大神殿のナイショ話

神話物語 北の王女−月神コンスへの祈り 第2節



 月がかかる夜、宴を終えた人々は、静かに眠りについていました。
 輿に乗せられ、街じゅうをねり歩いた神の像は、またもとの祠へ戻され、神殿の中は静まり返っています。
 川の水が静かに月の光を弾く時刻、コンスは、音もなく起き出して、空から宮殿へと向かいました。
 ここでも、見張りや片付けをする召し使いたちのほかは寝静まり、明かりもほんの僅かです。みな、年に一度の大きなお祭りで騒いで、疲れきっているのでしょう。
 深い眠りが覆う中、一人の女性が、目に涙を溜めて窓からぼんやりと外を眺めていました。

 「何だよ、姫さまだって言うから、もーちょっとマシな顔してるかと思ったのに。」
 「きゃっ?!」

 誰もいないはずの王宮の奥で、しかも、こんな夜更けのことです。誰もいないと思っていた彼女は、どこからともなく聞えて来た声に驚いて、思わず手に握り締めていた首飾りを落としてしまいました。

 コンス「おいおい。そんなに怯えることないだろ? 別に怪しいモンじゃないって。」
 ネフェルウラー「あ…、あなたは?」

 バクタンの姫君は、いつの間にか部屋の中に現れていた少年に、警戒の視線を向けました。月の明かりが窓から入り、部屋の中をぼんやりと照らしています。見知らぬその少年は、月の光の中で、まるで光に溶け込んでいるように見えました。

 コンス「オレはコンス。あんただろ? 北国から来たって姫さまは。」
 ネフェルウラー「そ…そうです…でも、どうして…。」
 コンス「なーに、あんなボロい輿で来たから、どんな貧しい姫さまかと思ってさ。」

言いながら、コンスは彼女に近づいて、落ちていた首飾りを拾い上げました。

 コンス「ほらよ。」
 ネフェルウラー「…あり、がとう。」
 コンス「へぇ。泣きはらした顔だったから不細工だと思ったけど、あんた、笑うと結構美人じゃん。名前は?」
 ネフェルウラー「…ネフェルウラーです。この国の言葉で、『ラーのように美しい』と。」

 異国の姫君たちは、この国の王室に嫁ぐとき、大抵が名前を変えさせられ、新しい名前で呼ばれるようになるのでした。彼女もまた、王よりその名前を授かったのでしょう。

 コンス「ラーねぇ。…別に美しくねぇと思うけどな、あのジイさん(小声で)」
 ネフェルウラー「はい?」
 コンス「あー、いや。こっちの話だって。ま、遠いとっから来たんで不安かもしんねーけど、あんまし泣くのは体に良くないぜ。じゃあな!」
 ネフェルウラー「あっ…」

 言うなり、コンスは窓からひょいと飛び出して行ってしまいました。慌てて窓から身を乗り出したネフェルウラーの視界には、もう、誰もいませんでした。
 白く輝く王宮の中庭。空には、ただ静かに、銀色の月が輝いているばかり。


 異国から来たネフェルウラーが、嫁ぎ先の神々の名前を知らないのも無理の無いことでした。
 次の日も夜が来て、窓辺にいた彼女もとに、またあの少年が現れます。

 コンス「よう、今日は泣いてないみたいだな。」
 ネフェルウラー「あなたは…。昨日もそうですけれど、一体どこから? ここは、一般の人は入れないはずでしょう。」
 コンス「んなの関係あるかよ。ここはオレんちみたいなモンなんだぜ。」
 ネフェルウラー「家…。もしかして、陛下の息子さんですか?」

 ラメセス大王には、100人を超える子供がいたとも言います。そんな人数の顔と名前が、一朝一夕に覚えられるものではありません。
 コンスは苦笑いして、答えを濁しておきました。本当のことを言っても多分信じないだろうし、知らないほうが、気安く話が出来ると思ったからでした。

 コンス「なぁ、あんた、その首飾りって王家の紋章入りだよな。昨日も持ってたけど…。」

話題を変えるように、彼は、ネフェルウラーが首から提げている立派な首飾りのことを言いました。

 コンス「どうしたんだ? ソレ」
 ネフェルウラー「ああ…はい、陛下から戴いたのです。后となるものには、このくらい必要だから…と。」
 コンス「ふーん、あの王にしちゃ珍しい…。あんた、よっぽど気に入られたんだな。」
 ネフェルウラー「私も、信じられません。『お前を第一の后にしてやる』と、言われて…。」

 それはつまり、この国で王に継ぐ第二の権力を彼女に与える、という意味でもありました。並み居る各国の王女たちの中で、辺境の小さな国から嫁いできたばかりの姫君が、王の特別の寵愛を受けることになったのです。
 これには、コンスもちょっとびっくりしていました。

 コンス「王妃かー…。へー…。あんたがねー…。王も変わった趣味っつーか…ロリコンだろ、これは」
 ネフェルウラー「ロリコン?」
 コンス「あ、いや。年が離れすぎてるなって意味さ。(やっぱ王女だけに、俗な言葉は知らないらしい。)嫌じゃないか? ソレ」
 ネフェルウラー「いいえ。」

驚いたことに、彼女は、キッパリと否定しました。その視線は、真っ直ぐです。

 ネフェルウラー「あのお方は、とても誠実で、素晴らしいと思います。目に宿る輝きが…特に。今まで見て来た、どんな殿方よりも、生気に満ち溢れていますわ。」
 コンス(げっ、一目ぼれ?! あちゃあ、両思いかよ。ヤラレたね〜これは)
 ネフェルウラー「でも…、こんな私などが、そのような偉い地位についても良いものかどうか。」

 表情を翳らせ、俯いたネフェルウラーに気付いて、コンスは、明るい声で言いました。

 コンス「良いも悪いも、いーじゃねーか。あんたの国、ビンボで少しでも援助が欲しいんだろ。だったら国のためにもなる。あんたはあんたで、好きなヤツと結婚できるんだぜ? それ以上の幸せなんかねーだろ。」
 ネフェルウラー「…はい。」
 コンス「だったら、もっともっと幸せそうな顔しろよな。幸せなヤツが幸せな顔しなかったら、一体誰が幸せな顔すりゃいいんだよ。不幸なヤツに失礼だろ?」
 ネフェルウラー「そうですね。…何だか、お説教されているみたい。コンスさんって、私よりずっと年下に見えるのに…ヘンですね。」

 そう言って、彼女は眩しい光のような笑みを零しました。それは、ラメセス大王をも魅了した、この国で最高の笑顔です。夜の淡い月明かりの下では眩し過ぎるくらいだと、コンスは感じました。
 その時から彼は、密かにこの異国の王女を守ってやろうと思うようになったのでした。


                                                 ―――続く

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