大神殿のナイショ話

神話物語 カエムワセトと封印の呪文vol.1



−−注;元ネタとなった実在の神話との相違は、ご自分でお確かめ下さい。−−


 この物語は、人間界で語られるところの「カエムワセトとミイラ」なる神話の真実でございます。まだご存知ないかたには、粗筋をご説明いたしましょう。

 かのラメセス2世の息子にして高名なる知恵者(にして魔術師)、カエムワセトは、ある時、古い記録の中から、知恵の神トトの呪文書を手にした古えの王子(にして魔術師)、ネフェルカプタハの記録を発見します。ネフェルカプタハは、その呪文書によって妻・子とともに神にも匹敵する力を手に入れるのですが、このことが神の怒りに触れ、非業の死を遂げることになります。
 けれどカエムワセトは、そんな恐ろしい死など恐れません。ただ学者としての知識欲から、トトの呪文書を欲し、ネフェルカプタハの墓を求め、そこから、禁じられた神の呪文書を奪ってしまうのです…。


 と、まぁ、人間側から見ればこんな具合ですが、神の側からすれば、大事件です。
 そこらへんの人間が、神の真の名やら神の知識やら手にしてしまったのでは、世界の秩序が乱れてしまいます。何しろ人間というものは、神以上に失敗を冒しやすい存在ですから…。


 太陽神ラー「…で?」
 トト「……すいません。」

社長に呼び出されたトトは、俯いてそう言うしかなかった。それはそうである。彼の管轄下にあった呪文書を、取られてしまったのですから。
 トップじきじきのお呼び出しで叱られるようなミスなんて、フツーの会社なら速攻クビですが、神さま社会はそう簡単ではありません。自らのミスは、自らで拭わねばならないのです。

 ラー「今度はカエムワセトか。前にも増して厄介な者の手に…。なぜネフェルカプタハの死んだ時に取り返しておかなかった?」(じろりとねめつけるように)
 トト「…いかな理由があっても、墓を荒らすことは許されていません。墓は神聖なもの。神が自ら墓荒しをすれば、人間たちに悪い知恵を与えてしまうことになります。」
 ラー「愚かな。たかだか人間の墓ごときを荒らすくらい! 例の呪文書が人の手に渡ることを思えば、ちっぽけなことではないか!」

 その、ちっぽけなことを許せないのが、几帳面でバカ正直なトト神なのでした。いかな理由があっても、法と秩序を破ってはならない…と、そういうふうに生まれついているのです。
 太陽神ラーはかなりイライラしておりました。

 ラー「とにかく、さっさと呪文書を取り返せ! いいな。」
 トト「分かっています。必ず…。」

 ラーのもとを辞したトトの胸には、いつにない焦燥がありました。なぜなら、前回は短気なラーが直接手を下して、ネフェルカプタハと妻子をナイル川に突き落とし、溺死させてしまったからなのです。
 今回も、手をこまねいていては、カエムワセトが殺されてしまう…。
 なんでもお見通しのトトは、彼が神に逆らったのではないことを知っていました。神になりたかったわけでも、神を越えたかったのでもなく、ただ知識欲のため。学術的探求は、学者に与えられた特権であり、義務のようなものです。ならば、知恵の神トトとしては祝福すべきものでした。
 何より、カエムワセトという優秀な人間を地上世界から奪ってしまいたくはありません。

 彼は、妹のセシャトに頼んで、しばらく業務を預かってもらうことにしました。仕事仲間のアヌビスとマアト女神にも伝言しておいてくれるように、と。

 セシャト「それで人間の世界に? でも、どうしてわざわざそんなことをするの。取り戻すだけなら簡単じゃないの?」
 トト「それだけなら、ね。でも、巻物という形だけ取り戻しても、意味は無いんだ。彼がもし中身を見てしまったのなら、その記憶に刻まれた部分も取り戻さなくては―――。」
 
 他の神ならば意味はわからなかったかもしれませんが、トトと同じく、知恵を司る神であり、文字を持つセシャトはピンと来たようです。

 形になったものは、力を持ちます。
 アンクやジェドのような護符、神の像、神殿、象形文字。特別な形には、それぞれ、特別な力が宿っています。中でも特に、知識を記した呪文の書は、それ自体が強力な魔法の道具となります。

