大神殿のナイショ話

神話物語 北の王女−月神コンスへの祈り 第4節



 バクタンの使者は、遠い道のりを急いで来たためボロボロに疲れており、今にも倒れそうな様子でした。
 王の前に通された使者のただならぬ様子に、ネフェルウラーも、気が気ではありません。
 「それで、どういう用件なのだ。一体何があった」
 「は…。実は」
使者は、息も絶え絶えに告げました。

 ネフェルウラーの双子の妹、国に残してきたもう一人の姫君が、姉のいなくなってすぐ悲しみのあまり病に倒れ、悪しきものに取り憑かれてしまったこと。姫君の体を宿としたその悪しきものは、国全体に呪いをかけ、作物は実らず、家畜はばたばたと死んでゆくのだということ。
 今まで、数多くの魔術師や祈祷師が挑みましたが、誰も、太刀うち出来ません。

 このままでは、バクタンの国が滅びてしまう、と使者は告げました。
 もちろん、妹姫の命も…。

 これを聞いたネフェルウラーは驚きと悲しみのあまり真っ青になり、ラメセス王は眉をひそめました。大切な妻の故郷です。助けないわけにはいきません。
 すぐさま、国でいちばんの医者、ジェフティエムハブが呼ばれました。神の加護を受けた呪医ならば、その悪しきものを退治できると思ったのです。

 けれど、この医者が使者とともに旅立ってしまっても、ネフェルウラーの気持ちは晴れませんでした。
 もし、それでもダメだったら。
 こうしている間にも、妹の命が危険にさらされているかもしれないのです。故郷に何かあったら、生きていけないとさえ思いました。

 ベッドに突っ伏して泣きつづけていた彼女は、いつしか夜が来て、月が昇りはじめていることに気が付きませんでした。
 丸い月。
 銀色に輝く、癒しの光を称えた月が、窓に差し掛かったとき、静かに風が吹きました。

 コンス「…話は聞いたよ。」
 ネフェルウラー「……。」
 コンス「妹が大変なんだってな。オレ…力になってやるよ。」
 ネフェルウラー「無理よ。バクタンは遠い国。それに相手は国中のお医者や魔法使いで勝てなかった、恐ろしい病なのよ。」

 泣きじゃくって崩れた顔を隠すように、ベッドに顔を突っ伏したまま彼女は言いました。

 コンス「そんなこと言うなよ、あんたらしくないぜ。あんた、妹、大事なんだろ?」

 いつしか、声はすぐ近くまで来ていました。

 コンス「前に話してくれたじゃねーか。双子で、いつも仲良く一緒だったって。あんたと別れるとき、ぼろぼろ泣いてたんだろ? オレだって助けてやりたいんだ。だから聞いてくれ。」
 ネフェルウラー「……?」

 顔を上げたネフェルウラーは、目の前に、誰もいないことに気付きました。つい今まで、声は聞こえていたはずなのに。
 泣きはらした目を擦りながら、彼女は、部屋の中を見回します。

 ネフェルウラー「あっ…。」

 窓から差す月の光の中に、銀色に輝く一羽の鷹がとまっていました。その姿は半透明で、この世のものとは思えません。

 コンス「あんた、いろいろ面白い話もしてくれたしな。その恩返しだ。」
 ネフェルウラー「あなたは…、もしかして…。」

 その時になってようやく、ネフェルウラーは、ずっと漠然と感じていたものの正体に気がついたのでした。
 最初に現れた時から、少年の足元には影が無く―――、月明かりそのものだったのです。


 昼間でも暗く、静かなコンス神殿。
 父神アメンの神殿にくらべて小振りで、街からも離れたところにあるこの神殿に王が足を運ぶことは、滅多にありませんでした。と、いうのも、コンスは気難しい神として知られており、あまりこまめに参詣すると鬱陶しがられるものだったからです。

 そのコンス神殿にやって来たのは、妻のネフェルウラーから、助力をお願いして欲しいと頼まれたからなのでした。
 ラメセス王は、ネフェルウラーがコンス神を崇めていることなど、ちっとも知りませんでした。いえ、この街の神なのだから、知っていても不思議はありません。ただ、遠い異国の妹を救うために力をお借りして欲しい、などと言い出すとは、思ってもみなかったのでした。

 気難しやで気まぐれな月の神が、果たして力を貸してくれるものだろうかと、王は少々疑い気味に祠へと足を踏み入れました。
 外の照りつける太陽の日差しとは裏腹に、中は、ひんやりとした風に満ちています。

 コンス「よぉ、久しぶりじゃん、王様。」
 ラメセス「は…。」

 やたらと気安い声が、どこからともなくかかります。王は、慌ててその場に平伏しました。神の気配に背筋は自然に震え、顔が上げられなくなります。
 どこからともなく聞こえる声は、重々しくも厳しくもないのに、まるで、胸の辺りを圧迫するように重いのです。

 コンス「そう緊張すんなって。あんたに来て貰ったのは、やって欲しいことがあるからさ。」
 ラメセス「…やって欲しいこと? 何でしょう。何なりと」
 コンス「大したこっちゃない。王宮で管理してるオレの神像、アレをちょいこここへ寄越してくれよな。なんせバクタンってのは遠いだろ? オレとしても、媒介無しで出張すんのはキツいんだわ。」

 その口調は、既にこちらの事情をすべて知り尽くしているようでした。

 コンス「何だよ、何か気にいらねーのか?」
 ラメセス「いえ…。我が妻のことでお力添えをしていただけるとは、感謝の言葉もありません。」
 コンス「ま、ちょっとした気まぐれってヤツさ。早くしろよな。」

 王はすぐさま、「たくらみの像」と呼ばれるコンスの神像を移動するよう部下たちに命じました。
 コンス神がバクタンの姫に助力するらしい、というウワサは、瞬く間に都中に広まります。当然、神々の耳にも届きました。母親のムト女神も、意外だったようです。

 ムト「珍しいことね。あなたが自分から進んで人間たちに力を貸すなんて。」
 コンス「いいだろ、別に。そのくらい」
 ムト「ええ勿論です。相手は大王の第一王妃。恩を売っておいて損はありませんわ。しっかりお勤めしていらっしゃい。」
 コンス「…けっ。」

コンスは、不機嫌そうに自分の神殿に引きこもってしまいました。そこへトトがやって来ます。

 コンス「ったく、おふくろはいつも恩だ地位だとウルサイんだ。役目だの何だの、オレは知ったこっちゃねぇよ。」
 トト「(苦笑)そうだね…。君はそういうの、嫌いだったよね。あの王妃がただの町人だったとしても、力、貸したんだろ?」
 コンス「けっ。知ったよーな口利くなっ! 何しに来たんだよお前は。」
 トト「はい、出張許可書(ニッコリ)。」
 コンス「……。」

さらに不機嫌そうな顔でそれを受け取ったコンスは、トトが、まだその場に残っていることに気が付いてムッとした表情を向けます。

 コンス「まだ何かあんのかよ。」
 トト「いや。…気をつけて。バクタンは、あまりに遠い国だから。」

 それだけ言うと、トトは帰って行ってしまいました。
 一人になって、エジプトを出るのは初めてだと、今さらながらに気が付いたコンス神。見たことも無い異国へ行くことに少しの不安も感じなかったわけではありません。
 月は欠けて満ち、再び満月の夜がやって来ます。

 神殿に運び込まれた神像に力が満ち、バクタンへの出発の時がやって来ました。


                                                ―――続く

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