大神殿のナイショ話

神々の憂鬱−知恵者トトの回答



砂の大地に栄華を究め、文明を花開かせた古王国時代は、小アジアからの侵入とヌビアの離反により
混迷の中間期へと突入する。
あらゆる記録が失われ、王権の混乱したこの時代は、資料も少なく、その実体を掴むことは今ではほとんど不可能だ。
「暗黒時代」とまで呼ばれたこの中間期に、本当は何が起こっていたのかを知る者は、今はもう…誰もいない。


 神と神とが戦い、その覇権を争っている間、地上もまた、混乱を極めていました。
 ナイル下流域はヒクソス人が占領。そしてまた、上流でも、これまで属国扱いを受けてきたヌビアが離反していたのです。度重なる敗戦で戦力を失った今の国王軍には、これを押さえることは出来ませんでした。

 あまりにタイミングの良い反乱。それは、もちろん、この男の仕組んだことでした。

 セト「ふっふっふ。あの役立たず(ヌビアのホルス。「太郎物語」参照)も、少しは役立ったというわけだ。情報を流してやった甲斐があるというものだな。」
 トト「……。」

 社長椅子(神の王座)にふんぞり返って得意げなセトを、トトは、黙って見つめています。

 セト「悔しいか? そんな顔をしていないで、さっさと仕事をしろ。私のこの栄華をちゃんと記録したのか。」
 トト「ええ…。」
 セト「ふん、ならば結構。」
 トト「なぜ、このようなことを? 上流はヌビアのホルス、下流はバアル。あなたが、国土の割譲を認めるとも思えませんが…。」

 その場には、バアルもアナトもいません。セトと二人きりです。
 トトはさらに声を低くして言いました。

 トト「…あなたのことだ。本当は、バアルのことも利用しただけなのでしょう。いずれ、ヌビアもヒクソスも追い出して、あなたが単独でこの国を支配する。そのための時間稼ぎなのでしょう。あるいは、ホルス様とバアルが共倒れになることを望んでいるのか。」
 セト「ふん。さすがに狡いな、貴様は。そういうところは、貴様の親父ジェフゥティそっくりだ」
 トト「からかわないで下さい。あの人は、もう消滅しました。…それに、僕には正式な両親は存在しません」
 セト「そうだったな。貴様は男女の両親ではなく、創造呪文から生まれた存在だ。自らを生み出す創造神の系統。トト、私が貴様を捕まえておいたのは、何のためだと思う。単なる記録係だけではない…」

 セトは、不敵な笑みを浮かべて続けました。

 セト「貴様には、世界の再生を司る力がある。世界創造の力を持つ、8位一体の神、オグドアドの封印を解くことの出来る唯一の神だ。たとえこの世界が滅びても、----貴様は生き残り、世界を再生させるだろう。」
 トト「…この世界を、滅ぼすというのですか。もう一度、混沌の世界から作り直せ、と?」

 責めるような口調にも、赤い破壊の神は、ただ薄く笑うのみ。

 トト「この世界を…世界そのものを破壊しようというんですか…秩序のみならず、世界の全てを!」

 そのとき、トトは、心底恐れを感じていました。セトは神々の王の地位を強く欲していました。けれどそれは結局彼の手には入らず、おそらくこの先もずっと、手に入ることはないでしょう。
 諦めを受け入れることは、自分自身の存在意義を失わせてしまう。
 だから、彼は絶対に認めない。どんなことをしても、欲しいものを手に入れようとする。たとえ、そのために多くの血が流されても、国が滅ぼされても、…代わりに何かを失っても。
 この世界がある限り望みがかなわないのなら、自分の望みの叶う新しい世界を創り出せばいい。セトは、そこまで考えていたのでした。

 トト「…マアト様は仰っていた、あなたは破壊や争いを生み出す役目を持っていると。でも、再生の力なき破壊は終焉をもたらすだけだ。新たな調和に至らない争いは無駄に生命を奪い、大地を疲弊させる。そんな…そんな世界がお望みなのですか。あなたは何故、失われた半身を拒絶するんだ!」
 セト「黙れ。使役される神の分際で私に意見するな」
 トト「文句があるなら殺せばいい。気に入らないなら喉を潰せばいい。たとえ声が失われても、鳥たちは地面の上で力強く生きるだろう。その翼のある限り!」
 セト「ならば貴様の羽根をすべてむしってくれようか?! 愚か者め! 貴様が消えたところで私は一向に構わんのだぞ。貴様を消したあと、邪蛇アポピスを解き放ち、太陽もろともこの世界を、貴様の大切なものどもを食らわせてくれるわ!」
 トト「……。(セシャト…、みんな…。)」

 トトには、セトが本気だということが分かっていました。
 もう、生半可な説得では応じないでしょう。かと言って、セトとバアル(&ヌビアのホルス…戦力的には大したこともないが)を相手に正面から戦いを挑めば、再び地上は焦土と化します。そうでなくとも、このままでは、痺れを切らした破壊女神セクメトが大暴れして、何もかも、めちゃくちゃにしてしまうかもしれません。

 トト(どうすればいいんだろう。皆、もうセト様がこの事件の犯人だって知ってる。きっと戦いになってしまう。でも…そんなことはさせたくない…)

 と、その時でした。

 ヘジュ・ウル「何を辛気くさい顔しとる」
 トト「…?!」
 セト「貴様!」

 シリアスな場面なのに、いきなり登場するジイさん。窓からよっこらせっと部屋の中に入り込みます。

 セト「どっ、どこから現れた?!」
 ヘジュ・ウル「窓からじゃ。決まっとろーがい。窓から入らんで、一体どこから家に入るよ。」
 トト「…ジイちゃん、家って戸口から入るもんじゃー…。」

