大神殿のナイショ話

アポピスと原初の水



 突然だが、邪蛇(ジャジャって読むのか? ヤッパ)アポピスは、現在ちょっと満腹状態だった。
 何でかというと、奈落に落ちてくる罪人が最近多くて、食べすぎだからである。

 アポピスといえば、冥界に住んで太陽の船の運航を妨げるイヤンな蛇だが、それとは別に、「魂の審判」で不合格になった罪人たちを罰する役目も負っている。
 アポピスの食べ物は、本来、原初の水「ヌン」だった。でも、この水は無くてはならないものだったので(何でなんだろうね)、「ヌンを飲むもの」という肩書きは、イコール「悪いことしてますv」と、いう意味の形容詞だった。
 悪いことをしているのだから、注意しなくてはならない。ある時、上位の神々は、アポピスを「ヌンを飲んじゃダメ!!」と、しかりつけてしまった。
 何も飲み食いしないと、さすがにお腹が空く。でも冥界には、あまり美味しそうなものが無かった。んで、しかたなく、追いかけまわしているブニブニした生き物(人間)を食べてみることにしたのだった。
 マズいし硬いけど腹の足しにはなる。
 喩えるなら…カロリーメイト?

 そのことにいち早く気が付いたのは、地下世界の管理人、タテネン神だった。
 
 タテネン「なぁ、最近、アポピスのヤツ、おとなしすぎると思わないか。」
 トト「え? ああ、…そういえば、そうだよね。ヌンにも手を出していないみたいだし。」
 タテネン「おかしいとは思わないか。」
 トト「そりゃあ思うけど。」
 タテネン「実はさ、オレ、確かめてみたんだよ。そうしたら、『罪人の檻』がほとんど空になってたんだぜ。」

 罪人の檻というのは、冥界の中でも罪びとたちを放りこんでおく地域の名前である。
 いいことした人の魂はオシリス管轄下の楽園へ行って永久に楽しく暮らせるが、悪いことをした人は、心臓をアメミットに食われた挙句、地獄に突っ込まれて苦しまなくてはならない。アポピスが住んでいるのもその世界。なんか、水槽にピラニアと金魚を一緒に入れとくようなモノだ…。
 同じ魚だからって、一緒にしていいものと悪いものがあるように、同じ悪者でも、一緒にしちゃダメなのがあるんだけど、そういうのどうでも良かったんだろうね。(大雑把)

 アポピスが人魂(ひとだましいって読むべきなのか)の、味を覚えてしまうというのは、これはちょっとマズいんじゃないかな、と、トトは思った。
 罪人なんだし美味しくはないだろうけど、食べ過ぎてお腹を壊しでもしたら大変だ。それに、悪人たちのほうも、蛇に飲み込まれるのは、かわいそう。
 トトは、基本的に悪人のことも思いやる、優しい神様なのだった。

 とりあえず地下世界おまかせのタテネン神に監視をお願いして、マアト様のところへ報告しに行ったトト。
 マアト「…え? アポピスの居住区と罪人の檻を分離する、ですって?」
 トト「でないと、すべての悪しき魂を食らい尽くしてしまいますよ。」

 それは、この世のすべての悪が、闇と混沌の化身であるアポピスと同化することを意味していた。悪が一つに集まるとき、欲望に満ちた人間の魂はアポピスの内に眠る本来の野生を目覚めさせる。せっかく飼い慣らして何とか冥界に押し込めたのに、その縛を解き放ってしまうかもしれない。

 マアト「そうね。アポピスを分離しましょう。」

 だが、時は既に遅かったのである。

 アポピスはなので蛇あたま(おばかさん)だったのだが、そこに悪人たちのずるがしこい頭脳が加わって、パワーアップ!! 進化して完全体に、いや、究極体に2段階進化してしまったのだ!

 アポピス「ウオオオッ!」
 プタハ「誰じゃあ! アポピスにプラグインした奴はッッ!」

 いや、アポピスにテイマーはいないんですけど…。(何の話だ。)

 冥界に作業場のあるプタハ様は、創りかけの細工が台無しになったとプンプンです。でも、そんなプタハ様の熱い怒りも今や恐れぬ究極体アポピス。ソカリス神ほか冥界の守護者たちの追撃も許さず、冥界の結界をブチ破り、地上世界にリアライズ。当然ながら地上は大混乱。

 下級神たち「うっ、うわああ! アポピスだああ!」
 マアト「クッ…、なんて衝撃なの?!」
 トト「マアト様、とにかく避難しましょう!」

こういう時のために、「対アポピス用避難マニュアル」が、あるのです。戦闘能力を持たない神と下級神はバトルフィールド外へ速やかに避難すること。巻き添え食らって死んだら、神とてただでは済みません。エジプト神話はシビアな神話なので、神も不死ではありません。オシリスみたいに、地下世界から出てこられなくなってしまうのです。

 マアト「夜でなくて良かったけれど…、もし太陽の船が地下を運行している時間だったら、間違いなく転覆だったわ。」
 トト「でも、このままじゃマズい…。」

 空には、太陽の船が過ぎ去ろうとしているます。アポピスは集光性があるので、明るいもの(太陽とか)を見るとツイツイ飛び掛っていってしまうのです。虫ならともかく、巨大な蛇のそれは、体当たりにも等しい行為…。

