大神殿のナイショ話

神話物語 北の王女−月神コンスへの祈り 最終節



 雪に閉ざされた暗い季節が終わり、春の訪れ。
 緑が芽吹き、人々の喜びの時が始まります。木々も山々も息を吹き返し、空からは、暖かな光が降り注いでいました。
 「これもみな、コンス神のおかげだ。」
バクタンの国の人々は、いつになく穏やかな春の始まりに、口々にそう言っていました。けれどコンスは、祠の奥にフテ腐れたように寝っ転がったままです。
 そこへ、ジェフティエムハブが姿を現しました。

 ジェフティエムハブ「お呼びでしょうか、コンス様。」
 コンス「ああ。そろそろ、国に帰れるんじゃねーかと思って。雪も止んだし」
 ジェフティエムハブ「…。それが」

 ケメトの国の医師は、眉を寄せ、困ったような顔で言いました。バクタンの王は、今は山道がタチの悪い盗賊にふさがれているから出発できない、と言っていること。その前には雪解け水で道が壊れたと言っていたこと…など。

 ジェフティエムハブ「と、いうわけで、今しばらくは戻れないと」
 コンス「バカだなお前。」
 ジェフティエムハブ「は?」
 コンス「そんなん信じたのか? 嘘に決まってんだろ。ここの王は、オレを帰らせたくないらしいんだ。」

 ジェフティエムハブは絶句して、不機嫌そうなコンス神を見つめました。これが本国でのことなら、神を偽りで欺くなど大罪、死後はアメミットに心臓を食われてしまうのですが、ここバクタンではそうもいきません。

 コンス「どーも、ここの国の奴らは気にくわねぇ。何でもかんでもオレの所為にしやがって。春が来るのは当たり前だろ、オレのお陰じゃねーよ。」
 ジェフティエムハブ「はあ…しかし、感謝しているのですから、いいのでは?」
 コンス「いいもんか。やってもいないことをやったことにされんのは、感謝されようが憾まれようが、気持ち悪いモンだろうが。だいたい、オレは豊穣神じゃねーっての。」
 ジェフティエムハブ「…あの。それでは王に催促をいたしましょうか…?」
 コンス「いや、お前じゃ頼りない。オレが直接ナシつけてやるよ。色々文句もあるしな。」

 神々の中でも短気な部類に属するコンスは、怒らせると後が大変なのでした。月が常に月齢を変えるように、気分屋で、気まぐれに人間と接する神なのです。
 ジェフティエムハブにとっては、そんなコンスがわざわざ遠い国まで人助けにやって来たこと自体、不思議なのでした。

 ジェフティエムハブに出発の仕度をしておくように言って、コンスは、あの小人を呼び出しました。

 コンス「おい、オレはそろそろ国へ戻る。けど、その前にお前に聞いておきたいことがある。」
 小人「如何なることか。誓いなら破らぬ。我は、もうこの国にあだなすことはせぬぞ。」
 コンス「そうじゃねぇよ。ソレはソレとして置いといて、お前、―――この国のためになることをしてみる気はねぇか?」

 小人は、驚いたようにギョロリとした眼を大きく見開きました。あだなすことと、ためになることとは全く正反対です。

 コンス「この国はオレの国じゃない。お前の国だ。そして、この国で一番力があるのはお前だ。だったら、お前が守り神になるのがスジってもんじゃねぇか。」
 小人「何を言い出すかと思えば。我はこの国で最も恐れられしもの。人間の怒り、憎しみ、畏れ、悲しみ…それらが我の糧となる。」
 コンス「喜びや幸せを糧にすることだって出来る。お前は、人間たちを怯えさせるように、人間たちを喜ばせてやればいい。今のこの国は、オレみたいな弱い月の光さえ太陽に感じられるくらい深い闇の中にある。このままじゃ、お前も、いつかその闇に飲まれて消えちまうぞ。」

 小人は、黙ったまま、月の神のおもてを見つめました。コンスはなおも続けます。

 コンス「前に言ったろ、人に必要とされるからオレは強いんだって。確かに、暗い感情も人の求めるものの一つだ。けどな、今この国の人間たちは、それよりも何よりも明るい光を求めている。人々の求めるものになれば、お前は今よりもずっと強くなれるんだぞ。」
 小人「…強く…?」
 コンス「そうだ。そー考えりゃ、別に悪いことじゃねぇだろ。お前は人間たちのために、余計なモンを寄せ付けない。人間たちはお前に感謝して、お前を強くする。どうだ?」
 小人「悪くは無い。しかし…人間どもは本当に我を崇めるのか…?」
 コンス「あぁ。任しとけ、オレがナシつけてやる。」

 にっと笑ったコンス神、その晩、月の出る時刻に、王の寝室に忍び込みました。
 ちょうど眠りにつこうとしていたバクタンの王は、突然息苦しくなったのに気が付いて、おそるおそる窓辺を振り返ります。

 コンス「おい。」
 王「ひっ?!」
 コンス「オレが誰だか分かってるな。いい加減、オレも国で仕事があるんだよ。いつまでもつまんねー嘘ついてっと、この国を滅ぼしちまうぞ。いいのかよ。」

