嘆きのピラミッド ギザの大地に太陽円盤は昇り

夜明け。
疲れていたはずのオレは、なぜか時間きっかりに目ぇ覚ました。朝が早い…皆に「ジジくさい」「人間目覚し機」といわれる由縁だ。
カーテン開けると、外は砂けむる空…「太陽円盤じゃあ!!」
 そう。
砂漠の風に巻き上げられた砂塵に、太陽の輝きが低く反射して、確かに太陽が赤い円盤に見えるんだ。 すげぇよ、エジプト人。エジプトでは、夜明けの太陽は本当に丸くでっかく見えるんだな。オレにもラーの神が見えたよ。
この夜明けはきっと、4千年前のエジプト人が見ていたやつと同じなんだ。

そう思ったら、なんか…来て良かったと思った。エコノミーの狭い席に監禁されてた地獄なんか、どっかすっ飛んじまったよ。
オレは感動のあまり、振り返って、まだ寝ている藤村を見た。この素晴らしき光景を、ヤツにも、ヤツにも教えてやらねばなるまい!
 「藤村!」
 「・・・。」
起きなかった。

く…、これが眠りの一族を縛るレム睡眠の呪縛というやつか。
なあホント、頼むから、ちったぁ会話しようや。君。(泣)

まぁいつものことだ。オレ一人だけが妙にテンションの高いまま出発。ホテルからも見えていた、ギザの3大ピラミッドへ出陣だ!
だってエジプトだぜ。3大ピラミッドは絶対、行っとくべきだろ。吉村センセは、「ピラミッドを見て神秘を感じるか、ただの岩の塊と見るかでその人とエジプトの相性が決まる」なんつってたが…。

ところで、急に話変わるけど、目の前に目的地が見えてたら、ふつーは近いって思うよな?
梅田駅から梅田スカイビルが見えてたら、ふつーは電車乗らずに歩いていくよな。オレもそう思ってた。
けどな、エジプトはスケールが違うんだ。ピラミッドはそこに見えてんのに、実は何キロも先なんだぞ!

 「でけぇ…。」

近づくにつれ、オレは思った。バスで丘を登って近づいてくにつれ、ピラミッドのデカさに開いた口がふさがらなくなった。絶対ホテルからは歩いていけねぇ。間違いない。
ピラミッドつくってる石は川から運搬するわけだが、川の近くに作ったんじゃあ、氾濫したときに沈んじまうだろ。だから、実はビラミッドってのは、川からだいぶ離れた小高い場所につくってある。しかも、下は岩地だ。砂の上に建物なんか建てたら、「砂上の楼閣」になっちまうからな。

その、丘の上のピラミッド。
とにかく、バカでっかい。
四角錐なんだから、下から見上げたら普通はてっぺんが見えると思うだろ。違うんだ。下から見上げると、上のほうは真っ直ぐなんだよ。ダーって走って、300メートルくらい離れたら、ようやく、上のほうが細くなってんのが分かるくらい。もう、全然スケール違うね。岩一個で、オレのアパートの部屋よりデカいんだぜ。どうやって運んでんだよ。社会の教科書みたいな運び方じゃ納得できねぇぞ。

走り回るオレに、見知らぬ日本人がニッコリ笑ってこう言った。
 「登っちゃダメなのよ。最近、外国人が足を滑らせて死んだらしいわ。」
…ぎっくう!
 な、なんだこのオバチャン。もしかしてエスパー? オレが「よっしゃぁ、てっぺん行ってルパン3世の真似(マニアック)すっかあ!」とか思ってたの、なんで分かったんだ?!
まあ…実際に来てから、それはムリだと分かったけどな。
だって、一段目の岩からして、デカすぎて登れないんだもんよ(笑)。

しかし言われてみれば、確かに、警備員がそこらへんウロウロしていて、ヘタな動きは出来そうもない。
おとなしく、ピラミッドの中見て帰ろうと思った、その時だった。オレの目に、ヘッタクソな日本語で書かれた看板が飛び込んできたのは。

