大神殿のナイショ話

神々の憂鬱−始まりの丘テネント



 かすかな衝撃で、天井が少し、揺れたようです。

 ヘプリ「始まりましたねぇ。」

 のんびりとした口調。タテネンは、鈍く輝く原初の水の上に宙吊りになったまま、かなり面白くなさそうな表情で、ぶっきらぼうに言います。

 タテネン「けっ。分かってんだろうけどな、この水ン中にほうりこんだって、オレは『無』には還らねーぞ。何でも飲み込んで吸収しちまうアトゥムでも、同じだ」
 ヘプリ「分かってますよ。なんであなたみたいな固くてマズそうなのを混ぜなきゃならないんですか」
 タテネン「あー、何だよその言い方は。消化できねーからって、人を石ころみたいに言うなよな。ったく、フン転がしのくせに。」
 ヘプリ「そうですよ。フン転がしです。太古の大地の神ともあろうものが、そのフン転がしに捕まってて無様ですねぇ。」
 タテネン「お前に捕まってんじゃねっつの。手だよ手、ヘテペトの手…女神イウサアースか。ちぇ、オレも魔法の一つくらい覚えときゃ良かったな。余計なこと覚えると昔の記憶が薄れてくんで、あんまし覚えたくないんだけどな。」

 ブツブツ言いながら、タテネンは、ふと、気が付きました。
 辺りには、太陽神ラーの気配がありません。セトがいないということは、復活の儀式は終わったはずなのですが…。

 タテネン「オイ、フン転がし。ラーはどうした? まさか、セトと一緒に地上へ出たっつーわけじゃねーんだろ」
 ヘプリ「……。」

 奇妙な沈黙。
 しばし、思案していたタテネンは、ハッとします。

 タテネン「…まさか、トトを吸収するつもりか? そうだろ、オイ!」
 ヘプリ「そう、そのまさかですよ。この世界には、ふたつの時間の流れが存在する。ラー様の支配する太陽暦と、…トト神の太陰暦と。太陽と月の時間を一つに統合し、ラー様はふたたび完全なる時間の支配者となられる」
 タテネン「それで、セトはトトだけ別に掴まえてたんだな? 奴の思惑云々より、ラーの指示か! っくしょー、とっとと気がつくべきだったぜ。あのジジイ(ラー)、月の暦のことでグチグチグチ言ってたしなぁ〜…」
 ヘプリ「そして、もう一人の時の主人であるアナタには、ここで死んでいただきます」

無表情に言う、ヘプリ。タテネンを締め付ける手の力が強まりました。

 ヘプリ「『時のはじまりの主人』であるあなたは、時の束縛を受けない。太陰暦も、太陽暦も、いや、時間という概念さえ持たない…ゆえに、老いることも若返ることも思いのまま。そんなあなたには、決して終わることのない死の瞬間に生きていただきましょう」
 タテネン「な、何をする気だよ? ちょっとイイカンジに悪役なセリフだぞ、それ!」

 暴れるタテネンですが、ヘテペトの手はピクリともしません。それもそのはず、手は、すでに元の岩のような結晶体に戻って、青白く輝いていたからです。

 ヘプリ「イウサアースと私の力で、時の牢獄を作り出しましょう。…永遠の破壊と再生の中で、何度でも死に、何度でも生まれるとよいでしょう。」
 タテネン「くそ…ナメた真似を。死なないからってソレはちょっと嫌だ! トトー! とっととしやがれ?! なんちゃって!」

 切羽つまってなお、下らないギャグなど飛ばしてみるタテネン神の叫びが地下世界にこだましていたその時、トトは、行く手にぼんやりと明るい場所を見つけていました。

 トト「あれが、そうなのか…?」

 それは、丘、というより、巨大な岩の塊でした。まるで海のようにも見える原初の水の中に浮かんでいます。しかも、呼吸でもするように少しずつみじろぎし、それが、水の表面に波を生み出しているのでした。

 トト(生きてる。これは…)

