大神殿のナイショ話

オシリス一家物語 ちょっと切なく思い出編



 それは、まだオシリス以下兄弟たちが幼かりし日のこと。
 年齢順にオシリス・ハロエリス・イシス・セト・ネフティスの5人は、ナイル川沿いの土手で、夕焼けを眺めていました。

 …何? イシスはセトより年上なのかって?
 そのようです。生まれた日付を信用するならイシスは4番目のハズですが、通常の神話ではセトよりイシスが年上ってことになってます。だからこの順番になりました。(このことは、第2話でも出てきます。)

 しかも、ダイレクトに近親相姦するのもイヤだったので、オシリス3兄弟とイシス姉妹は養子縁組した親戚で、直接血が繋がってるわけじゃない、という設定を採用しています。
 エジプトって近親相姦が当たり前だと思ってるでしょ? ところがドッコイ、最新DNA調査によると、近親交配による遺伝子異常は全く見つかっていないんですねぇ! ってことは、実は本当に血の繋がってる間での結婚って、意外と少なかったんじゃないでしょーか。

 とかいう前提はともかく。


 幼かりし日の5人は、まだ将来のことなどあまり深くは考えていません。どんなエライ神様にも子供時代はあります。あのセトが泥んこになって泣きながら家に帰ってくるとか(笑)、イシスが料理に失敗して台所をバクハツさせるとか、おませなネフティスがコッソリお母さんの口紅を使って叱られるとか、あったかもしれません。^^;
 …オシリス様とハロエリス様は、なんか何事もソツなくこなしていそうなイメージがありますが…。(偏見)

 そう、この日々が、永遠に続くと思っていた。
 誰も、悲劇的な明日など想像だにしていなかったのに…。(語りモード)

 ハロエリス「なあ、みんな、将来の夢って、ある?」
 
 唐突に、そんなことを口にしたのは次男・ハロエリス様。めいめい夕焼けを眺めて一休みしていた兄弟たちが振り返ります。

 オシリス「将来の夢? うーん、難しいな。強いて言えば、立派な神になる…とか。」
 ネフティス「わたしは可愛いお嫁さんになりたいなv 姉さんは?」
 イシス「そうねえ。お姫様になりたい。セト、あんたは?」
 セト「…別に。」
 イシス「(肘でつつく)何よ。隠してないで言いなさいよ。本当はあるんでしょ?」
 セト「フン。…」

 そんな話で盛り上がるのはバカげている、と言わんばかり、立ち上がってさっさと行ってしまうセト。やっぱり子供のころから、こういう馴れ合いはキライだったようです。

 イシス「何よ、もう。相変わらずヒネてるわね。(口をとがらせながら)」
 オシリス「恥ずかしいんだよ、きっと。」
 ネフティス「ふふふ。あ、ねえ、ところでホルス兄さんの夢はーーー?」
(※この頃はまだイシスとオシリスの息子にホルスが生まれていないので、ハロエリスは本名のホルスで呼ばれていた。)

 ハロエリス「おれ? おれは、世界が見たい。」
 オシリス「世界?」
 ハロエリス「そう、世界さ。広い世界、この国の外の、どこまで続くか分からない空が見たい。もう少し大きくなったら、おれ、旅に出るよ。」

 夕日が赤々と彼らを照らし、川はきらめきながら遥か遠くへ流れてゆきます。
 その先を見つめる若かりし日の次男・ハロエリス様がよもや本気だとは、この時のオシリスたちは思ってもみなかったのでした。


 ―――それから、年月は流れたある日のこと。
 時満ちて、ハロエリス様の旅立ちの日がやって来ました。

 ネフティス「(泣きじゃくりながら)本当に行っちゃうの? 本当に?」
 ハロエリス「ああ。」

 泣き虫な末の妹・ネフティスは、どうしても行って欲しくないようでしたが、他の兄弟たちは、それも自分の選ぶ道だ、と、納得してくれたようです。
 見送りの川べりは、あの日と同じ遠い夕焼けの場所。