 「クフ王のピラミッドは現在、修復中のため立ち入り禁止です。」

何ィ〜〜−?!
こらこらこら! ここまで来て、いっちゃんデカいやつには入れませんってかい! ふざけんな! 金返せぇー!
 「でも、そのおかげで観光客が少なくて、隣のカフラー王のには、並ばずに入れます。」
……。
ちっ、仕方がねぇ。妥協してやるか。
オレは、けっこう融通の効く性格だった。


ところで、ピラミッドって、神秘的だけど実は近くに電線なんか通ってるんだ。ピラミッドん中は暗い。だから、観光客の足元を照らすために、電気が必要になる。当たり前っちゃあ当たり前なんだけど、忘れてる人は多いかと思う。
それに、自販機もないから、飲料水なんかをちょっと割高に売りさばく商売も繁盛している。
神秘的なピラミッドそのものとは裏腹に、現実ってのは、けっこう商魂たくましいモンなんだよな。それで幻滅するかどうかは別としてもさ。
いくばくかの入場料を払い、オレたちは、ピラミッドの中に足を踏み入れた。ひんやりとして、しかも汗臭い風が漂ってくる。なんせ密閉された空間だからな。風とおしがいいってことは、在り得ない。
だが、そこに待っていたのは、ニオイよりも商魂よりも、さらに強烈な光景だった。

 壁に…壁に落書きがされとる?!

ヒエログリフの落書きとかじゃないぞ。英語、アラビア語…明らかに現代人が書いたものだ。おいおいおい。オレだって高架橋下とか黒板とか落書きはするけど、こんなピラミッドん中に落書きすっかぁ普通? 日本語が無かったのは幸いだげどさ、中には、クッキリ岩に刻み込んであるのまであったぞ。
こりゃあ、修復が必要になるわけだよな。
確かに、監視は甘い。エジプト人はあまり勤勉ではないらしくて、警備員なんて昼寝してるも同然だ。客の少ないときなら、落書きだってし放題だろう。
でもさ。
好きでエジプトに来たのなら、ピラミッドに少しでも感動してたんなら、こんなことは出来ないよな。出来心でした、じゃ済まされねぇ。なんて稚拙でダサい落書きだろう! 1万年前の落書きのほうが出来がいいじゃねぇか!
エジプト人もエジプト人だよ。ちゃんと管理しろよ。金取って見せるだけかよ。自国の文化に誇り持ってねぇのか?

その時、はじめてオレは、「あのピラミッドを作ったすばらしきエジプト人たちはどこへ行ってしまったのだろう」という、とある作家の嘆きの言葉を思い出していた。
ここで、昼寝して過去の遺産が汚されていくのを傍観しているグータラ警備員は、当時の世界最高峰を誇った古代エジプト文明の子孫とは、違うのかもしれない。
でも、もしかしたら、そうなのかもしれない。
分からない。何千年という時の流れは長すぎて、血のつながりなんか希薄になってしまったのかもしれない。
けど、ここは間違いなくエジプトだ。空に太陽円盤があって、ピラミッドがあって、ピラミッドをつくった人たちの子孫がいて、現代の町並みがある。
なのに、何かが違う気がする。
違和感が解けぬまま、オレはピラミッドを出て、再び暑い日差しの下に戻った。
これが…、現実というものなのか?

打ちひしがれているオレとは裏腹に、太陽が高く昇ってようやく頭がハッキリしてきたらしい藤村は逆にテンション上がりっぱなし。「おなかすいたぁ〜メシだメシ!」。そっか、もう昼か。どうりで暑いわけだ。湿度は低いが、赤道直下のこの日差しは相当にキツい。
 「よっしゃ、メシ食いに行くかぁ!」
藤村の陽気に引っ張られて気合い入れ直したオレは、3大ピラミッドを背に歩き出す。落書きされてたって、かまうもんか。落書き仕切れねぇくらい、ピラミッドはデカいんだからさ!

なんかイマイチ、生活リズム合わないデコボココンビだけど、二人で来て良かったかもしんない。
ありがとよ、藤村。