第二十章 船上結婚式で踊るエジプシャン

楽しい時間はとっとと過ぎる。

その日、オレたちは「ナイル河殺人事件〜♪」とか言いながら、ナイル河クルーズのディナーに出かけようとしていた。
  「ええか岡沢! これ食い逃したら、次はいつマトモなもん食えるか分からんのじょ!(方言) なんぼ食べても値段いっしょやけんな。食うで〜!」
 「…うん…。」
 「ん、どないしたん」
実はこの日、オレは、珍しくヘタっていた。
何でかというと、コンタクトレンズが痛かったからだ。

連日のハードな日程、砂まじりの風、おまけにキツい直射日光。コンタクト使用者にとって乾いた風は相当のダメージとなる。
けどな、オレって、コンタクト外すと回避率がゼロになるんだよ。いや本当。
かなり視力低いからね。それでも本能的に危険を察知すると人は言うけれど。

 「とにかく食うぞ…オレも。」

実を言うと、かなり腹が減っていた。
船は、それほど大きくないモノだった。料理もそれなり。ま、クルーズったって、そんな豪華な船でガンガン走らすほどの財力は無いわなぁ(笑)。

しかし…。
豪華ではない普通の船だからこそ、殺人事件、もとい、突発的事件が在り得るのだった。
 「ハハハハ! ○×☆◎〜!!」
出港寸前、突如、いやに賑やかな集団が乗り込んで来た!

アラブの女性は、巨大だ。
そのガタイ、質量、オーラ、…何を取っても日本のほそっこい女性たちとはケタ違い。まんず、エジプトでは「ふくよかな女性」が美人の条件だからな。オレなんか、先陣切ってなだれ込んできた数名の女性たちに体当たりかまされれば簡単に戦闘不能になりそうだった。

どうやら、結婚式のあとの宴会を船上で(戦場で?)やるらしい。

みんな格好がド派手なので、肝心の花嫁が一体どの人なのか分からない。そんでもって、男性の比率がすごく低い。
もしかして、結婚式は女性のお祭りなのか?
 「ヤバいぞ藤村、やつらの体格を見ろ。もしかして、全部食われちまうんじゃないのか」
 「ほんまや…。食われる以前に、あの人らの間ぬうて食べ物取りに行く勇気ないわ。」
ビュッフェ形式のため、料理は取ったモン勝ち。オレらと一緒にいた日本人客たちも、早くも「結婚式の一団」を敵視しはじめている。

船が港を出るや否や、彼らはおもむろに立ちあがった!
 「食ったモン勝ちやァ!」
取る! 食べる! 食べる!!
その横で何だか知らないが大盛り上がりの結婚式集団! と―――唐突に、ライトアップが変わった!

 「こっ…この音楽は…」

いきなりヤツらが踊り出した! そう、エジプトの舞踊、ベリーダンス!
派手な女性たちの巨体が、驚くべき速度で縦横に振動し、船を揺らす! スゴい、スゴいぞこれは。誰もがフォーク落としかけながら口をあんぐりと開けて見守っている。
ベリーダンス。まさか、こんなところで目にすることになるとは…。

しかも、よく見るとウェイターが軽く足でステップ踏んでるし!

 藤村「あ、あの人、つかまってる。」

気が付けば、辺りの日本人が手当たり次第にダンスに参加させられている。腕を掴んで笑顔でグイと席から引っこ抜かれ、気が付いたら踊らされているという恐るべき状態。オレはいちばん奥の席にいたからいいようなものの、廊下側の席にいた人々は断る隙もなく輪の中に。
これは…
参加しとくべきなのか?

踊り狂い船を揺らす大集団を見守っていたとき、藤村が突然言った。
 「あの子、めっちゃかわいい!」
 「ほえ?」
巨大な人々しか見ていなかったオレは全く気が付いていなかったが、―――ひとり、ちっちゃな女の子が交じっていたのだった。
花嫁の妹とか、そういう関係なのか?
色黒の肌に、薄いピンクのフリフリなミニスカートがよく似合っている。確かに美人だ。

ふらりと立ち上がった藤村、輪の中に自ら紛れ込んでゆく。
 「お、おい…?」
気が付いたら、このテーブルで残ってるはオレだけだよ。

さっきの女の子は、ひとりだけドレスってこともあって、いちど気が付けば目で追うのは簡単だった。ちょこまかと、大人たちのマネをして踊るのはかなり可愛らしい。藤村、いつのまにかちゃっかり話し掛けたりしてるし。
 「あの子、アレキサンドリアから来たんだってーv」
戻って来て、嬉しそうに言う。おいおい、出会ったばかりの女から住所聞き出すとは…やるじゃねぇか?(笑)

せっかくなので、オレも参加してみることにした。
 「ああら! アンタだめよ、もっと食べて太らなきゃ腰が据わらないでしょ! アハハハ!」
踊ってたオバちゃんが言うけど、…ムリだっつの。日本人でその体型は相当ムリだって。
とにかく踊る。
ナイル川クルーズのはずなのに、外を流れるイルミネーションとか、ほとんど無視。

オレも、普段どうりの元気がありゃあもっとはしゃげたんだろうけど。
いかんせん、コンタクトがね。痛くてね。ひととおり踊って食べたあとは、デッキでコンタクト外して戦線離脱。だって何も見えんのだもん。

 「岡沢ーv あの子がな、『あたし、可愛い?』ってーv いやーもー可愛いっスよ! かわいすぎ!」
 「……さよか。」

藤村は今や、彼女の魅惑術にメロメロだった。そのまま攫って日本に帰りそうな勢いだった。だが、それは他の日本人観光客も同じだったらしい。

 「こっちの子って、あんな可愛いんかなぁ。娘にした〜い」

おいおい。
黒入った美少女に惑わされまくってるよ怖いなあ。でもな…?

あの可愛かった子も、いつかは母親たちと同じく巨大な成人女性へと進化していくのだよ?
遺伝子って、ほんと不思議なモノです。

 「なあ、あの人ら、踊るばっかしで何も食べとらんかったよ。」
 「ふーん。」
 「心配して損したー。がんばりすぎてウェイターの兄ちゃん不思議そうな顔してんやもん。」
 「……。(それでも全部食ったくせに)」
藤村は、食うときはメチャメチャ食う人なのだった。

けどさあ、食べてよかったのかどうか、ちょっと心配なモノがあったんだよ。
ヘンな味のする肉と、やたら中の赤いソーセージ。藤村はじめ多くの人が手をつけていたが、どう考えたって、日本じゃ危険領域だろうがよ。

…大丈夫、だったんだろうか…?
 「あっ、船が港つくで。さっきの子にも1回握手しても〜らおv」
 「……。(何なんだ、一体)」

オレの素朴な心配を他所に、相方は、去ってゆく少女にいつまでもいつまでも手を振っていたのだった…。
恐るべし、エジプト5000年の魅惑術!