 イシス「いつ戻って来るの?」
 ハロエリス「さあ…。分からない。世界の果てが見つかったら、かな。」
 オシリス「遠いな。長いこと会えなくなってしまうんだな。」
 ハロエリス「大丈夫さ、必ず戻って来るよ。だから、それまで元気でな、兄さん」
 オシリス「お前もな。」

 イシス「セトったら…。結局、見送りに来なかったわね。」

 旅に出ることは告げたはずなのですが、セトの姿は、どこにも見当たりません。こういう別れ場面もキライなようです。子供時代から、とことん素直になれない男・セト神。

 ハロエリス「いいよ。あいつにはあいつなりの見送り方があるんだし。こっちから、出発前に寄っていくよ」

 そう言うなり、ハロエリス様は鷲に変身して飛び立ちました。いつもどうりなら、セトはナイル川からかなり離れた、人の来ない赤い砂漠の丘にひとりでいるはずです。
 案の定、彼は、丘の朽ち果てた神殿の柱にもたれて、空を見上げていました。

 セト「…やっぱり来たのか。フン」
 ハロエリス「その口調だと、ワザと来なかったね。」
 セト「当たり前だ。あんな連中と、いつまでもつるんでいるオレじゃない。」

 プイ、とそっぽを向いたセト。しかし、それでも去っていかないのは、次兄・ハロエリスにそれなりの敬意を払っていたからなのか。
 純粋にお人よしなオシリスと違い、したたかでどこか侮れないことのある彼を、それなりに認めていたのかもしれません。

 セト「まさか、本気で行くとはな。」
 ハロエリス「おれは、いつだって本気さ。ウソはつかない。お前もそうだろ? セト」
 セト「……。」
 ハロエリス「ずっと、気になってたんだ。おれは世界を見に旅に出る。兄さんは世界を統べる王になる。じゃあお前は? セト、お前の夢は、一体何なんだ。」
 セト「オレは…。」

 ぼそり、と口にした一言。

 セト「オレは、世界を手に入れる…。」

 それは、末弟が兄の座を欲していることを意味していました。その、隠された意味に気付かないほど、ハロエリス様は世間知らずではありません。
 けれど、彼は止めませんでした。
 そういうのはダメだ、とか、もっと平和的な夢を持て、とかいう説教は、セトが一番嫌うところですし、そんな偽善的な言葉など、何の意味も持たないことは、彼にはよく分かっていました。
 世の中、何が正しくて何が正しくないのかなんて、そう簡単には決められないのです。

 ハロエリス「―――そうか。まア、頑張れよ。」
 セト「(ちょっと驚く)止めないのか?」
 ハロエリス「止めたって聞かないだろうし、どうせ、おれは今から遠くへ行くんだから無駄だろう? それに、(ニッコリ微笑みつつ)人に言われたくらいでやめるお前じゃないだろ? 本気で止めようとしたら、お前を殺すしかないじゃないか。」
 セト「…フッ。(薄く笑う)相変わらず、食えない野郎だ。貴様が長兄だったなら…オレも、少しは踏みとどまったかもしれんがな…。」

 それは、セトからすれば最上級の誉め言葉だったかもしれません。

 ハロエリス「オシリスにはイシスとネフティスがついてる。お前の夢は、そう簡単にはかなわないぞ。」
 セト「やって見せるさ。―――必ず、な。」

 再び鷲に変身して、今度こそ遠い異国へ向けて旅立つハロエリス様の姿を、セトは、青い空に吸い込まれて見えなくなってしまうまで、ずっと見送っていました。
 これから歩む、自らの茨の道を思いながら…。


 ちょっと切なく思い出編。
 「幼かりし日の誓い」を語ってみました。この後の物語は、神話のごとく。セトはクーデターを成功させ、兄オシリスを殺害。しかしイシス&ネフティス姉妹によって鍛え上げられたオシリスの息子・ホルスの猛反撃に遭い、争いは、その後エジプト全土を巻き込んでの泥沼状態となっていく…。

 ハロエリス様が帰郷するのは、それから、かなり後になってからのことなのでした。


 ん? ちょっと待て。
 いっちゃん大変な時にいないなんて…ハロエリス様、もしかして…?! o_o



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