 トト「アポピスも、悪意があってやっているわけじゃないんだ…。習性だから、仕方がないんだよ。でも、その習性のせいで、太陽の船が壊されたら大変だ…。」

 と、そこへ、アポピス・バスターズこと巨大蛇撃退神たちが到着! このテのトラブルにはめっぽう強い、蛇との戦い専門の神々です。

 バステト「ちょっとちょっとちょっと! まぁた派手にやってんじゃないのよぉ」

 いっちゃん最初に駆けつけたのは、俊敏な猫の女神、バステト。今回は珍しく、ヤル気満々らしい様子。

 バステト「んー、久しぶりにいい運動になりそうっ。これでちょっとは痩せるかな〜。」

 って、なんだ、蛇退治よりダイエットが目的かい。
 彼女に続き、他の女神さまたちも続々登場。

 マフデト「…油断は禁物ですわよ。」
 ネイト「ん? そういえばセルケトはどうした。」
 セルケト「はぁい、ここよv お・ま・た。それじゃ行きますか、皆さん。」

 頼もしい4人の女神さまたちが勢ぞろい。でもちょっと待てよ、何で女性ばっかりなの?…
 よく考えたら、エジプト神話に、蛇と戦う男の神様っていないんですね。やはし女性のほうが強いのか? この神話。

 これだけ豪華メンバーが揃うと、アポピスも、その気配に気が付いたらしく逃げようとしています。だが、そこは目ざといマフデト女神、簡単には逃がしません。

 マフデト「…このわたくしから、逃げられると思いまして?」

 蛇やサソリの嫌う護符で、四方を囲みます。シャキーン! 捕獲フィールド展開。
 逃げ場を断たれたアポピスは暴れ回り、辺りはメチャメチャに。

 セルケト「ほほほほ、甘いわよ!」

 彼女の得意技は守護の結界です。強力な結界に阻まれてアポピスの攻撃は届きません。そのスキに、いつもコンビを組んでいるネイト女神が弓を番えます。弓の名手、ネイト様の攻撃は魔法波をのせた、強力な矢の攻撃です。

 ネイト「はッ!」

 気合いで放った矢は、アポピスの顎を貫き、頭を地面にガッチリと固定。そこへすかさずバステト女神がとびかかります。

 バステト「これで終わりよっ!」

 と、鋭い爪でザックリ3枚おろし。見事なコンボ! これで最後にタライの一撃があれば…(何のゲームだそれは)
 けれどアポピスは不死なので、これで万事が終わったわけではないのです。ピクピクして再生しようとしているので、このまま放っておくのは危険です。

 そこで、仕上げのマアト様が登場。マアト様はすべての「秩序」を体現したお方で、アポピスの体現する「混沌」に対抗する力の持ち主でもあります。
 杖を翳したマアト様は、アポピスを再び地下へ押し戻すための呪文を唱えました。

 マアト「闇は闇へ、混沌は混沌へ。在るべきところへお戻りなさい!」

 3枚下ろしになったアポピスは、マアト様の秩序の力によって、在るべきところ―――暗い地下世界へと、また戻っていったのでした。

 さて、この事件があってからのち。
 トトの提案で、アポピスは、「ちょっとくらいならヌンを飲んでもいいよ、でも飲み過ぎちゃダメだからね」と、いうことになったそうな。お腹を空かせて他のものを食べるよりは、無味乾燥、無属性、ついでにノンカロリーな原初の水のほうが安全だろう、ということで。

 時々、アポピスが水を飲み過ぎると、地下の川が干上がって、太陽の船の運行が遅れることもあります。気分が悪くなって一気にゲロしちゃうと、地下世界は大混乱です。
 でも、誰も文句言わない。何でって、暴れられるよりはずっとマシだから。

 「神」ではないけれど、アポピスだって必要不可欠な存在だ。…って言うより、原初の水から生まれたんだから、どの神様よりも古いんです。古いモンには敬意を払いましょう。
 秩序が存在するのなら、その対である混沌もまた、存在しなければなりません。「悪」や「混沌」、そして「闇」や「恐怖」といった、神話にとって必要不可欠なマイナス面の多くを一手に引き受けて、アポピスは今も、冥界の片隅に生き続けている…。


                      ++    ++     ++


 アポピスって、大抵の本じゃあ悪者悪者って書かれてる存在だよな。
 でも、蛇だけに、意図して悪いことをしようとしているんじゃなく、本能のままに生きてるだけのような気がする…。
 だから厳密な意味では、「悪者」じゃ−ないよ。太陽の船を襲うのは「集光性」(笑)があるからかもしれないし、地上世界に出たがっているのも、明るいところに向かおうとしているだけかもしれない。原初の水を飲むのは、そりゃー生態だから仕方ないじゃん。運動不足になったら、暴れることもあるだろうよ。

 なんせ蛇だし。
 習性なんだって。習性。許してあげようよ、ね? まー暴れ出すと抑えるのは大変だけどさ…。


 ……なお、元のエジプト神話の中には、このような話は存在しない。本来ある神話に、オレが脚色を付け加えてつくってみたアポピス神話。どうかな、コレ?



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