されたことがわかっている現状では唯一の王、ラメセス3世の時代には、王の権威は既に衰え始めていた。古代エジプト王朝で「最後の権威ある王」と呼ばれたラメセス3世の死後、即位した王たちはいずれも長続きせず、夷狄の来襲によって国土の大半を失い、神官たちの造反と国家の分裂を招く。権威が地に落ち、王が神から人に転落した後であれば、誰かに命を奪われる可能性はあり得よう。

ま、当たり前だけど暗殺ばっかやってたら、王家の権威保てませんから…。
王家の絶えちゃうと困るわけだし、何かあったからすぐ王様ハイ殺すよ! みたいなのは無いよ…。



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