その瞬間、彼の頭の中に、とつぜん、言葉になった記憶が駆け抜けました。

 トト(原初の丘だ)

 世界の始まりの場所、何もない、水の世界から浮かび上がった、最初の「大地」、テネント。----すべては、ここから生まれました。光も、神々も…。
 トトは、何も無い丘の上に降り立ちます。
 そこには、既にベヌウが来ていました。

 ベヌウ「……。」
 トト「そうか。君も、ここで生まれたんだっけね。世界が今の形になる以前、君の本当の巣はここにあったんだ。だから、戻って来たんだよね?」
 ベヌウ「そー。」

 ベヌウがついてきたのは、実は、帰巣本能だったのでした。大地が完成され、古巣が地上の下になってしまったので、今は地上の聖域に住んでいますが、やっぱり、もとの家がいちばんのようです。
 それで、タテネンは、ベヌウが何処にいるのか分かったのでしょう。
 ほっとすると同時に、トトは、何か違和感を覚えました。

 トト「…あのさ、ベヌウ」
 ベヌウ「んー?」
 トト「それ…、…なに…?」

 ベヌウが座っているモノ。四角い石櫃。厳重に蓋をされたソレは…、どう見ても「お棺」。
 何てモノの上に座っているのだ、ベヌウよ。

 ベヌウ「ひろったー」
 トト「ひ、拾ったって! それはダメだよ、それってもしかして、ラー様なんじゃ…」

 がた。

 トト(びくっ)

 お棺の蓋が、ゆっくりと開きます。するすると包帯が風に乗って空に舞い上がり、そして…
 何かが飛び出して来ました!

 ベヌウ「ひょい」(←回避率高し)
 トト「わぁぁ!!」(←別に回避率が低いわけではないが運の悪さでマイナス修正)
 ラー「……。」

 トトは、中から這い出して来たものに、我が目を疑いました。形の崩れかけた、どろどろした液体のようものです。もとの形は、ほとんどありません。
 トトを掴んでいる手のようなものも、ほとんど、手としての形はありませんでした。

 トト「あ、あの…ラー様…ですよね」
 ラー「……。」
 トト「失敗、だったんですか…?」

 やはり、いちど肉体から離れた神の魂を呼び戻すことは、不可能だったのでしょうか。太陽神であったはずのラーの体は、今や、ほとんど輝きを放っていません。
 そう思っていたとき、ひび割れた、低い声が崩れた形の中から響いてきました。

 ラー「形の無い、原初の存在。見た目など、どうとでもなる。無限に大きくも、また、無限に小さくもなれるのだ…わしは今や全能だ…すべての神の頂点に立つことが出来る」
 トト「?!」
 ラー「今や、我が肉体は朽ちることなきアトゥムと一つになった。我は生命の創造主、アトゥム=ラー。…世界そのものを創りだすことさえ、意のままだ」
 トト「あなたは、一体何をする気なんですか? セト様も同じようなことを言っていた。まさか…以前、セクメト女神にやらせようとしたことを、破壊を、再び繰り返すつもりなんですか!」

 ラーは、不気味な笑い声を漏らします。

 ラー「世界を生み出したものが、その世界を好きにして何が悪いのだ。創造者に逆らう者どもなど、必要ない。貴様らもだ。図々しくも、このわしの意向に背きおったわ!」
 トト「…!」

 それは、誕生を禁じられた5人の神々を、知恵の神が月から奪った太陰暦を使ってこの世に出現させた時のことでした。

 ラー「この世界に2つの暦は必要無い。月は所詮、太陽の輝きを盗んで輝くもの。その力は、わしに返してもらおう!」

 ラーの体の脇からもう一本、手が生まれ、トトめがけて迫ってきます。気押されたのか、それとも何かの魔法なのか、彼は動けません。
 と、その時でした。
 まばゆいばかりの光と炎が、ラーの体を包み込みます。