 「知っている」ことが重要なのではなく、その知識を書き記すことが出来てはじめて意味を持つのが、古代エジプトの魔術です。魔法とは、形を作り出す力そのものなのです。

 セシャト「もし中身を読まれていたら、その内容が語り継がれ、誰かの手で文字に直されてしまうかもしれない、ということね。」
 トト「うん…。そうなんだ。」

 前回は、そのことを懸念した太陽神ラーが、帰郷途中にあったネフェルカプタハをアッサリ殺してしまったのですが、今回は…。
 トト神は、そんな簡単に人間の命を奪ってしまえるほど、絶対的でも、冷酷でもない神でした。けれど、「秩序を守る」という最優先事項に逆らうことは出来ません。
 もし、カエムワセトが既に中身を目にしていて、そのことを誰かに告げてしまっていたら、一族郎党皆殺しもあり得ます。それを思うと、トトの気持ちは沈みましたが、ぐすぐずしている暇はありません。
 こうしている間にも、時間は経ってしまうのです。

 「とにかく、急ぐから。あとは頼んだよ、セシャト!」
 「頑張ってね、お兄ちゃん。」
トトは大急ぎでカエムワセトのもとへ向かいました。カエムワセトはプタハ神官ですから、メンフィスの大神殿にいるはずです。


 思ったとおり。
 プタハ神殿の中庭をブラついているカエムワセトがいました。けれど、そのまんま話し掛けるわけにはいきません。神様が神々の世界にいるときのままの状態で出て行くと、色々とマズいことが起きるからです。

 トトは一計を案じます。何とかカエムワセトひとりを誘い出すことは出来ないだろうか。それも、周りに何の不審も抱かせずに。

 と、ふと思いついたのは、ブバスティスにいるバステト姐さんでした。
 恋と音楽の女神バステトなら、色気たっぷり、若い男のひとりやふたり、簡単に引っ掛けられるはずです。
 トトが社長に叱られたことを知っていたバステトは、「いいわよ。アンタとはライブ仲間じゃん?」と快く色仕掛けを引き受けてくれ。カエムワセト好みの美人に変身して(なぜ相手の好みを知ってるのか、とか無粋なことは聞いてはなりません。神なので。)、これ見よがしに彼にお色気ビームを放射しました。

 バステト姐さん扮する美女タブブのしなやかな足取りに、カエムワセトの目の色がみるみる変わっていきます!
 さすがは神。化けるのも巧い。と、いうか、…カエムワセトが単純なのですね。王子で、エライ学者で、さらに大神官なのに。

 カエムワセト「お、お友達になりたい…v」

 胸ドキドキの彼は、美女に近づこうと、従者を使ってあれこれ調べようとします。バステトのほうも心得たもので、目的のカエムワセト王子を人知れず誘い出せるよう仕向けます。
 かくして、王子はバステト(変身中)に誘われるまま、メンフィスから離れた、ナイル下流はブバスティスの町へとやって来てしまいました。

 そこはバステトの守護領域。他の神が無断で侵入することは出来ませんし、よからぬものが入り込めば、ただちに彼女の察知するところとなるでしょう。
 エジプトの神々は基本的に出身地の守護神としての役割優先なので、アウェイよりはホームのほうが圧倒的に有利なのです。

 さて、念願の美女の部屋へと誘い込まれた哀れなカエムワセトに待っていたものは…。

 美女「ウフフ。…さて、と、カエムワセトさん。ここが何処だか分かっているわね。女神バステトの治めし町、愛の都ブバスティスよ。」
 カエムワセト「わ、分かっているとも。(よからぬ妄想で頭はイッパイ)さあ、早く(何をだ!!)」
 美女「フフ、だ・め・よ。いくら恋愛自由とはいえ、そう簡単に男に身を任せちゃ。泣くのはいつも女だわ。あーいうコトやそーいうコトがしたいんなら、まずは、誓いの書を書いてもらわなくっちゃv と、いうわけで、代書人さん♪ 入って来てv」
 カエムワセト「え? あ…」

 代書人と言えば、神々の書記官でもあるトト神でしょう。さしもの彼も、いきなり現れた代書人とやらが誰だか分からないまま、ポカンとしています。
 振り返ると、先ほどの美女の姿は無く。かわりに、この町の至るところで見受けられた彫像と同じ人物が…!

 バステト「これでいいでしょ? んじゃ、ね、トト。あとはガンバって」
 トト「うん、ありがとうバステト。恩に着るよ」
 バステト「ウフフ。その恩は、今度またしっかり返して貰うわよ。チュv(←投げキッス)」

 ぽかんとしているカエムワセトの目の前で、バステト女神は消えてしまいました。残るは、トト神のみ。もちろん、そこは単なる部屋ではなく、バステト女神の作り出した異次元空間。外の世界とは隔絶された結界内です。

 トトは、なぜこんなところにカエムワセトを呼び出したのでしょう。そしてまた、彼はなぜ、こんな回りくどいことをしなくてはならなかったのでしょうか…?
 奪われた呪文書に秘められた真実とは…。
                                           ―――vol.2に続く



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