第十九章 灼熱のハン・ハリーリ、驚異の雑踏

ハン・ハリーリってのは、観光客だけでなく現地の人たちも行くでっかい市場のことだ。
 大阪で言うなら黒門市場。
 東京で言うたらアメリカ横町。
もちろん、何も準備せずに行ったら、人ごみに巻き込まれることは勿論のこと、買い物するどころか道に迷って泣くことになる。

 だが―――

オレたちは、若かった。
 「いっくぞぉ、藤村ぁ☆」 「らじゃー!!」
おもろい土産もんを買うことしか考えていないオレたちは雑踏めがけて突進した。

町マップなんかゼンゼン持ってないし。
ハン・ハリーリってのは、すっげー入り組んだ市場なんだ。おまけに、広い。誰しもが思い描く「アラブの町」そのままの、居るだけでドラマティックな気分になれる場所だ。
 「んで、お前何欲しいの? 藤村。」
 「んーー、ガラベーヤかなっ。」
ガラベーヤってのは、エジプト人の着てる、パジャマみたいな民族衣装のことだ。
 「アレ着て徳島駅前を練り歩くんだぁv」
 「……。」
故郷に帰ってそんな恥ずかしいことを。徳島はちっちゃな町だぞ…駅前に行くだけで「町に出る」と表現されるような田舎だぞ。すれ違う人の中には必ず知った顔がある、というほどの人口しかおらんのだぞ。

藤村よ。東京暮らしで田舎感覚が鈍ったか。
徳島の人間は、東京のように他人に無関心じゃない。むしろ興味シンシンだぜ? それにな、田舎で何か目立つことをするとな、アッというまに噂が広まり、レッテルを貼られ、一生、違った生き方は出来なくなるんだぞ。

そう…オレみたいにな…。

それでも藤村とオレは、雑踏の中をかきわけガラベーヤの店にたどり着いた。
いかにも、ってカンジに服がどっちゃり積んである。だが。
 「……。」
模様がね。

観光地とかによくある記念Tシャツ、あれと同じなんだよ。
ガラベーヤの胸んとこに、ニッコリほほえむクフ王とか、やけに厚化粧なスフィンクスとか、夕日にサンゼンと輝くピラミッドとかが建っているんだ。

ダサいよな。
どー考えたって、ダサすぎるよな。
 「藤村、これ着て歩くのか…?」  「ヤダ(←即答)」

さすがに、これはいただけん。しかも、サイズがデカすぎる。
店のおばちゃんは、めちゃめちゃ素敵な笑顔で、クフ王ほほえむ黄色いガラベーヤを出してきて「コレなんか、あなたにピッタリよ、サイズも小さいし」とか言ってくれるんだけど、ゴメン、それだけはカンベンしてくれって感じ。
なんか、行く店間違えたらしい。
観光客用のじゃなくて、フツウにエジプト人が着てるようなのはないかなあ、と思って、ふと気が付いた。
そうなんだよ。
エジプト人の女性は、ガラベーヤなんて着ないんだよ!!

アラブ社会の女性はチャドル着てるんだ。中にはジーンズ履いたキリスト教徒もいるけど、ガラベーヤなんて着てる人はひとりもいないね。そもそも女物のガラベーヤってのが観光客用だったんだね。
悔しかったので、藤村はそのあと、怪しげな香辛料の店で大量の紅茶と香辛料を買い込んでいた。
日本を発つ前に、ウコンティーの魔術にノックアウト寸前だったオレとしては、黄色い香辛料を目にするだけで、イッパイイッパイ。

オレはというと、青い目ん玉の形した魔除け飾り(エスニック店によく売ってるアレ)とか、金のアンクとか購入するのに忙しかった。

と…
そのとき、店の主人が言った。「ブッダ。」

 はあ?

「ブッダ、ブッダ。」…と、いいつつ取り出してきたのは、何やら粗末な石の仏像だった。どうやら自作らしい。エジプトの土産屋には、古代の石像のレプリカがよく売られているからな。その延長で彫ってみた、っていうところらしい。
 「ジャパニーズ?」
まぁ、そうだと答えると、主人はさらに笑顔。中国人でも韓国人でもなく、日本人=仏教徒という図式は、当たっていなくもないが、一体どういう認識なんだろうな。
 「ギブミーエニシング、ディスカウント」
ものッすごいエジプト語なまりの単語でニコニコと話し掛けてくる。簡単に言うと、「日本のもの何かくれ。くれたらまけてあげるよ」ってこと。

エジプトのような国に行くと、日本人はかならずフッかけられるからな。
この時のオレはあまり値切りは得意でなかったが、その店がかなり高めに値段設定していることは分かっていた。

 ――――ここは、ひとつ賭けをしてみるか…。

 「オーケイ、ブツゾー」

オレが財布から取り出したもの。それは…
ファイナルファンタジー7のラミカ(ダチャオ像)。

 「オー! ブツゾー! ブツゾー!」
店主おおよろこび。本当はダチャオ像なんだけど、あれって一応ブツゾーか。ハイクォリティなCGは本物の写真っぽく見えたんだろう。ちなみにカードのウラにはダチャオ像についての日本語説明が…あったりするんだが。
 「ブツゾー! Yeah」
日本人は財布に仏像の写真を入れているくらい信心深いのだ、という誤解が生まれたこと間違いなし。
オレからラミカを受け取った店主は、ありがたそうにそれを棚の上に飾る。
 (…ヤバい。もし次に来た日本人がコレを見たら…。)
FFやってなくても、バレるだろう。CGって。

 「オーケー、ディスカウントv」
 「オー…サンキュー…。」

ごめん、店主。40ポンドもまけてもらっちまったな。ソレって現地人に売るのと同じ値段くらいじゃない? スマン。ダチャオ像で。
逃げるようにして雑踏を去りながら、オレは思った。
二度と来られないかも、この店…、と。

あれからだいぶ時は流れたけど、もし、あの店にあのあとダチャオ像と同じ形をした仏像が並んでいたとしたら、それは…オレの所為だ。
こうして、また一つ、日本に対する誤解が生まれた。

すんません、おっちゃん。
日本にはダチャオなんて仏像無いです……。