大神殿のナイショ話

神々の憂鬱−女神ネイトの宿題


<太陽神話系 天地創造>

世界の始まりに、始まりの神アトゥムがいた。
 男女の両性を持つ始まりの神からは、対なす大気の神が生まれ、大気の神々からは天の女神と地の男神が生まれた。
 天と地の夫婦は、のちに地上世界と地下世界を治めることになる5人の子供たちを産む。
―――しかしそれは、争いの時代の始まりを意味する、禁じられた出現であった。



 ネフティス「ばぁかぁあああ!」

ズガーン! ゴゴゴゴ…←オベリスクが砂煙り上げながら倒れていく音。

 ネフティス「うわあああん!」

 早朝のドゥアト産業に響きわたる壮絶な音。いつものこととはいえ、巻き添えを食らいそうになる神々は、たまったものではありませんでした。

 トト「……。」
 アヌビス「………。」
 セト「チッ。相変わらず、騒々しい女だ。」

 ネフティス&セト夫妻の夫婦ゲンカ。大抵は、一方的にネフティスが泣きながら走り去るのですが、その際、キレて大魔法をかますのが常なので、大変です。マトモに魔法を食らったセトは、口では強がりをいいながら、ちょっと口の中が血なまぐさい様子。ヘアスタイルを直しつつ、さりげなく唇の端をぬぐっていたりします。

 セルケト「あーあーあー。ったく、これじゃ防御のしようがないじゃなーい。」
 トト「ってセルケト! 君は結界の女神だろ?! 何でちゃんと防がないんだよ!」
 セルケト「ムリムリ。本気になったネフティス様の魔法なんて受けたらケガするもーん。」
 トト「もーん、って…。」
 アヌビス「まァ、いいではないか。今回も、巻き添えを食らった者はいない。事前にセルケトたちが人払いをしてくれたお陰なのだ。」
 トト「それはそうだけど…。はぁ、また門柱(オベリスク)作り直しかぁ…。見積もり書と発注書、書くの僕なんだよ…(溜息)」

 このような騒動は、しょっちゅうのことです。激しい時は、三日と開けず大喧嘩。原因は色々でしょうが、要するに、性格が合わない、というのがイチバン問題なのでした。
 ヘタに止めに入ると巻き添えを食らって冥界へ直行なので、他の神々もうかつに手を出せません。そのため、遠巻きにして、魔法等で被害の広がるのを食い止めるしかないのでした。
 その要員として借り出されるのが、ネイト・セルケトのコンビや、トト・アヌビスのコンビです。コンビというか同僚というか…とりあえず、パーティー組むとバランス良さそうな二人組みのことですが。
 他の神々を避難させていたネイトも、収まったの見計らって戻ってきます。

 ネイト「どうやら、終わったようだな。」
 セルケト「うん、終わったよ。さー、戻ってお茶しよー。」
 トト「…いいなぁ、OLは…。」

 溜息をついたトトを見て、ネイト(オフィスのお局様。でも既婚)は苦笑します。セルケトはいつもマイペースで、死者の守護女神とはいえ直接的な責任を負うことはほとんど無いのでした。

 ネイト「苦労かけるな、トト。私たちでは、みなを避難させるくらいしか手伝ってやれん。」
 トト「あ、いえいえ。今のはネイト様に向かって言ったわけじゃなくて…。その…。」
 ネイト「…根本的な解決はムリだからな。」
 トト「なぜですか?」

 問い返すトトに微笑して見せると、彼女は、気取って去っていくセトのほうに、それとなく視線を向けます。

 ネイト「彼らの性格が変わることはなかろう。双方がアノ性格である以上、これからも争いは続く。仕方の無いことだ。」
 トト「そりゃ、お二人ともガンコですけど…永遠にこれじゃあ、止めに入る僕やアヌビスの身が持ちませんよ。」
 ネイト「うむ。そうかもしれん(アッサリ)」
 トト「ったく、ケンカばかりするんなら、何で夫婦になんかなったんだろ。」

ネイトは、複雑な笑みを浮かべてトトを見やりました。

 ネイト「若いな、お前も。神々の結婚は、そう簡単なものではないのだぞ。ケンカと言っても、それは単純なケンカではない。」
 トト「そんなの、分かりませんよ。夫婦っていうのは仲良くするものでしょう? それがケンカばかりしているなんて、良く無いことですよ。」
 ネイト「…まぁ、建前上はそうなのだがな…。ん、アヌビス?」

 ふと、ネイトは壊れたオベリスクを眺めていたアヌビスに気付いて声をかけました。

 ネイト「ぼうっとしている場合じゃないぞ。人間界に迷惑をかける前に、ネフティスを見つけて連れ戻したほうが良いのではないか。」
 アヌビス「…ああ、そうか。そうだな。」

