大神殿のナイショ話

神々の憂鬱−継承者ホルスの疑惑



 クヌム「…あっ?!」

 ずっとピラミッド内部の様子をさぐっていたクヌム神は、中から走り出して来るトトとアナトに気がつきました。

 クヌム「トト! …と、そいつは…」
 トト「この人はアナト女神、敵じゃない。それより、どうして君がここに?」
 クヌム「戦えるヤツらは、みんな出払ってまってさ。残ってるのは非常勤ばかりなんだよ。それより、中でえっらい派手な音がしてたみたいだが?」
 トト「ああ…それは…。」

 話せば長いことでした。一息には、すべてを話しきれないほどに。
 トトは、それをこれからイシスや皆に向けて話さなければならないのです。

 アナト「……。」
 トト「とにかく、皆のところへ案内して。それから…外で何が起きていたのか、教えて」
 クヌム「そりゃいいけど、お前…」
 トト「何?」
 クヌム「いや。気のせい…だよな。ちょっとな。」

 何かを胸に秘めたような表情が、ほんの少しだけ、いつもののトトと違うような気がしたのでした。

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 その頃、地上はダメ押しの総力戦に入っていました。

 ホルス「もう少しだ! あと一押しで、奴らをデルタ地方から撤退させることが出来るぞ!」
 アヌビス「みんな、頑張れ。ここでしくじったら、もう後はないぞ」
 コンス「ち…。何でオレまで狩り出されてんだよ…。」

 普段はあまり表に出て人間の守護などやらない神々も、戦場に参加しています。人間は人間と戦い、神は神と戦う。けれど今、ザクセン人たちを守護する神、バアルはいません。

 コンス「なぁ! ホルス! そろそろオレは戻ってもいいだろ? 昼間動くのはキツいんだよ〜。」(いつもどおり)
 アヌビス「もう少し我慢しろ。こんな時にワガママは言うな」
 ホルス「いや…。コンス、上(神々の世界)には今、誰が残っている?」
 コンス「とりあえず、クヌムだけ。あいつは南方守護の任があるから、こっち(東方)には来られねーんだよ。」

 クヌム神は、人間を創造する神であるとともに、南方、ヌビアとの国境を守る神でもあります。今は彼の聖域である南方がヌビアに侵略されているため、やむなく中央に来ていますが、守護地方が取り戻されれば、再び国境線の結界を張るために戻らなくてはなりません。

 ホルス「…そろそろ南の国境も片付く頃かもしれない。そうなったら、クヌムも出向く必要があるだろう。コンス、お前は戻っていい。」
 コンス「らっき! 助かるぜ、ホルス〜。人間界は昼夜の区別があって面倒なんだよな〜。」
 アヌビス「遊びに行くんじゃない。仕事をするんだ」

 アヌビスが言いましたが、コンスはそれを聞く前にさっさと隼の姿になって飛び立っていってしまいます。

 アヌビス「……まったく、あいつときたら。」
 ホルス「君も戻っていい。ここは、私たちが引き受ける」
 アヌビス「それでは、ここが手薄になってしまうのではないのか」
 ホルス「大丈夫、今の連中なら勝てる。それより、どうも嫌な予感がするんだ。なぜザクセン人たちにかかっていた守護が急に消えたのか。上では今、どうなっているのか…。トトのことも心配だ」
 アヌビス「分かった。何かあったら、すぐに呼んでくれ。」

 彼もまた、黒犬に姿を変えて走り去ってしまいました。
 ホルスは、この戦いが始まってからずっと姿を見せていないネフティスのことも考えていました。どこにいるにせよ、彼女は、きっと悩んでいるはずだからです。

 タテネン「しっかし、セトも馬鹿だよなァ〜」
 ホルス「…と、言いながら背後に回るのは何故だ? タテネン」

 アフビスの去ったあと、いつのまにやら、ホルスのうしろにはタテネンが。

 タテネン「いや何となく(笑)。もしかして、オレの気配、気が付いてました?」
 ホルス「ああ。…さっきから、足の下にいたこともな。アヌビスは、気が付かなかったようだが。」
 タテネン「さっすが、女神イシスの息子。神々の真の名を知る言霊は、ちゃんと継承出来てるみたいだねェ」

 タテネンは、にや〜っと笑って土の中から足をひっこ抜きました。地面の下から出てくるあたり、何だかミミズかヘビのようです。(本当はヒツジなんだけどね)

 ホルス「…タテネン。こんどの戦いが起きること、お前はもしかして最初から知っていたんじゃないのか。」
 タテネン「まさか。ベヌウにも予言できないことを、何でオレが知ってるんです?」
 ホルス「人為的な運命は…たとえば、誰かの仕組んだことは、予言されるべき未来ではない。セト叔父さんとバアルの接点は、一体どこにあるんだ? 結界が弱まる時を狙っての侵攻…あまりにタイミングが良すぎる」

 それが、ホルスにとって一番引っかかるところなのでした。

 ホルス「地下世界のすべてを支配下に置き、多くのしもべを持つお前が何も知らないとは思えないが。」
 タテネン「んー…。まぁ、多少知ってることもあるんですけど、なんつーか、オレ的にはあんまし、そういうこと言いたくないんですよね。」
 ホルス「私の頼みでもか?」
 タテネン「頼まれるのは悪い気ィしませんけど、聞いたあとで後悔するかもしれませんよ。」
 ホルス「…構わない。知らないよりはマシだ」

 覚悟を決めたようなホルスの顔を見て、タテネンはにぃっと笑い、彼の耳に口を近づけて、コソコソと何か囁きます。
 ---とたんに、ホルスの顔色が変わりました。

 タテネン「ま、オレとしちゃ、どうだっていいんです。オレは太陽神の支配は受けない地下の神だし、もともと暗がりに住んでるから世界が破滅しようが太陽が失われようが知ったこっちゃない。地上で誰が天下取ろうと、オレの住処は失われない。」
 ホルス「………。」
 タテネン「まー親戚みたいなモンなんでトトにくらいは教えといてやろうかと思ったんだけど、アイツやたらと真面目なんで誤魔化し効かないでしょ。あ、やっぱり後悔しました?」
 ホルス「いや…。」

 彼は、低く呟いて戦場を見やりました。
 退いていくザクセン兵たちと、悲鳴を上げて地面の下に崩れ落ちていくアポピス。地面の上には、抜け殻となったザクセン王アポピスの身体が横たわっています。バステトたち女神が、邪悪な魂を封じ込めることに成功したのでした。

 ホルス「ようやく分かった気がする。この戦いの意味と、私たちの成すべきことが。本当の敵は、彼らではなかった。」
 タテネン「じゃ、やるんですか? ソレ。本気で?」
 ホルス「やらなければならないだろう。それが---神々の王座を継承する者としての務めでもあるのだから。」

 ホルスの決意とその真意は。タテネンが囁いた真実とは?
 人間たちの戦争がひとまず終わった今、神々の本当の戦いが、始まろうとしていました。


                                                     >続く



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