 ラー「何だ?! これは…」

 見上げるとそこに、ベヌウが浮かんでいました。

 トト「ベヌウ!」
 ベヌウ「べぬーの家! 出て行け!」
 トト「(って…君はやっぱり鳥なんだね…。泣)」

 別にどっちが悪いのか、人の話を聞いていたわけではなく、防衛本能なのでした。トトは同じ鳥だからOKなのか? ベヌウ。
 とにかく、ふだんぬぼーっとしているベヌウも、住みかが危なくなると、戦うことがあるのでした。

 ラー「く、下等で稚拙な脳しか持たぬ鳥めが…」
 ベヌウ「でてけー!(怒)」

 太陽の力を持つ不死鳥のベヌウの羽ばたきは、輝く風となって打ち寄せます。そもそも原初の丘に最初の太陽が出現したとき、それを暖めたのはベヌウなので、彼(彼女?)にラーの力は通用しません。
 一瞬のスキをついて、トトはラーの手から転がり落ちます。
 ラーは、ベヌウの思いもかけない(本能的な)猛攻撃にひるんでいます。今のうちに、何とかしなければ。

 トト(でも、やっぱり僕にはラー様と戦うなんて出来ない。そんな力も無い…)

 しかもラーは、今や、原初の神と融合しているのです。すべての元素を持つアトゥムには、魔法はほとんど通じません。

 トト(どうすれば…)

 と、彼は、何かの気配に気がつきました。誰かがやって来ます。

 フゥ「あ! いたいた。」
 ヘカ「どもです。間に合いました?」
 トト「…フゥ? それに、ヘカも! えっと、あ、どうして、ここに…。」
 フゥ「もーダメじゃないですか、そんな情けない顔してちゃー。大神らしく困った時もハッタリでごまかせって、いつも言ってるでしょ?」

 創造の力の化身である彼は、いつもヤル気満々です。と、いうより、ヤル気をなくして落ち込んでしまったら、創造の力が失われ、彼も消えてしまうのでした。ヘカもちょっと苦笑ぎみ。

 フゥ「っていう冗談はおいといて、お手伝いに来ました。」
 トト「ありがとう、でも…相手は…」
 フゥ「ラー様でしょ? んでも、今のオレは貴方のもんですよ。オレは創造する神々の言葉。創造する力を無くした大神には属しません。(おおいばり)」
 トト「ありがとう、フゥ」
 フゥ「や、どういたしまして。それじゃ、サクサクといきましょう。先ずは、アッチで捕まってたタテネン神を解放してあげたほうがよさそーですよ。」
 トト「…? タテネン?」
 フゥ「そです。」

 にっこり笑う、フゥ。彼は自信ありげに、こう言いました。

 フゥ「お忘れですか? この場所が何と呼ばれているのかを」
 トト「テネント…、…原初の水より湧き上がるもの!」

 トトの呟きを、フゥとヘカが増幅します。神々の言葉は、力をこめたときそのまま強力な呪文となり、力を及ぼします。
 水の中に隆起した丘が大きく揺れ動きました。呼吸していた岩が伸びをするように立ち上がり、原初の水に波が生まれています。地面がどんどん盛り上がっていきます。

 ヘカ「おー。さっすが、トト様。イッパツで目が覚めたみたいですよー。」
 フゥ「あれ、どうかしたんですか。顔色悪いですけど」
 トト「…思い出した…。ここって、この場所って、タテネンの…」

 タテネン神の古名はタァ・チェネン。直訳すると「隆起した土地」。つまり、原初の丘そのままの名前なのです。

 トト「…本体の上だったんだ?」
 フゥ「ハイ。デカいですよねー。さすが地下世界の管理人です。」

 そういう問題じゃない、と思いながら、トトは、天井を見上げました。
 原初の丘は太陽の町、ヘリオポリスの真下にあります。つまり、この上は、太陽信仰の聖地。ラー神をはじめ、多くの太陽の力を持つ神々の神殿もあります。

 もし、このまま地上世界に出てしまったら?

 トト「どうするつもりなんだよ、タテネン…」

 どこに話し掛けていいのか分からないトトは、虚空にぽつりと呟いたのでした。

                                                     >続く



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