第四章 赤い茶の洗礼〜そこは、雨の降らない国だった。

送迎バスに乗り、カイロ空港を後にしたオレたちは一路ホテルへ。

空港前のオベリスクですでにハイテンションになっているオレをよそに、藤村は、かなり眠たそうだった。それもそうだな。一日以上、ちゃんと寝てないもんな。確かにオレもベッドが恋しかった。
それにしても、景色がなんかヘンだ…。
茶色いし、砂っぽいし、おけに壁のないビルとか平気で建ってやがる!

一瞬「寒くないんか」とか思ったけど、そこはエジプトだ。暑いよな、暑いモンだよな。そりゃあ夜はチト寒いかもしれんが、少なくとも砂漠のど真ん中でない以上、暑さのほうが問題には違いない。
しかも、天井ない家とかあるんだよ。
 …雨降らないんだな。
すっかり忘れてた。けど、そのくせ街路樹は植えられてるんだよな。何で? って聞きたくなる。
案の定、そのほとんどが既に枯れていた。
水のないとこに街路樹なんか植えるなってんだ。誰だ? そんなこと考えついたヤツ。やるんなら土壌改革からだろ。まったくもって、園芸の基礎がなってねぇ!

なんてこと考えながら、オレたちがついた場所は、ピラミッド・パーク・ホテル。
けっこういいホテルだ。けど仕方ねぇんだよな、ギザの3大ピラミッドに近くて安全そーなホテルってさ…あんまし無いし…
ちょうどテロ事件で日本人が殺された後でさ、オレとしても、金ケチって命を危険にさらす勇気は無かったね。まぁ、宿くらいいいのを手配してもいいだろう、ってことで。

 ところが…

ついてビックリだ、そこにはなんとプールが、デカいプールがある!!
 「うわー、たのしそう。」
…と藤村は呑気に言っているが、それよりも何よりもオレは、この乾いたエジプトに、プール作るだけの水があるってことに驚いていた。
 これって失礼?
でもさ、外は街路樹さえ育たないんだぜ。なんでホテルん中だけ緑いっぱいに繁ってんだよ。ここはオアシスか?
プールには、やったら金もちそうな外国人たち(いや、オレたちもだけど)が、優雅に泳いでいた。金もちの外国人専用のオアシスだぜ。ああー、こんな風景見たらエジプト人、確かにテロ起こしたくなるかなぁ、とか思う。

ま、それはともかく、オレたちはカウンターで宿泊の手続きをとった。
待っている間に出されたものが、歓迎の「赤いお茶」。飲んでみると、甘くてわりと美味しい。近くにいた日本人に聞くと、どうやらハイビスカスティーらしい。
でも、ちょっと待てよ。
ハイビスカスって言うと、よく中にアリとか入ってるやつだろ。甘い蜜を求めて常に昆虫たちがタムロするという。
まさか、エジプト人が日本人みたく細かいことに気ィ使うとは思えねぇ。
ここに来るまでに、エジプト料理の豪快さはチラリとだが見てきた。
 「……。」
よくよくガラスコップの中を覗き込むと、予想していたとおり。
黒い…粒つぶが沈んでいた。
蟻の頭か?!

 「あー、おいしかった。」

振り返ると、喉が渇いていたらしい藤村は、コップの中身をすっかり飲み干してしまっていた。他の日本人客も同様。これはもしかして、「入会の儀式」か?! このホテルに立ち入るには、たとえ疑惑を抱いてはいても、この洗礼ジュースを飲み干すことが必須条件なのか!!
 くっ…
これがアリじゃないことを願おう。いや、アリじゃない。何でもアリだが断じてアリでは無いのだ! ちゃんと、ろ過してるって。うん。これは花粉とか、そういうモンなんだって。
 どりゃ!

オレは飲んだ。
来る前にくらったウコンティーのことも少し頭を掠めたが、皆だって飲んでるんだ。腹下すことはあるまい。
 「…くっ」
飲み終えた。
甘いモノを一気飲みしたせいで、チト気分は悪かったが、疲れた体にはいい感じだ。そう思って、ふと後ろを見ると、一人だけ、お茶に手をつけていない女の人がいる。
カメオの指輪とかして、いやに高級そうなマッダームだ。
こんな人、同じバスに乗ってただろうか。さすがに汗で流れたのか化粧の匂いはしていなかったが、しかし、このエジプトにまさかブランドものを身につけて来るツワモノがいたとはな。
 「あの…何で飲まないんですか?」
オレは興味にかられて声をかけてみた。
すると、そのマッダームは涼やかな顔をして、いともアッサリとこう言ってのけたのだ。
 「だってね、ほら、中にゴミが入っているでしょう? 何だか気持ち悪いじゃないの。」
 「……。」

逸脱者、とはこういうものを言うのだよ。
オレでさえ、疑いつつも周りがみんな飲んでるからってんで赤い茶を飲んでしまったというのに、あのマッダームだけは違っていた。たとえ他人が全員やってることでも、自分は断固としてやらない。たとえ皆が目立たない格好で来ようとも、自分だけはお気に入りのブランドを身に付けてやって来る。

言い換えるなら、それが真の「金持ち」というヤツだ。
雨が降らない国でも、自分たちだけ雨<シャワー>を浴びつづけることに何の疑念も抱かずにいられる人種のことだ。
オレにはきっとムリだな。将来、オレがすっげぇ偉い人間になったとしても、きっと新幹線は自由席に乗ってしまうだろう…。

疲れきってホテルにたどり着いたその日、オレと藤村は、茶色い世界の中で不自然なまでに緑ゆたかなオアシスで深い眠りについた。
 エジプト。
 それは、日本からとっても遠い国だ…。