 窓辺に浮かぶ、きらめく銀の鷹が、射るような眼で王を睨みつけます。王は、ただもうぶるぶると震えて、ベッドの端に崩れ落ちるように腰を下ろすのがやっとでした。

 コンス「オレがいなくなると、また災いが起きるんじゃねーかと思ってるだろ。」
 王「は…はい…。なぜそれを」
 コンス「に隠し事ができると思ったのか? 甘いぜオッサン。ところで、オレとしてもこの国の将来は気がかりだ。そこで一つ命令がある。」
 王「は、はい、何でしょう。何なりと」
 コンス「都に、この国一番の神殿を建ててくれ。そこにオレの子分を残していく。そいつは、この国のためにこれからガンガン仕事をしてくれる立派なだ。ケチるなよ。立派じゃねぇと働かないからな。分かったか」
 王「は、はい! 分かりました、すぐに仰せのとうりにいたします、ですからどうかお怒りを鎮めて下さい!」
 コンス「おう。じゃ、オレ、明日帰るから。」

 言うだけ言って、コンスは翼を広げて月明かりの空に消えてしまいました。王は真っ青なままベッドの上で震えていましたが、ややあって、はっと我に返ります。
 眠りにつこうとしていた城の人々をすぐさま叩き起こし、たった今告げられたばかりの神託を皆に伝え、ジェフティエムハブにはコンス神をとりなしてくれるよう必死でお願いしました。

 その話を遠くから聞いていた王女ベントレシュは、人々が気付かないうちに、そっと城を抜け出して、コンスの神像が祭られている場所へと向かいました。

 月の光だけが差す、真っ暗な祠には、誰の気配もありません。
 手探りで奥へ歩き出そうとした彼女は、突然、何か壁のような空気に阻まれて、足を止めました。

 ベントレシュ「コンス様、おられるのですか?」

 奥へ向かって語りかけても、返事はありません。

 ベントレシュ「…やはり、国へお戻りになられるのですね。ごめんなさい…。いろいろしていただいたのに、私たちは何も差し上げられませんでした。数々のご無礼をお許しください、けれど、私たちは本当に―――」
 コンス「別に、オレはあんたたちがウソをついたことに怒ったりしてねーよ。んな細かいことでイチイチ人間を罰するような、気難しい神じゃねぇ。ウチの国の砂漠はデカいんだ。砂漠の石より細かいことは気にしねぇ。」

 どこからともなく、のんびりとした声が返って来ました。ベントレシュは、滲みかけていた涙を拭い、ショールで顔を隠しました。

 コンス「なぁ、あんた、結婚してるのか?」
 ベントレシュ「は…え、ええ?」

 突然のことに、王女はびっくりして言葉をつまらせています。

 コンス「してないなら、さっさと結婚して子供産めよ。オレの本業は、悪魔払いじゃなくて新生児の守護者なんだよ。新しく生まれて来る人間の魂は、純粋で、透き通ってて、すげー綺麗なんだ。命の輝きってのはイイもんだぜ。星みたいな魂が大地いっぱいにちりばめられてると、オレも、上から見てて嬉しくなる。」
 ベントレシュ「…私、産みます。たくさん子供産みます。そうしたら、コンス様にも見えますよね。遠くからでも、きっと分かりますよね?」
 コンス「あぁ。きっとな。」

 それを聞いて、ベントレシュは、嬉しそうに微笑みました。姉によく似た、満ちた月のような輝きで。



 ―――それから、バクタンの国は、もとは悪しきものであった小人を守護者として祀り、何者にも脅かされることはなくなりました。
 帰路についたジェフティエムハブたちは、順調に行程をたどり、予定どおりテーベの町へと帰りつきます。百の門に囲まれた太陽の都市は、彼らが発った時と全く変わらぬ賑わいで、そこに在りました。
 待ち望んでいた王とネフェルウラー王妃は使者たちから妹姫の命が救われたことを聞き、たいへん歓び、コンス神に多大な感謝を寄せたということです。

 帰還のお祝いと、たくさんの供物が捧げられている中、長く本当の家を離れていたコンス神も神像とともに自分の祠に戻り、久しぶりに心地よい暗がりでくつろいでいました。

 コンス「かー! やっぱ家がイチバンだね。この容赦ねー暑ッい風も最高!」
 トト「お帰り、コンス。どうだった? バクタンは。」
 コンス「おう! ウワサの雪ってやつを見たぞ! ありゃ面白いよな。向こうの食いもんとかも旨かった。」
 トト「って、リゾートに行ったわけじゃないんだから(笑)。」

 バクタンから戻って来たとき、テーベは冬になっていました。
 けれど、暑いこの国に雪は無く、夏より少し涼しいばかりの風が吹くだけです。

 あの、白い雪の景色がちょっと懐かしいかな…なんて、思ってもみるコンス神。はじめての一人旅物語でありました。^^;


                                                  おしまい。

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 ところで…バクタンって、今で言うとどのへんなんでしょう。(←オイオイ)



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