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ルクソール(2) カルナック神殿


カルナック神殿は、ルクソールの町で最も大きな神殿。
入り口から振り返ると、ナイル対岸の王家の谷が見えるというロケーション。

エジプト最大の神殿というだけあって、その大きさ、広さはハンパない。ちゃんと見ようとすると、数時間では見終わらない。
見所はあまりにもたくさんありすぎて、ここが一番とも言いがたい。何を目的とするか、何をみたいかを自分で決めておかないと、圧倒されたまま終わってしまいそうだ。



むしろガイドさんはいらないかもしれない。どんな切り口でこの神殿を感じるかは、自分次第。



カルナック神殿とルクソール神殿は、かつてウアセトと呼ばれたこの町の、「主神」であるアメン神に捧げられた。
妻ムト女神、息子コンス神、そしてアメン神が台頭する以前の主神であり、アメンが主神となってからはその補佐神となった戦いの神、モントゥ(メンチュ)神の神殿となっている。

神殿は、この町が首都となって以来、各時代の王たちによって繰り返し建て増しされたため、複雑なつくりになっている。(それぞれ、建て増しされた部分に、建て増しを命じた王たちの名前が刻まれているので、それと分かる。)

ピラミッドは既に作られなくなっており、巨大建築は神殿や葬祭殿といったものとして現れる時代。
天をつく巨大なオベリスク、見上げんばかりの巨人として作られた王の像は、かつて天へ届かんばかりの石のきざはしを築いた人々の魂が、確かに受け継がれていることを感じさせる。



神殿の奥のほうには削り取られたハトシェプスト女王の壁画もある。かなり分かりにくいところにあるので、自力だと見つからないかも。道と思えない細いすきまを通っていくと、鮮やかな色の残る小さな礼拝堂があり、そこに描かれている。



↓拡大
カルトゥーシュの中も削られているが、うっすらと名前が読める

死してオシリスとなった父王にかけよろうといている、男装したハトシェプストの図。セド祭を描いたものだと思う。

ここが何処なのが図示できればいいんだけど、すまん、現地の人にチップ渡して連れて行ってもらったから何処だかよく分かってない。次回はたどり着けない自信がある…!(笑)

ここは、まるで映画のワンシーンのようだった。

神殿内は、部分的に修復され、部分的に放置され、平面図を持っていったが第五塔門を過ぎたあたりで今どこなのか分からなくなった。
ロープ張ってあったり張っていなかったりで、どこまでが立ち入りOKなのか、どこから禁止なのかが分かりにくい。

↓こんな感じで、壁が崩れたところから草原とダイレクトリンク。


神殿内でヒマそうにしていて、個人旅行客を見つけては「案内してやるよ」なんて言ってくる地元の人って、もしかして、こういうところから入ってきてるんじゃ…。

監視が甘いからといって、壁に落書きしたバカップルは、反省してアメンの前に頭を垂れるように。


↓ここが、神殿の一番奥。神殿の東のはずれ。


古代には日の出を望んだであろう神殿の東の果ては、少し高くなっていた。
(アメンは太陽神)

微妙に残っている門が、アメン・ラー至聖所の入り口だった場所、ではないか…と思う… のだが自信はない。このあたりは足場が悪く、板を渡した上を歩く。
ここまで来ると、団体観光客はほとんどいない。

一番奥の部分は、なんの飾りもない柱や、やや無骨に見える柱があり、より古い時代に作られたことを感じさせる。この壮麗なアメン神殿も、はじまりは一地方のちっちゃな神殿だったはずだ。


コンス神殿付近、ムト神殿への道については閉鎖中。
修復のためか、クレーンが置いてあった。

↓第七〜第八塔門あたりはまだまだ発掘中


ここらへんで、タイムアップ。カルナック神殿をじっくり一日で見て回るのは、体力的にも限界だ。駐車場で売っているアイスクリームが眩しく見えた…。
歩ける場所が多いのと、見所が多いのとで、出来れば二日に分けて訪れたいところ。

あと、現在位置を見失うと出口にたどり着けない。(笑)



ここへは、「音と光のショー」を見に別の日の夜にもう一度訪れたのだが、…

夜の神殿はヤバい。

感動するとか綺麗だったとか、そういうレベルじゃなくて文字通り神罹ってやがる。何かが降りてくる!

↓光に照らされた参道。
もちろん、行く先には誰もいない。

この道を、ナレーションとともに奥へ向かうところからスタート。夜なので観光客はもちろん誰もいない。静かに月が見下ろす列柱の広間に数十人の観光客が置き去りにされ、頭上からナレーションと音が降ってくる。

ちょうどコンスが訪れる時間帯で、足元からゾクゾクきやがりましたよ

これは是非、日本語で聞くべき。声優さんが巧い。
各時代のファラオや神官になりきった訳者さんたちが各ファラオのセリフを喋ってくれるので、慣れてる母国語じゃないと損をする。

たとえば、若い男性の声で「私はツタンカーメン。このアメンの神殿には、小さなスフィンクスを残すのみ…」、貫禄のある女性の声で「わたくしはハトシェプスト。ある晩、わたくしは、父なるアメンの神殿に黄金のオベリスクを建てる夢を見たのです」とか。
驚くほど内容が濃くて、これ一般人ついてこねーだろ的な、逆に言うと話が分かる人間にとっては脳汁でまくりなナレーション。

神殿の繁栄から衰退、最後の神官の時代まで語ってくれたあと、現代に戻りましょう。という流れでショーが終了するのだが、何しろ本物の神殿の中でやっているのだから、盛り上がらないはずがない。(背後から町のコーランの音が混じっても気にならない! 洗脳効果はバッチリだ!)



もしも、あなたがエジプトについて専門的な知識は無く、エジプトらしさ味わいたい一般的な観光客として訪れるつもりなら、ギザのピラミッドより、この神殿をじっくり訪れることをオススメしたい。

ここにはエジプトらしさが凝縮されている。沈黙した手の届かない不思議ではなく、古代から雄弁に語りかけて来る王たちの歴史がある。

ピラミッドは、外から見ればただの石の山だ。もちろん、その巨大さには衝撃を受けるだろうが、しばらく見ていれば飽きてくる。というより、間近で見ても大きすぎて、目の前には石の壁しかないように思えるのだ。

中に入っても、壁画もなにもない質素で薄暗い空間が続くだけだ。そこにロマンを感じるには、ピラミッド自身に書かれていない言葉を、別の場所で探して、あらかじめ知っていなくてはならない。

ピラミッドは、さっと見ればことたりる。カルナック神殿は、一日ではとうてい見終わらない。


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