大神殿のナイショ話

神話物語 北の王女−月神コンスへの祈り 第1節



−−−元になった物語は、市販の本に「王女と悪魔」のタイトルで収録されていたものです。
これは、それの自分的焼き直し版。−−−



序章

 「我が国に、二粒の類稀なる宝玉がございます。それは私の二人の娘たち、この世で最も美しい姫でございます。もしも助力をいただけるのであれば、王よ、そのうちの一粒を貴方に差し上げましょう。」

 バクタンの王は、そう言って二つの国の主、ラメセスに請い願った。険しい山々に囲まれた、貧しい北の国バクタンは、常に無法者や遊牧民によって脅かされており、大国の援助を必要としていたのだが、貧しさゆえに他に貢物が無かったのだ。
 既に多くの美女に囲まれており、全く期待せぬラメセスのもとを辞したバクタンの王は国もとに帰り、双子の姫君のうち太陽の輝きを持つ姉姫を、遥かなるナイルの国へと送り出したのであった…。

 物語は、ここに始まる。
 貧しき北の国と、南の大国との間に交された、神と人との物語である。


       *        *         *        *        *


 それは、太陽王と呼ばれたラメセス2世が大きな権威を持ち、王都から見渡す遥かな国々を治めていた時代のこと。
 遠い異国の使者でさえも、この現人神に忠誠を誓い、国の安泰のため貢物を捧げにやって来ていました。北からも、南からも。

 国が富めば神殿への寄進が増えますし、神々のお陰だと、人々が感謝すれば信仰が強まり神々の力も増します。

 けれど、そんなこと、どうでもいいと思っている神もいました。

 コンス「…毎日毎日、ウザイんだよ、あいつらは。」

 王都は、ナイル川をだいぶ上流まで遡った、テーベの街にありました。ここは、アメン神の本拠地であるとともに、その妻ムト、息子のコンスの家でもあります。
 まぁ実家の客間にひっきりなしに異国のお客が来るんですから、月の神で夜活動するコンスとしては、邪魔で邪魔で仕方が無かったのでしょう。

 コンス「オレの睡眠を邪魔すんなーっつの! 礼拝なんか来なくていいから寝かせやがれっ」
 トト「あーあーあーもぉ…なんか、絵に描いたような自堕落ぶりだね、コンス。そんなにヒマなら、少しは手伝って欲しいよ。」

 相変わらずトトは苦労性でした。
 神殿への寄進やら、異国の使者からの貢物やらの目録づくりに大忙し。こういう几帳面な仕事はみんな彼の役目なのです。さすが…経理部担当(笑)。

 コンス「ったく、お前は働きすぎだーっつの。ちゃんと寝てるのか? 睡眠不足はイライラのもとだぜ?」
 トト「神に睡眠は要らないでしょ…。君って、ヘンなところが人間っぽいんだよね。」

苦笑しながら、トトはコンスの神殿に収められた献上品のチェックなどしていました。
 コンスは手伝おうともせず、寝っ転がったまま外の様子を見るともなしに見ています。街は、お祭り騒ぎでした。
 それというのも、ナイルの氾濫を祝うオペト祭の最中だからなのです。

 この祭りでは、神々の像は輿に載せられ、行列とともに町じゅうを練り歩きます。主神であるアメンやムトの像とともに、コンスの像も、今ごろは街のどこかで人々の喝采を浴びているはずでした。
 ちらり、と顔を上げたトトは、コンスに訊ねます。

 トト「行かないの?」
 コンス「……。」

 せっかく、自分の町での大きなお祭りだというのに、暗い神殿の奥でゴロゴロしているなんて、何だか勿体無い話です。

 トト「外に出られるんだよ?」
 コンス「いい。どうせオレ、普段からフラフラしてるし」
 トト「…あ、そっか。でもお祭りだよ?」
 コンス「人が多いのも煩いのもキライだ。」
 トト「そう…。」

