大神殿のナイショ話

父と息子の物語



 それは、ドゥアト産業とある日の午後のこと。
 「…あら?」
通りかかったネフティスは、屋上の隅っこで隠れて泣いているホルス神を見つけました。
 「どうしたの?」 「な、何でもないよ」
ホルス神は大慌てで涙を拭いながら去っていきます。

 ネフティス「…もう、姉さんたら。またホルスを厳しく叱ったのね…。」

 いつもながら、イシスの教育方針はちょっと厳しすぎるようです。他人の子供にはそれなりに優しくしているのに、こと自分の息子となると完璧であって欲しいと願うのは、母として仕方のないことなのでしょうか。

 ネフティス「でも、たまにはゆっくりさせてあげなきゃ駄目よ。あの子だって、まだ遊びたい年頃なのに。」
 イシス「遊ぶですって? とんでもないわ。ホルスにはもっと勉強してもらわなくちゃ困るのよ。地上を統べる、神々の代表者なのよ?」
 ネフティス「それは、そうだけど…。」

 ホルスが小さい時からずーーっと英才教育させられていて、ろくに遊べもしなかったことを知っているネフティスは、ホルスが可愛そうだと思いました。ネフティスの息子(アヌビス)の場合、ある程度成長してから地方に養子に出したので、けっこう自由奔放に成長しています。

 しかもアヌビスは、成人してから死者の法廷に勤める業務に就いたので、非公式とは言え実の父親(オシリス)の近くに居ることが出来ます。対して、ホルスは地上世界の神なので、ろくに父親に会いに行くことも出来ません。同じオシリスの息子なのに、えらい違いようです。

 ネフティス「…たまには、休ませてあげたいわ。」

 そこで、こういう困った時にはトキ召喚! …じゃなくて、トト神召喚です。

 トト「ええ?! イシス副社長に内緒で、若社長をサボらせる〜?!」
 ネフティス「しっ、声が大きいわよ。…どう、何かいい方法は無いかしら?」
 トト「えっ…、って言われても…。」

トトは、悪知恵が働くというよりはトンチの利くタイプの神で、基本的に、嘘やたくらみは出来ない人です。なんせバカ正直だから。

 トト「…そういうのは、コンスのほうが得意だと思いますけど。あいつ、サボるの得意だし…。」

と、いうわけで、トトの従兄弟でアメン閣下(笑)の息子、月神コンスが呼ばれました。

 コンス「ふぁ〜…。なんだよ、こんな時間に。オレ昨日オールナイトで疲れてんだって」
 トト「もう夕方だよ? そろそろ仕事じゃないか。」
 コンス「いいんだよ。今夜は27夜月だから。朝方起きだして、ちょっこっと空を走ればいいんだしさ。んで、何なんだよ一体。」
 トト「それがね。」
 コンス「ふん、ふん。へー…ホルスをサボらせんのかぁ。それは簡単だけど、イシスがなぁ。」

 イシスは大いなる魔法の母なので、ちょっとやそっとじゃ誤魔化されそうにありません。んでもって、もしバレたら、あとがヤバいです。彼女を怒らせると、それはもう…恐ろしいことになるので。

 コンス(あっさり)「無理だな。」
 ネフティス「え〜、そんな〜。」
 コンス「オレだって命は惜しいし。んなの、本当にイヤならホルスが反抗して勝手に出て行けばいいだろ? 何でオレたちがお膳立てしてやる必要があるんだよ。」

 まったくそのとおり。イヤならイヤではっきり言えばいいのに、ホルスは生まれてこのかた一度もイシスに逆らったことがありませんでした。(いや、逆らう神話もあるんだけどね…それはあまりにヒドい話なので、ここでは無視。)

 ネフティス「姉さんがキツく叱り過ぎるから、あの子、自分の意見を言えなくなっちゃったのかも。」
 トト「…それは無いと思いますけど。」
 ネフティス「思いつめてなければ、いいのだけれど。」

ホルスの様子が気になったネフティスは、トトと一緒に、こそっと社長室を覗きに行ってみることにしました。
 …と、突然、上空から何かがバサバサと。
 どすん!