 うなづいて、彼は黒犬の姿になると、さきほどネフティスが向かった方角へ走り去ってしまいます。ネフティスのことだから、またいつものように、神々の世界と人間たちの世界を繋ぐ門を潜って、人間世界へ出て行ってしまったのでしょう。人間の世界へ行くときは、神々はたいてい、目立たないよう動物の姿を借りるのでした。

 トトは溜息をつきました。

 トト「いま連れ戻しても、またケンカになるだけなのに…。」
 ネイト「かと言って、そのまま放っておくわけにもいかないだろう?」
 トト「まぁ、そうですけど。―――何だか…根本的な解決になってないじゃないですか…。」

 トトからすれば、毎回毎回、こうしてセトとネフティスが夫婦喧嘩をして巻き添えを食うのを何とかして回避したいのでした。未来の予測がつくのに、同じ過ちを繰り返し続けるなど、彼にとっては不毛以外の何者でもありません。
 しかし、ネイトは笑ってこう言いました。

 ネイト「ふふ、そうでもない。見方を変えれば、あれはあれで、一つの形になっているものなのだ。」」
 トト「…? 分からないです。随分、難しい謎をかけるんですね。」
 ネイト「難しくはないさ。大人になれば分かることだ。特に、女にはよく分かる。」

 言うなり、女神ネイトはいきなり、トトの頭をグリグリと(!)撫でました。
 突然のことで、トトはびっくり。

 ネイト「では、これはお前への宿題にしておこう。しっかり考えておいで。」

 オトナの女性な顔をして、さらりと去っていきます。残されたトトは(子ども扱いされたショックもさることながら)、今まで考えたこともない宿題にぽかんとして立ち尽くしていることしか出来ませんでした。
 知恵の神にも、範疇外の知恵はあるということ。
 そして、これが、のちに始まる大事件の発端となることを知る者は、まだ、誰もいません。


 その日の夕方のことです。

 セシャト「…ふぅん、ネイト様がそんなことを? それで、悩んでるっていうわけね。」
 トト「そうなんだよ。ちっとも分からないんだ。」

 夫婦ゲンカで壊れた建物の修理依頼を手配し終えたトトは、妹で、補佐をしてくれるもう一人の知恵の神、セシャトと話していました。

 トト「セシャトなら女のコだし分かるんじゃないかって。」
 セシャト「そうねぇー…。それって、たぶんネフティス様とセト様は別に嫌々結婚したわけじゃないってことじゃないかしら。ほら、よく言うじゃない。イヤよイヤよも好きのうち、って。」

 セシャトよ、それは大きく違うぞ…。それは…。

 トト「ええ? だって、あの二人、ほとんど政略結婚のはずだよ。あんなに性格が合わないのに自分たちから結婚なんてしないよ。もしセト様と結婚しなくて良かったんなら、ネフティス様は性格の合うべつの神と結婚してたと思うけどなぁ。何ていうか…こういうのを不倶戴天って言うんじゃないのかな。」

 いやトト、それも違う。

 セシャト「やだな、お兄ちゃん。男の人って、そういうとこが甘いのよね。」
 トト(きょとん、としている)
 セシャト「本当にキライだったら、結婚なんてしないと思うの。結婚したとしても、ずっと離れているでしょ。でも、ネフティス様は結局戻って来るじゃない。すぐケンカしちゃうけど(笑)。…私にもはっきりとは分からないけど、きっと、二人は…見た目ほど、性格が合わないわけじゃないと思う。お互いに譲れない何かがあって、だからケンカになっちゃうんだと思う。」
 トト「……??」

 トトには、やっぱりよく分かりませんでした。
 仲が悪いように見えて実はそれほど悪くはない。そういうことがあるのだとしても、でも、だったらどうして、顔を合わせるたびにケンカになってしまうのでしょう。どちらも本気で怒っているのは分かりますし、仲のいい夫婦が手加減なしで殴りあったりするものなのでしょうか?

 どんな可能性を考えても、トトには、それが何を意味しているのか想像もつきませんでした。 大人にしか分からないこと…と、言われても、神様はみな、何百年・何千年と生きているものなので、子供と大人の間に大した違いがあるとは思えません。
 子供…。

 トト「はっ! そ…そういえば、僕、ネイト様に頭を撫でられたッ・・・(←思い出し)」
 セシャト「だってお兄ちゃん、若いじゃない。(アッサリ)ネイト様は、ラー様と同じくらい古い女神さまよ。」
 トト「で、でも…。父さんにも撫でられたことなかったのに。

 ガン○ムの初代主人公のようなことを口走って落ち込むトト。(でも、ジイちゃんには撫でまわされたことがある。)そんな兄の姿を、セシャトは、ちょっと困ったように微笑みながら、見守っていたのでした。
                                                 >続く 



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