第一章 国外逃亡、バンダナ疑惑

ここまで読んで、思いっきり呆れている人もいるだろう。
「期待してた旅行記と、なんか違う」と思ったかもしれない。

だが!! 「遠足は、うちにつくまでが遠足ですよー」とわざわざ言ってくれる学校の先生の如く、冒険とは、現地のみが冒険ではない!
アイテム類を揃えている間、興奮して眠れない出発前夜…
そういった、すべてが経験値のうちなのだ!

と、まあ、それはともかく、何だかんだとありながら、遥かなる成田空港に無事たどり着いたオレたち。 

 「そういや岡沢、まだ家には言うてないんちゃうん?」
 「あ」

藤村に言われるまで、すっかり忘れていた。
今回の渡航、オレは実家に内緒にしていたのである。

なぜなら、うちの親はその昔、オレがアメリカに行こうとしていたのを、「とつくに(外国)に行くやと?! あかんあかん! そんなん、毛唐(けとう)に攫われでもしたらどないするんで!」…など目ぇひん剥いて反対し、力づくで阻止したほどの田舎者だ。白人全てを鬼畜米英と言いかねないほど時代錯誤な田舎人間、アフリカ大陸なんぞ、いまだに「土人の国」と思っているフシがある。前もって言ってしまえば、どんな圧力をかけてきたやら。

だからオレは今回、こっそりバイトして貯めた金でもって、親に言わないまま外国へトンズラしようとしていたのだ。親という権力に反してこその若者だろ。勇者に憧れる村の少年とかが夜中にコッソリ友達と落ち合って旅に出るのは、やっぱRPGとしてはお約束だ。違うか?

 「けどなあ、やっぱ、まずいんちゃうで? 何も言わんと行くんは」
 「うーん…。」

まあ、それもそうかもしれない。
一応、下宿を出る前に日程表その他の写しは実家に郵送しておいたが、ひとことくらいは直に言うべきか。それに、もしバレたとして、いくらあの親でも東京まで阻止しに遠征は出来ないだろう。
離陸まであと一時間ちょっと。今なら、バレても裏工作の施しようもあるまい。

 「よし。電話しといたるかぁ」

勝利を確信したオレは、公衆電話の受話器を取り、ペポパっと実家の事務所に電話をかけた。
がちゃん。

 「あ、もしもし、オヤジ? オレ。あんな、いま羽田空港におんねん。ちょっとエジプト行ってくるわ。ほななー」

ちん。

 「……。」

清清しい顔で振り返ると、側にいた藤村の目が、心なしか少し遠いところを見ていた。
 何だよ。
 親不孝だって言うのか?
そりゃ確かにオレは一人っ子さ。でもな、いいじゃぁねぇか。元服しちまえば、親なんて所詮は敵の一人なんだよ。オレの天下統一を妨げる邪魔者さ。
それが…戦国の世のオキテ…そうだろう?

代々あきんどの家系である藤村には、オレの感覚は理解出来なかったようだ。


そんなこんなのあと。
時間が来たのでオレたちは搭乗口へと向かった。金属探知機を潜り、出国審査を受け、手荷物のチェックを受ける。エジプトでテロが多発している時期だったせいか、随分と警備員の数が多い気はしていたが、まさか自分が疑われるなんて思っちゃいない。

その時だった。
 「◎▲×?!」
黒い顔した兄ちゃんが、何やら言いながらオレのほうへつかつかと歩み寄ってきた。
 「☆、▲◎××!」
むろん言葉なんぞ分かるはずもない。英語じゃないし、たぶんエジプトの言葉なんだろうが、とりあえずオレは、相手の身ぶりから意味を考えてみることにした。
頭を指すこのジェスチャーは一体何だ。ええと、頭…巻く…
何?

もしかして、バンダナのことか?!
そう、オレは勿論、この日もいつものようにバンダナを巻いて出陣しようとしていた!

ぽかんとしていると、近づいて来た日本人の女性空港員が、おずおずとオレに言った。
 「あ、お客様、すいません。そのう…現在厳戒態勢中でして、警備員の方が、そのバンダナの下が気になると…」
何と!
オレがバンダナの下に武器でも隠しているように見えたというのか!!

おいおい〜いくら向こうでテロがあったからって、日本人のオレがどうしてバンダナの下に何か隠すと思ったんだ? 帽子の中に偽造パスポート隠すなんていうスパイ小説はあったが…。

その時、オレはふと気が付いた。
藤村が、遠い目をしたままオレから数メートル離れて佇んでいたことに。ま、まさかコイツか、オレを密告したのは?! そんでもって、今は他人のフリしようとしてやがる!
 (この野郎…。)
オレの視線に気が付いているはずなのに、藤村は何食わぬ顔で飛行機に乗り込んでいった。


旅は、こんなふうに不穏な気配とともに幕を開ける。

オレたち危険な二人組みを乗せて遥かなる大空へ旅立つ、エジプト航空旅客機。…だがこの時、その先が平和に終わるはずもないであろうことは、誰もが予感していた…。