 思わずツッコミを入れてしまうトト。それにしても、ピラミッドの側面を最上階までヨジ上るとは、狒々の神らしいことです。

 ヘジュ・ウル「はー、しかし何じゃな。また随分と荒っぽいことを。何もこんな呪術道具で縛らんでもええもんを(と、いいつつトトの縄を解く)」
 トト「えっ、あっ、ちょ…」
 セト「貴様!」

 魔法の道具、ウアス杖を構えようとするセト神。しかし、ヘジュ・ウルは余裕です。

 ヘジュ・ウル「おぉっと。まさか、わしを攻撃しようというんじゃなかろうな?(キラリ) 自分の誕生に関わる神に手ェ出したもんは、人であろうと神であろうと酷いメにあわねばならん。そういうキマリになっとる。自分の親に弓引いちゃならんのと同じ理屈じゃ。分かっとるな?」
 セト「く…。」

 これには、セトも言い返すことが出来ません。何しろ、脅しなどではなく、すべて本当のことなのですから。
 さすがジイさん、現役を退いても知恵の神のはしくれ。言霊の使いようは心得ています。

 ヘジュ・ウル「ま、わしはチト、孫に話をしに来ただけじゃ。心配するな、すぐに帰るわい。」
 セト「ふん、好きにするがいい。どうせ貴様には何も出来ん。」

 捨てセリフを残して、セトは部屋を出て行ってしまいました。そう簡単には逃げられない何か仕掛けをしてあるのでしょう。
 トトは、ほっとしたのと不安とで、泣きたい気分になってしまいました。

 トト「ジイちゃん…。僕、どうしたらいいか分からないんだ」
 ヘジュ・ウル「なんじゃい、エジプト随一の知恵者がそんな顔をしおってからに。信者の人間が見たら眼ン玉飛び出すぞ」
 トト「そのほうがいいよ、余計なものを見なくて済むから。ねえ、皆は? イシス様とか、怒ってなかった? セクメト様は?」
 ヘジュ・ウル「いっぺんに聞くな、落ちつかんかい。そういきなり戦いを仕掛けたりはせんわ。外の連中も、人間の保護に精一杯で戦力不足でな。何より、お前が人質に取られとるんじゃ、ヘタなことも出来んわ。」
 トト「人質…? 僕が?」
 ヘジュ・ウル「当たり前じゃろうが。仲間を見捨てて攻撃するようなことはせん。セトのぼんずめ、イザとなったらお前を盾代わりにするつもりじゃな。ま、ワシのような老いぼれでは人質の交換にもならんしな。」
 トト「……。」

 とりあえず、当面は全面戦争の心配は、無し。けれど、このままいたずらに時が過ぎれば、事態はますます悪化するだけでしょう。
 トトはしばらく思案していました。
 どうすればいいのか。セトの望みも分かります。彼が本質的に争いを生み出す神だとすれば、この先も、何かの方法で争いを引き起こすでしょう。

 トト「争いは、なくならないのに…。それでも必要なんだ。どうすればいいと思う? 僕はただ、セト様とネフティス様にケンカをやめてもらいたかっただけなんだ。それなのに、二人はいつまでも争わなくてはならなくて、セト様は、いつまでもホルス様やオシリス様とは仲直りしようとしない…。」
 ヘジュ・ウル「そうじゃな。しかし、それは本質であって、正しいこととは限らない。だからこそ、人は運命を知りつつ逆らおうとするもんじゃ。変わらんこともあるが、変えようとすることは無駄じゃアない。わしは、そう思う」
 トト「…本質? 運命…」
 ヘジュ・ウル「迷うな、トト。お前自身はどう思う。お前自身の真実とは何じゃ。真実を語るもんが自分にウソをついちゃいかん。正義を守るものが、自分の正義を持たんのじゃ話にならん。そうじゃろう?」

 トトの脳裏に、女神ネイトのくれた宿題が思い出されました。
 「未来の予測がつくのに、なぜ同じ過ちを繰り返しつづけるのか。」
 ---決して安息は得られないのに、何故ネフティスとセトは結婚してしまったのか? その理由は…さだめられた運命に従ったからではなく…

 トト「変えようとしていたんだ。そして、何かが変わったんだ。だから、…そうか、もしかしてネイト様もマアト様も、このことを知って…」
 ヘジュ・ウル「ワシはもう行くぞ。トト、こいつをやろう」

 立ち上がりながら、ヘジュ・ウルは、担いでいた酒壷を下ろします。酒が入っているように見えていたその壷の中から出てきたものは、フン転がし。…

 ヘプリ「あっ、課長ォ〜、無事だったんですネ?! いやぁ、壷の中って暗いし酒臭いしもうヘロヘロです〜」←虫っぽくカン高い声で
 トト「……。(真っ青)あの…ジイちゃん、コレ…?」
 ヘジュ・ウル「すまんな。とりあえず味方が増えたということで、心強いじゃろ。ぢゃっ!」
 トト「ってコレ、どうすればいいんだよ! こんな…味方って…ああ! 行かないでって!」
 ヘプリ「増援です〜」

 女神ネイトの宿題に答えを出したトト、しかし押し付けられたヘプリ(フン転がしモード)に、かえって足手まといが増えた感じだ。どうするトト? そして、彼に神々の全面戦争を回避する秘策は存在するのか!

 イシスの号令のもと、同盟神一同とともに武力行使宣言の時が近づいていた。
 セト政権はバアル引渡しに応じるのか?!(いや、応じまい。)

                                                     >続く



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