 コンスはひねくれ者で、一度こうと言い出したら、なかなか聞かないのでした。
 トトは実は、コンスの母親・ムト女神から、彼を連れ出すように頼まれていたのですが、これはどうも無理なようです。
 そっとしておこう、と思ったトトは、それとなく立ち上がり、部屋を出て行きました。
 残されたコンスは、ひとり、ひんやりする神殿の天井を見上げてぼんやりしています。

 外からは賑やかで楽しそうなお祭りの音。
 「…ちょっとくらい、見てもいいかな…。」
ようやくその気になった彼は、そっと風に紛れ、神殿の外の大通りを覗いてみました。

 祭りの行列は、華々しく通りを横切っていきます。人々が歓声を上げています。
 けれど、そのときコンスの目に止まったものは、兵士たちに守護されながら王宮へと向かっていく、汚れた一台の輿でした。
 祭りの余興には、そんなものはありません。異国の使者だとしても、もっと立派な輿に乗ってくるはずです。
 興味を覚えたコンスは、その輿の後を追いかけようとしました。
 と――――

 ムト「あら。コンス?」
 コンス(ぎっくう! こ、この声は…)

 振り返るとそこには、コンスがこの世で最も畏れる存在、母・ムト女神がニッコリと。傍らには、トトが立っています。

 ムト「ちっとも動く気配がないだなんて言うから心配してたけど、出て来てるじゃないの。」
 トト「はあ…そうみたいですね(コンスのほうに視線をやる)」
 コンス「……。」
 ムト「まぁ、何にせよ、自分から出てきたのは良かったわ。こんなお祭りの日まで家でゴロゴロしているなんて、若者にあるまじき行為ですものね。コンス、人間たちへのサービスもお勤めの一環ですよ。ちゃんと果たしてらっしゃい。」

 お説教をして、ムト女神は優雅な足取りでお祭りの行列のほうへ戻っていってしまいました。(※神様の姿は、通常、人間には見えていません。)
 ほっとしたコンスは、汗を拭います。

 コンス「ふー。ヤバかったー…まさか、おふくろに見つかるとはなー。(汗)」
 トト「それより、どうしたんだい? 君が自分からお祭りに参加するなんて」
 コンス「違うんだよ。別に祭りなんかどうでも良かったんだけどさ、さっきの、あの輿が気になって。」
 トト「輿?」
 
 トトは、宮殿のほうをしばし見つめていたあと、ああ、と、思い出したように声を上げました。

 トト「そうか、バクタンの姫君だよ。ようやく到着したんだね。」
 コンス「バクタン? どこだよ、それ」
 トト「ここからずっと北のほうへ行くと、ナイルと同じくらい大きな、ユーフラテスという川がある。その上流のほうにある小さな貧しい国さ。同盟国も業務領域だよ、覚えておかなきゃダメじゃないか。」
 コンス「知ったこっちゃ無いっつの。んで? そこの姫さんっつーことは、またラメセスの嫁か? 何十人めだよ」
 トト「……(苦笑)。」
 コンス「どこの姫だろーが、後宮にブチ込まれちまえば同じような美人なねーちゃんの一人に過ぎないだろ。ま、オレは興味ねぇし。やっぱ寝よ寝よ。」

 興味の無いフリをして踵を返したコンスでしたが、自分でも気が付かないうちに、更に興味が湧いてきていました。
 世界に名だたる大王ラメセスは、これまで何十人という后を迎えていますが、その中のただ一人として、あんな、みすぼらしい輿で輿入れしたことはありません。それに、バクタンという北の果ての国のことも気になってしました。

 ナイルと同じくらい大きな川…。
 それは、どんな川なのでしょう。その川にも、やはり氾濫はあるのでしょうか。
 いつの間にかコンスは、見たことのない、遠い異国に思いを奪われていたのでした。


                                               ―――続く 

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