 トト「わー−?!」

 トトの真上に落ちて来たもの(着陸失敗?)は、青い翼を持つエジプトの不死鳥、ベヌウでした。
 トト→トキ、ベヌウ→青サギなので、ある意味、似たものどうしです(笑)。

 トト「重い! ベ、ベヌウ、退いて・・・」
 ベヌウ「んー??」
 トト「んー、じゃないよ! 僕は止まり木じゃないってば!」
 ネフティス「って言うか…、それ、普通は間違いませんよ。」

 ごもっとも。さすがベヌウ、普段から何も考えていません。相手が止まり木だろうとトトだろうと、大して問題ないようです。それ以前に、何で選択肢が止まり木とトトの2つしか無いのかは、ナゾですが。

 トト「…それで、何しに来たの? キミが本社に来るなんて」

ベヌウは何も言わず、てこてこと歩いて社長室に入っていきます。驚いたのはトトもネフティスも同じ。あの、人付き合い悪くて何考えてるのかわからない(だってトリだもん)ベヌウとホルスが知り合いですか?!

 トト「ホルス社長って、意外と人脈広いんだなあ…」
 ネフティス「感心してる場合じゃないわ、2人が何話してるか、確かめなきゃ!」

2人して、こっそり社長室の中を覗いてみました。盗み見なんて悪いことだ、と思いつつ覗き込んだ、トトが目にしたものは―――
 ベヌウがホルスに手紙を渡しているシーンでした!

 トト「えっ…?」
 ネフティス「ラ、ラブレター?!」
 トト「違いますよ、ベヌウって性別無いし。それ以前に…ベヌウに文字が書けるわけないですよ。

 トリだしね。いくら霊格高くてとてつもなく偉い存在でも、ベヌウは鳥。鳥に手紙が書けたらヤバいです。トトの存在意味無いし。

 ホルス「そこに隠れている人」
 トト&ネフティス(どきっ)
 ホルス「…出て来い。何をしている?」

ヤバい、バレてしまったようです。仕方が無いので、2人は出て行くことにしました。

 ホルス「トトにネフティス叔母さんじゃないか! 何してるんですか…?」
 トト「え、えーっと。」
 ネフティス「…ごめんなさい。だってベヌウが何してるのか、気になったんですもの。」
 ホルス「……。」

ベヌウは毛づくろいとかしているようです。

 トト「その手紙って…。まさかベヌウが書いたんじゃないよね。」
 ホルス「…。ごめん。誰にも言わないでくれる?」
 ネフティス「ええ、勿論。」
 ホルス「実は、父さんと文通してるんだ…。」
 トト「え? オシリス様と?」

 そうです、ベヌウは郵便配達人だったのです。
 地下の冥界と地上とを自由に行き来できる神様は、あんまり居ません。でもベヌウは不死鳥なので、行き来自由です。死なないから、太陽の船に乗らなくても戻って来られるし。
 しかもオシリス様はベヌウと仲がいいし。(さすがオシリス様!)

 トト「そうだったんだ…。ゼンゼン知らなかった」
 ホルス「皆には内緒だよ? 何か恥ずかしいから。特に母さんにはね」
 ネフティス「分かってるわ。でも良かったー、ちゃんとお父さんと交流できてたのね。」

 心配するまでもなかったことを知って、心配症なお2人は、ほっとしたのでした。やっぱ思春期ってのは、父親の存在は必要不可欠だよね。いれば鬱陶しいけど(オイ)、いなければ居ないで、したい相談も出来ないだろうからね。
 まぁ郵便発達人がベヌウってのは、ある意味危険だけど、他の人に告げ口はしないだろうし。

 何かと大変なホルス神だけど、私生活はそれなりに幸せであって欲しい―――と思う私であった。


 ホルス「つらいこともあるけれど、私は今日も元気です。(By魔女の宅急便。ウロ覚え)」



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