大神殿のナイショ話

プタハ様とそのしもべ(2)



 と、いうわけで、ビクビクしながら祠にやってきたメルエンプタハ。

 メルエンプタハ「…今日で、この空も見納めかな。ははは…。」

人生諦め切ってますナ。いやぁ、プタハ様そんな短気じゃないから大丈夫っしょ。ちょっと寡黙なだけだよ。
 気分は、コワい面接官との個人面接に挑むときの感じかな。相手は神だけどね。

 メルエンプタハ「…失礼します」
 プタハ「入れ。」

薄暗いプタハ神の公式ルームには、人間が備えたお供物やら陳述書やらがやはり整然と並べられ、壁にはヒエログリフがびっしり。エジプト建築は概して大ぶりな味つけなんですが、そこがまた、このナイル流域の民には相応しい。
 プタハ神は、部屋の奥に、いつものアノ格好(どんな格好かは資料を参考に)で、椅子に腰掛けておられました。

 プタハ「座れ。」
 メルエンプタハ「は、はぁ。」
 プタハ「…いつ戻った。」
 メルエンプタハ「最近ですが…。」
 プタハ「そのわりに、わしのところに挨拶に来んかったな。」

おお、いきなり圧迫かけて来おります。ただでさえ神と直接語らっているのですからな。
 ちなみに、直接謁見が可能なのは高位神官と王族だけと決まっています。やはり、それ以外の人が神様に会うと、神聖パワーに圧倒されて動けなくなったりするんでしょうか。

 プタハ「今の大神官が死んだら、後継ぎはお前だろう。」
 メルエンプタハ「はあ…分かってるんですけど。」
 プタハ「一体、何が気に食わんというのだ。ワシが嫌いなのか。」
 メルエンプタハ「(大慌て)いえ! そうじゃないです。プタハ様は好きです。神様に仕えること自体は…。けど…。」
 プタハ「何だ。」

 メルエンプタハは、切々と語りました。
 神殿の規律がキビシいこと。服装・言動・食規制から生活習慣にいたるまで、行動を縛る要因があまりにも多いこと。ただ単純に職業継承制度がイヤなだけじゃなくて、親の職業を継ぐことに何の疑問も抱いていない神官のボンクラ息子たちと同じになるのがイヤだったことなど…。

 プタハ神は、人々の祈りを聞くのが「お役目」。プタハ神は、この若い神官の言葉にじっと耳を傾けていたあと、こう答えました。

 プタハ「そういうことか…。しかし、それは理由にはならんな。」
 メルエンプタハ「…?」
 プタハ「イヤなら変えればいいだけのことではないか。」
 メルエンプタハ「は??」
 プタハ「神殿の規則がキビシいのは、わしも知っておるが…。所詮は人のつくりし規則。変えてみたからと言って、大宇宙の秩序を乱すほどのものでもない。」
 メルエンプタハ「い、いいんですか?!」
 プタハ「(腕組みをしつつ)別に、大した理由があって今の規則になっているわけではなかろう? どうしてもイヤだと言う人間がいるのに、変えないほうがおかしいではないか。」

 なるほど、ごもっともな意見です。
 たとえば、神官は白い服じゃなきゃダメ、とか、脱毛しなきゃダメ、とかいうのは、清潔にしておかないと神様にシツレイだろうという自発的な気遣いによるものであって、当の神様自身が「べつにいいんじゃない? そんなん」と言われるのであれば、わざわざ守る必要なんて無いはずです。
 また、食規制だって、「ブタは不浄なモンだからダメ!」「海のものは食べちゃダメ!」なんてのは、元を辿れば、ほとんどコジツケ。エジプト宗教においては、絶対的なものではありません。

 だったら、変えちゃえばいいんだ! …まったく、そのとおり。

 プタハ「神の世界は人にはどうしようもないが、人の世界のことは、人自身の手でどうにでもなる。むしろ、人間の世界のほうが、神にとってはどうしようもない。人自身が変えようと思わねば、お前たちの暮らしは、いつまで経っても良くはならんぞ。」
 メルエンプタハ「な、なるほど。そうか…。俺が大神官継いで変えちゃえばいいんだな。」

 神との対話で、メルエンプタハは何かを悟りました。

 メルエンプタハ「ありがとうございます、プタハ様! 俺、頑張ります。も一回修行しなおして、立派にお仕えしますんで!」
 プタハ「うむ。精進せい」


 …こうして、目の覚めた不良息子はその後、メンフィス大神殿へ戻り、修行して、立派に大神官職を引き継ぎ、神殿の規制緩和につとめたといいます。
 お陰で、若い神官たちからの人気も上々。
 他の神殿から移転して来る者も増え、メンフィスの町は大いに栄えたそうな。

 なお、彼のもとに集まった学僧たちによって作られたのが、のちに「メンフィス神学」と呼ばれることになるメンフィス独自の創世神話であります。この中ではプタハ神が万物の創造主として最高神の座に祀り上げられおり、一種独特の世界観を持ちます。
 これが発端となり、やがて、エジプト全土で我も我もと各神殿ごとの独自神話が作られていく。神話系統、分散時代の始まりであった――――。

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 えー、ただし、このような物語は、発見されている公式な歴史には一切記述されておりません。またもオリジナル。
 でもね、言い訳させてよ。誰かガンコ者がいて独自神話でもつくらない限り、メンフィス神学なんて生まれないはずなんだってば。どーしても他の神殿の解釈がイヤで、プタハ神を熱烈信奉してた神官がいたはずなんだって。

 証明しようのないのが歴史。
 歴史とは、状況証拠と一握りの想像力によって造られる公認された嘘の世界…なのです。



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